第二十四話
入学式が終わり、教師の挨拶などが終わる。
そして部活の説明へ。
軽音同好会はある。
漫研も楽しそうだが人生の目的のために我慢である。
(漫研のオタク友だちとのアオハル……いや、だめだ! それはそれで好物だが! だが確率が低い!)
大変図々しい思考をめぐらせていた。
すると担任の女性教師、上沼に声をかけられた。
「独生、お前は音楽の伊藤先生のところに寄れ」
嫌な予感しかしない。
「先生、私は軽音部に」
「許されると思ってるのか?」
えー……と無明は嫌な顔しながら音楽室に行く。
吹奏楽部だけは嫌だ。
スポーツクラブのおまけみたいな扱いをされて青春を浪費されるのには耐えられない。
だいたいあれは体育会だろ。
文句がいくらでも出てくる。
音楽室に入ると無精ヒゲのおじさんがいた。
「なるほど。吹奏楽向きじゃなさそうだ」
「絶対嫌です」
「だろうな。入学式でも紹介されたが音楽の伊藤だ。独生、お前、ギターやれ」
軽音のギターならいい。
だがクラシックは拒否である。
「惰性で続けていただけですが。ハッキリ言って才能ありません」
「惰性で続けて有名コンクール一位とか……才能しかねえだろ」
「ないです」
ヘボ演奏で酔っ払いに酒を頭からかけられる程度の腕である。
異世界での吟遊詩人はそれはそれは過酷な仕事だった。
上手くなければ飯が食えない。
楽譜などなく曲は耳コピ。
できなければのたれ死ぬ。
実際、吟遊詩人の仲間は冬を越せず凍死しまくってた。
リアル「アリとキリギリス」である。原作の方。
危機感のあまり盗作とはわかりつつも、洋楽を中心とした楽曲をパクらせてもらった。
曲を忘れたときのプログレの間奏でごまかすのに何度命を救われたことか!
そんな状況で身につけた技術で将来ある子どもの席を奪うわけにはいかない。
無明はモテたいだけなのだ。
軽音でも駅で死ぬほど演奏するとかそういうガチムーブは絶対にしない。
女の子と【XXってバンドいいよね~】とかいうお話がしたいだけなのだ。
だが教師は非情だった。
「お前ピアノも得意なんだって」
「得意じゃありません」
こっちは本当にたいした腕ではない。
そもそも無明の相棒はリュートなのであってギターでもピアノでもない。
さらに言えばピアノは演奏しなければ今日のごはんが食べられないという状況で覚えた技術ではない。
真剣味があまりにも足りない。
その証拠に「子どもにしちゃ弾ける」という程度である。
こちらでコンクールの席を奪うことなど無明は許さなかった。
音楽の教育虐待を受けてる子どもたちのものだ。
「絶対に才能ありません」
「それを決めるのはお前じゃない。クラシック音楽部を作ってやるから練習しろ」
「先生! 私は……軽音部でウェーイとか言いながら文化祭で自慢げにヘタクソな演奏をさらしてモテたいんです! それよりも大事なことなんてこの世にはありません!」
演奏が上手になりたいわけじゃない。
無明はただ青春がしたのだ。
無明にはクラシック音楽部から青春をする画が思い浮かばないのだ。
汚いおっさんに頭から酒をかけられる画しか知らないのだ。
枯れ木みたいな高齢のご婦人から逃げるために冬の雪原を全裸で逃げるなんてもう嫌なのだ。
この体でやったら確実に死ぬだろう。
「それやったら俺の全権力動員して軽音ぶっ潰すからな。だいたいあいつら問題起こしすぎなんだよ! こないだ部室でタバコ見つかったしよ!」
「先生! それでもいいんです! 私はモテさえすれば! どうかお慈悲を!」
無明は土下座する。
靴をなめてでも青春したい。
たとえ世界を滅ぼしてでもだ。
「うるせー! 出てけバカ!」
音楽室を追い出される。
常に大人は理不尽である。
すると廊下で四条と松本、それに佐藤が待ってた。
「お、なんだ。クラシック音楽部に決まったか」
松本がヘラヘラ笑う。
「軽音がいいのに!」
無明は「XX(洋楽の大御所)って、○○(最近のアイドル)のパクりだよね~」という無知極まりない会話を楽しみたいのだ!
「アタシも入部するからな。よかったな! 無明!」
なぜか松本が仲間になった。
「松本さんはどの楽器が得意なんですか?」
「バイオリン。これでも親離婚するまでやってたし。今の家でも教室通わせてもらえたしさ」
ばんばんと背中を叩かれる。
なぜか松本はうれしそうだ。
「わ、私も入るね! 楽器できないけど!」
佐藤はそう言って気合を入れた。
それで大丈夫なのだろうか?
無明はよくわからなかった。
最後に四条。
四条は目が泳いでいる。
「こ、琴なら……」
見事なジャンル違いであった。
(キミ……アニソンしか聞かないじゃん……)
無明は心の中でツッコミを入れた。
こうして無明は……よくわからないままクラシック音楽部に入部を強制されたのである。
そんな無明は日課は続けている。
新しいダンジョン潰しである。
秋葉原の地下鉄ダンジョンは最初から巨大だった。
「なにか意図でもあるのだろうか? 御使さんなにか知ってる?」
「神なき世界はお互い殺し合う運命にあります。そうやって淘汰して整理するんです」
「上位存在滅ぼせばいいのかな?」
「やめてください。上位存在は意思なんかありません。世界がそうなっているだけです」
「わかったよ。今日はここね」
できかけのダンジョンで殺戮を繰り広げる。
凍らせて、生き残りがいれば電撃。
だがなぜか生き残りがいる。
「面倒だな。魔法がレジストされた。しかたない……行くか」
無明は準備運動する。
「強大な存在のようですが……魔法なしで勝てるんですか?」
「問題ない」
無明はダンジョンに入ると一言。
「獄炎」
床に炎の上位魔法を放ち床に穴を開けていく。
「面倒だから飛び降りるよ」
御使をお姫様抱っこしてそのまま穴へ飛び降りる。
「うわ、そんなあああああああああああああ!」
最下層で着地した。
そこには死体の大僧正、リッチがいた。
魔導を極め死すら克服した……魔法使いの天敵は……無明にマウントポジションをとられ殴られていた。
もはや秒間120コマのカメラですら追えないほどの拳の嵐。
その一撃一撃がミノタウロスの頭蓋骨を粉砕する威力のそれが何度も何度もリッチを襲う。
拳で床がたわみ、地が揺れた。
「あはははははははははは!」
無明は笑いながら殴り続ける。
最初こそ「我に物理攻撃は効かぬ」と笑っていたリッチも抵抗をやめ、まるで人形のようにされるがままになっていた。
無明の容赦のない暴力は不死者の生への執着を完全にへし折っていた。
もう何度、頭蓋骨を割られたであろうか。
いや細胞の一片までも、分子までも破壊され、そして再生する。
永遠とも思える時間だった。
だが実際の時間はほんの一瞬、再生と破壊を繰り返されていくうちにリッチの執着が剥がれていった。
無……すべては無。
なにもない。
圧倒的存在の前では積み上げたものもなにも意味はない。
耐え忍ぶことすらできない。
努力も忍耐も経験も……なにもかも意味がなかった。
世界も無。
すべては無だと悟ったとき……リッチは静かに輪廻の輪からはずれ消滅した。
「リッチは中途半端に倒しても復活するからね。こうやって物理で消滅させるのが正しい」
「それできるの無明くんだけだと思いますよ」
御使はあきれていた。
だが無明はやめる気などない。
アオハルという情報を喰らい尽くす。
それだけが無明の目的なのだ。
邪魔するやつは皆殺しである。
こうして中学生活はいつもどおり進むのだった。




