第二十六話
賄賂の効果で精神力を回復できた。
授業は楽である。
前よりギスギスしてない。
同級生は笑顔だし、年齢相応にやんちゃだ。
まだ受験が始まってないのもあるが、全体的にのんびりしてる。
教育虐待の徴候は見られず、誰も死んだ目をしてない。
少なくとも無明以外は。
保護者の祖父になにか言われることもないので自由にさせてもらってる。
両親は無明に興味がないようで電話の一つもなかった。
よいことである。
勉強は問題ない。
理系科目は得意だ。
英語は教育虐待ですでに通った道だ。
なのでわからないのは社会くらいだろう。
こればかりは小学校では教わらないことばかりだ。
家庭教師も社会科特化みたいな状態である。
軍の発足から現代までの流れを確認してる。
法律や社会体制も微妙な差異があった。
難しいものである。
帰り支度をしてると男の子たちが話し合ってた。
「だからよ~、ダンジョン潜ってみようぜ」
「俺たちバズっちゃう?」
バズることに命をかけるほどの価値はない。
ここで見捨ててもいいが……。
無明は少し悩んだ。
だが最終的に鬱シナリオは回避したいという無明の本能が勝った。
「装備はどうするの?」
「おう、無明。どうしたんだ?」
「ほら、ボク古武術やってるから」
「お、おう、そうか詳しいのか。じゃあどうすればいい?」
「マチェーテって言いたいとこだけど結構難しいよ。両刃のナイフ、ダガーナイフが軽くてオススメかな」
「えー……剣とか盾は?」
「3分戦えればね。重いよ」
「バットは?」
「スポーツ用だから。兜に当たると折れちゃうよ。鉄パイプを70㎝くらいで切って、小石とセメント詰めたやつの方がまだマシかな。ちゃんと滑り止めつけてね」
大きなダンジョンの売店にはメイスが売ってる。
薄いプレートを何枚も貼り付けたものだ。
それでもいいが、基本使い捨てだ。
プレートとプレートの間に皮膚や髪の毛が詰まって悪臭がする。
刃物は洗えば使えるが扱いが難しい。
侍の育成には生まれてから元服までの15年は必要なほどだ。
例えば無明は前の世界で10年以上を武術に費やし、異世界でさらに15年を殺し合いに費やした。
だが自分が達人とは思ったことはない。
魔法で戦った方がまだマシだ。
そもそもセンスがない。
今の武術の技だけでは絶対神すら殺害するに至らないだろう。
この体は武術向きではない。
「難しいな」
「銃は?」
「売ってくれないって!」
年齢規制があるようだ。
銃があればいいというものではないが、訓練してない体で戦うよりはマシだ。
「そうかー……」
そこで無明は思いついた。
「道場来る? うちの先生、ダンジョン入ったことあるみたいだよ」
「行く!」
こうして面倒な説得を回避しつつ、道場生をゲットしたのである。
それはそれとして、そもそもダンジョンがあるのがいけない。
あんなものがあるから鬱シナリオが生えてくる。
だから四条父に連絡する。
「おじさん、決めました。ダンジョンを滅ぼします」
「ちょ! 待って! 何を言って!?」
「同級生がダンジョン配信に興味を持ちました。死を回避したいです」
「死って……わかった。警備を厳重にしよう」
こちらも脅して終了。
世界各地のダンジョンの暴走により世界は変わった。
アメリカ合衆国をはじめとする全世界の国家はいくつかの都市を失った。
犠牲者数は数億人。
いまだに事件の傷は癒えない。
日本だけは警察・東京都軍、そして無辜の市民一万名の尊い命だけですんだ。
彼らも、四条ですらも、無明が約百億の知的生命体の命を……いや無数の命を犠牲にしたことは知らない。
無明がいなければこの世界が滅んでいた。
それは無明にはどうでもいいことだった。
日曜日に同級生を道場に連れて行く。
にこやかな先生に迎えられる。
「友だちかい?」
「ええ。先生、ちょっとお耳を」
「なになに」
「あいつら内緒でダンジョンに行こうとしてるので、二度と行く気が起きないようにしごいてください」
「なるほどね、了解」
「お願いします」
先生は笑顔になる。
「ダンジョンに行きたいんだって?」
男子のリーダー格、田中が元気よく答える。
「うん! 冒険者になりたい!」
「そっかー、無明くん。今日は合気柔術じゃなくてもいいよね?」
「お願いします」
先生は道場の奥からラタンの棒を持ってきた。
「フィリピンにね、カリとかアーニスとかエスクリマって言われてる格闘技があってね。名前が色々なのは島ごとに名前が違ったり、植民地にされてたり、アメリカへ渡った移民が名前をつけたり、ま、いろいろだね」
「へー」
「特徴はね。昔の戦闘術がそのまま残ってるんだ。さあやってみよう。はい、無明くん」
「え? ボク?」
無明に飛び火した。
基本の打ち込みから解説もなく打ち合う。
異世界の暗殺者の技に似てる。
「力まないで~」
「動き知らないんですが!」
「でも動けてる」
先生が腕をつかんで組み討ちを仕掛ける。
肩を押して回避。
「はい、スネーク」
さらに蛇みたいに腕を絡めてくる。
棒を持ってた手をロックされる。
これは素直にかかって投げられる。
受け身を取る。
「って感じでやってみようかか はっはっは!」
「やってた自分すら理解してません」
動きが複雑すぎる。
「型はあるんだけど無限に変化してくからね。はいキミらも」
「え?」
「だって冒険者になりたいんだよね? この程度できないとゴブリンでも死ぬよ。死なれたらいやだもんね。ねー無明くん」
「そうですね」
先生が薄らほほ笑んだ。
死ぬほど練習した。
「き、キツいです……」
田中が泣き言を口にした。
「はっはっは! 手の皮めくれてないからまだ初心者コースだよ。それに県軍入ったらもっと地獄みたいなメニューだよ」
「詳しいんですね」
無明が聞くと先生は真面目な顔になった。
「県軍に入隊したし冒険者だったこともあるよ。秋葉原の中層までしか行けなかったけどね」
中層まで行けたのなら上位の冒険者だ。
「ボクは行くなとは言わないよ。ただね、行くなら死なないように鍛えるから。幸い県軍にも顔が利く、魔法の才能があれば魔法使いを紹介するよ」
笑顔だが……怖い。
それは本物を知ってる顔だった。
こうして田中たち男子は徹底的に鍛えられることになったのであった。




