第二十二話
ギターを弾く。
ギターの先生は思ったの違った。
男性なのはいいとして、内容はロックではなくクラシックギターだった。
今はボサノバとタンゴをひたすら練習してる。
そう、某深紫のコンサート中の火事をテーマにした曲を練習するのかと思った。
なのにエーデルワイスをひたすら練習した。
無明はサウンドオブミュージックは嫌いである。ハッピーエンドだから。
ハッピーエンドは学園ラブコメだけでいい。
不完全燃焼だったのでオルガンを借りて【燃える】の方は演奏した。
おかしい。なぜこうなった。イズバーン!
無明は混乱していた。
そもそも無明は前世の異世界転移直後、吟遊詩人のスキルを取得して王から逃げたことがある。
捕獲されるまで一年間、リュートを相棒にして様々な村や町で曲を弾いて糊口を凌いだ。
そう、ある酒場ではヘタクソと怒鳴られエールを頭からかけられ、ある待ちではゴミをぶつけられ、さらに王都近くに潜伏したときは木のジョッキを頭に投げつけられた。
殴られたことも一度や二度ではない。
殴られて床に倒れる無明の顔にツバが吐かれたあの日のことは忘れない。
その全てを赤裸々に書いた復讐手帳はあの世界に置いてきてしまった。
だが今思い出しても歯が震えるほどイライラする。
心の底からあの絶対神をボコしてよかったと無明は思ってる。
侵略者の世界とは違い住民を皆殺しにこそしてないが世界の末路は明るくないだろう。
それはそれとして街ごと焼き払わなかったことは後悔している。
そんなわけで無明は少し練習したらあっと言う間に上手になった。
リュート一本で稼いでいた腕は伊達ではなかった。
やはり空腹と寒さで憶えた技術を忘れることはない。
ただギターの先生は「ピアノの経験者だからだろう」と納得したようだ。
「ただ……それにしては……やけに辛酸をなめたてきたような深みのある演奏だね」とも言われた。
辛酸は無明にとって日本人の味噌汁、ドイツ人にとってのソーセージみたいなもの。
毎日の食事みたいなものであった。
「コンテスト出ようね!」
なぜか先生は上機嫌だ。
そもそも無明は学校の軽音部で上手い方の先輩くらいのポジションを欲している。
文化祭で女子から「キャー!」と黄色い声を浴びたいだけであって、審査員に感心されたいわけではない。
コンテストレベルを欲したことはない。
先生は無明のピアノの腕にも目をつけた。
「こっちもレッスンしようね」
そう言って先生は大学時代の仲間なる人を連れて来た。
しかも元いた音楽教室の先生とコンタクトをとり「才能ある生徒です」との証言をとってしまった。
違う。それは勘違いだ。
現在二人態勢でレッスンは続いている。
なお先生は欲得の目をしてなかった。
育てたら面白そうという興味本位の目である。
悪意など一切ない、芸術家の面白半分の目だった。
もはや止めることはできないだろう。
悪意のある相手には強い無明であるが、悪意のない相手には弱いのである。
だが正直には言えない。
才能などないのだ。
脱走するために身につけた技術、糊口を凌ぐための技術なのだ。
感動や真摯な想いは……残念ながら、ない。
だが時間的には余裕がある。
ただひたすら時間を奪おうとする母親はいない。
体験を重視する入試もだいぶ先だ。
100点以外は落第という縛りもない。
おそらく適度に手を抜けばあきらめるはずだ。
無明は自由だったのだ。
そんな無明のクラスに転校生が来た。
「御使イシスです」
神の眼である。
四条に小声で話しかける。
「転校生は神の使いです」
「それは……なにかの比喩ではなく?」
「比喩ではなくリアル神の使いです」
「なるほど……父に連絡いたします」
すぐにシラコバトマークの埼玉県軍を連れた四条父が学校に来る。
(イシス……御使が本気になったらその装備じゃ無理だろ)
と無明は思ったが説明が面倒で黙ってた。
無明はそういうやつである。
四条父がやってきた。
四条娘も慣れたもの。
すでに無明と御使を保健室に隔離していた。
「か、神の使いだって!」
「あいつです」
無明が御使を指さすと彼女はむくれる。
「【あいつ】なんて他人行儀な。一緒に秋葉原に攻め込んだ異世界の神を討伐した仲間でしょ!」
「事実に嘘を混ぜるのやめてもらえますか? 神討伐には関与してないでしょが」
「神の……討伐……」
口を滑らしてしまった。
無明はあくまで無表情を崩さないように言った。
「邪魔なので異世界を排除しました」
「簡単に言うと世界を滅ぼしてきました。こう惑星の軌道を曲げて別の惑星にぶつけて。生物の発生可能性すら潰してきました」
「ご安心ください。条件がそろわなければできません。たまたまぶつけやすくできてたんです、あの世界」
単に惑星の衝突でトドメを刺したのは最小限の力で滅亡を引き起こせただけだ。
別にすべての遺体を墓から起こして、死霊の帝国を作ってそいつらにじわじわ滅ぼさせてもよかったのである。
四条父は深くため息をついた。
その後、四条父に質問攻めにされる。
「だ、だが地下鉄のダンジョンは消滅してないようだが」
「ええ。また別の世界の侵略者の軍がやって来ました。面倒なんて殺しましょうか?」
もう無明は考えるのも嫌だった。
殺して終わるならそれでもいい。
「あー……うん……とりあえず保留で。それで彼女は」
四条父には判断する権限はないのだろう。
雇われの労働者はどうしてもしがらみが発生するものである。
「世界の管理者よりも上の存在から、ボクを監視するように命令された天使とか上位精霊とかそういうやつです」
「そういうやつです!」
えっへんと御使が胸を張った。
「それはこの世界を滅ぼす権限があると……」
「私は監視を命じられただけです。無明さんに敵対とか恐ろしくてできません。見てるだけです」
四条父は考えた。
今までの人生中で一番考えた。
だがなにも思い浮かばなかった。
だがとりあえず現状維持はできそうな感じがした。
「御使さんもあとで話を聞いていいかな?」
「お菓子くれるなら!」
「今あげよう」
御使はもらったチョコレートをうれしそうに口に入れた。
ここにもまた食欲に支配されたものが一人存在していた。
ということで御使が仲間になったのである。
無明はヤレヤレだぜ……と心でジョジョぶったがやっても誰にも伝わらないから自重した。




