第二十八話
怪物との戦闘が始まった。
もう守るべき存在はいない。
凍らせれば……いや、あとでなに言われるか面倒だ。
「闇の精霊よ」
ニコリと笑う。
「刈り取れ」
ソウルドレイン
命の一部を削って自分のものにする魔法。
だが無明ほどの術者が使えば、必殺の一撃になる。
悲鳴をあげることもできずに怪物たちが倒れていく。
静寂……戦闘は終わったかのように思えた。
だが無明は話しかけた。
「いるんだろ?」
すると木の陰から何者かが出てきた。
「神か?」
「上位存在の使いのものです」
猿の面をつけて僧侶風の和服を着た男だ。
「そうか。滅ぼされたくなければ俺にかまうな。いいな」
「そういうわけにもいきません。こちらも上に義理があるんです」
無明は『そっかー、義理か。しかたないなー』と少しだけ同情してしまった。
「それでなんの用?」
「世界の崩壊が近づいてます。神なき世界は他の世界と絶滅戦争をさせることで整理してます」
「えーっとそれって上位存在を殺せってこと?」
脳筋である。
殺すこと。壊すことは無明にもできる。
上位存在ごと消してしまえばいい。
「違います。あなたは強すぎるんです。はっきり言ってバグキャラですね。そんなのがいるせいでバランスが崩れたんですだいたい上位存在の正体は『自然』とか『物理法則』とかです。勝つ負ける以前に勝負にすらなりません」
「量子力学的なアプローチで概念を壊すとか?」
「勇者の仕事ではありませんね」
「たしかに」
無明は納得してしまった。
なんだか目の前の相手とは普通に会話が成立する。
ずいぶんまともな相手なのではないだろうか?
「じゃあ、どうしろって?」
「無明さん、神になってください」
「……は?」
「この世界の主神になってください。そうすれば解決です」
「は?」
「神です」
「それアオハルと関係あんの?」
無明はついに自分の存在意義を晒した。
「だから言ったじゃないですか~。蕃神さま。無明さんにはなに言っても無駄ですって」
御使が現われた。
留守番してるはずなのにいきなりの登場である。
「ここまで話が通じないとは……」
「無明さん、聞いてください。怪物が現われたのは、神がいないせいでバグキャラが発生するようになりました」
「それで俺が神ぃ?」
「一番適役でしょ。強いですし」
「そもそもさー、なんでこの世界、神がいないのよ?」
沈黙。
重い沈黙が発生した。
「なるほど。神が殺されたってわけじゃなさそうだな」
「この世界の絶対神は……堕ちて魔人になりました」
「なるほど」
この世界に神がいない理由がわかった。
魔人のことは現代史でサラッとやったが、それが神だったのかと無明は妙に納得した。
「それで俺が神ってのは意味わからないんだけど」
「仕事さえしてくれれば人格は問いません」
「めんどくさ!」
無明は心の底から嫌な顔をした。
アオハル以外のことをする気が起きない。
そもそも神になんかなってもいいことなんてない。
「報酬は?」
「神ですよ! なんでも思いどおりですよ!?」
「じゃあかわいい彼女出して。楽しい学園生活出して。ラブコメのお約束全盛りの生活出して」
無理であった。
たとえ神であっても救えない生き物はいる。
それこそが無明だった。
「ああ……うん……はい。蕃神様、やっぱり無理ですよ。この人常にこうですもん」
御使はあきれ果ててる。
だが無明はもうどうでもいい。
目の前の二人は取り繕う必要のある相手ではなかった。
「じゃ交渉は決裂ってことで」
「待ってください無明さん」
御使に止められる。
「まだなにか? この怪物だってキミらの仕業じゃないの? 田中たちが怪我してたら殺してたよ」
「またそうやって脅す! 無明さんが怖いからやるわけないでしょ! いいから聞いてください! 魔人がこの世界を滅ぼそうとしてます」
「わざわざ自分が消滅するようなことすんの? バカじゃないの?」
世界が滅びれば絶対神は死ぬ。
わざわざそんなことする必要はない。
気に入らなければ文明を破壊して新しい世界を作ればいい。
「自殺です」
「は?」
「魔人は死にたがってます」
「なぜ?」
「妻と子が殺されました」
そう言えばアメリカの都市を壊滅させたと聞いたことがある。
「アメリカの実験」
「ええ。そういう時代でした。アメリカが神の妻と子を捕まえて実験したんです」
「実験の内容は?」
「神の目の前で妻と子を殺すこと」
そりゃアメリカは滅ぼされてもしかたない。
文明やり直しでもおつりが来るだろう。
無明なら全人類を殺すだろう。
「そういう時代だったんです。神の妻と子を宇宙人だと思い込んで……殺したんです!」
「それで……なぜ今さら?」
「魔人は復讐を果たした後、何度も自殺をしたんですが普通の方法では死ねず……人類すべてを滅ぼすかをさんざん迷ったあげく……とうとう手を染めようとしてます。無明さん! はっきり言ってアナタみたいなものです!」
「……それはさすがに言いすぎでは?」
「いーえ、言いすぎじゃありません! 止めてください! アナタにしかできません!」
「だから報酬は!? 俺にメリットないじゃん!」
「……彼女用意します」
「なん……だと……?」
「ええ、最終手段を使います」
「御使が【私が彼女になりまーす】ってのはなしな!」
御使を彼女にしたくない。
さすがにそれだけは無理だった。
「失礼な……ありません。だいたい感じ悪いですよ! なんですかそれ!」
どうやら違うようだ。
「信じていいんだな!」
「いいです! 約束します!」
重い沈黙。
そして無明は口を開く。
「いいだろう。だが約束を破ったら……わかるな……」
「約束は守ります」
無明は指をさしてからスキップしながらどこかに消えた。
蕃神は御使を見る。
「いいのか? そんな約束して」
「問題ありません。すでに無明さんは三人落としてます。彼女たちに伝えればすぐに願いは叶うでしょう」
蕃神の胸中には不安しかなかった。
「蕃神様、ご安心ください。三人の正体は管理放棄の責任を取り人間に堕とされた絶対神です。私は打算的なのです。勝てる勝負しかしません」
「すべては因果……といわけか」
「ええ」
こうして無明は魔人と戦うことになったのである。




