第十六話
無明はスマートフォンを発見した。
肉片がついている。
録画してたらしいがストレージの容量不足で停止していた。
無明はスマートフォンを空間魔法のストレージに収納する。
無明に救うことができたか?
それは無理だっただろう。
無明は見知らぬ相手に手を合わせる。
ボロボロになった服が落ちてた。
その近くに学生証が落ちていた。
柔道で有名な学校だ。
部員が殺人事件を起こして柔道部は廃部になったことを無明は思い出した。
学生証をストレージに入れる。
無明は神殺しである。
ゆえに祈るべき神を持たない。
だが、四条を通して渡せば遺族の慰めにはなるだろう。
すぐ近くに若い女性たちの遺体が転がっていた。
身分証やスマートフォンを回収する。
無明はやるせない気持ちになった。
こちらにも手を合わせておく。
「風よ」
嫌な気分を抱えながら風魔法で空を飛ぶ。
前世でラーメン屋が入ってたあたりのビルに生き物の反応があった。
魔力はない。
おそらく人間だ。
割れたアスファルトに降り立つとゴブリンがビルを取り囲んでいた。
「凍てつけ」
無明は容赦なくゴブリンを凍らせる。
氷の彫像になったゴブリンを蹴飛ばして壊しビルの中に入る。
「誰かいる?」
コブラネタはウケなかったので封印。
普通に話しかけた。
「ふ、ふえ」
女の子の声がした。
部屋の奥からベニヤ板で隠れてた女の子が出てきた。
「ダンジョンから出るよ」
「う、うん」
ビルの前にはゴブリンたちが集結していた。
だが無明の前に数は無意味だった。
「凍てつけ」
百体ほどのゴブリンが氷のオブジェクトになった。
「つ、強い」
「それほどでも」
無明は神に異世界に拉致された程度の矮小な存在でしかない。
それを自覚しているから調子に乗ることもない。
そんな無明に語りかける者が現われた。
「クックック、強キモノ、我ト戦エ」
それは豚みたいな顔の化け物だった。
右手に斧を持って左手には大きな盾を持っていた。
豚みたいな顔は異様に大きく。
鎧を着込んだ体は全体的にずんぐりむっくりしていた。
冗談みたいな姿だったがそれが逆に気持ち悪い。
腰には人間の頭をいくつもぶら下げていた。
無明は一言つぶやく。
「凍てつけ」
豚が凍り付く。
「腰のそれ、回収させてもらうよ」
首を回収しストレージに入れる。
「ワ、我ハ……魔王軍……幹部……」
「まだ生きてたか。霹靂」
パンッと音がした。
電撃である。
次の瞬間、オークの目から血がしたたり落ちた。
巨体ががくんと崩れた。
オークはビクビクと痙攣し、そして動かなくなった。
「やはりデカブツには雷が一番楽だ。さ、行こう」
あまりに鮮やかな殺戮劇に香奈恵は驚きを通り越してなにがあったのかすら正しく認識できなかった。
ただ目の前の男の子はどんな冒険者よりも……都軍の誰よりも強いことだけはわかった。
二人は堂々と表門から外に出る。
表門には四条が待っていた。
無明は薄ら寒い笑顔で言った。
「四条さん、生存者がいましたよ」
「こちらも把握してなかった。すまない……他に生存者は?」
「遺留品は回収しました」
「わかった」
「それと……彼女はもうボクの関係者です。意味わかりますよね?」
「わ、わかった」
「それじゃ、後始末してきます。お姉さん、そこのおじさんになんでも相談して。信用できる人だから」
最後に無明は秋葉原ダンジョンの方を見る。
そして小さくつぶやいた。
「嘆きの川」
秋葉原ダンジョン全体が氷に包まれた。
生きとし生けるものが凍っていく。
「む、無明くん……それは……」
「中で生きてるのは魔物だけです。ですのでボスモンスターごと凍らせました。これで終了です」
「どうお礼をすればいいかな?」
「別に。……あえて言えば遺留品を家族の元に帰してあげてください」
「わかった。努力する」
無明は四条に報酬を要求する気はなかった。
四条家とは良好な関係を構築したいと無明は思っている。
だから四条家には過度な要求はしない。
ただ無明の生活を維持してもらえばいい。
持ちつ持たれつで危険人物だが制御できるという程度の認識にしたい。
「それとこれ」
遺留品を引き渡した後でダンジョン討伐証明として賢者の石を渡す。
「いいのかい?」
「大量に持ってますので。ただ、こいつで勇者召喚だけはしない方がいい。ボクみたいなのが召喚されてしまうので」
「あ、ああ。前に失敗した国がある」
当たり前だ。
勇者召喚はただの拉致でしかない。
拉致した人間が喜んで協力してくれるとでも思ってるのだろうか?
実際、無明は魔王軍を皆殺しにしたついでに人間の王国を滅ぼした。
その隙を突いて絶対神も殺した。
だから反省した。
新しい生活を邪魔されるのも鬱陶しい。
あらかじめこの世界の神を殺そうとしたら神などどこにもいなかった。
残念である。
とにかく勇者召喚は危険だ。
もし勇者召喚をするような倫理観の欠けた指導者がいるならば殺さねばならない。
だが、どうやら殺さずにすみそうだ。
「じゃ、ボクはこれで」
無明は飛ぶ。
飛んでる途中、顔をしかめた。
「羽虫が」
秋葉原の適当なビルの屋上へ着地した。
「出てきたら?」
「見つかったか」
ぶんっと音がして女の子が出現した。
「神の回し者か?」
絶対神のさらに上がいそうな気はしてた。
やはり存在したかと無明は憂鬱になった。
「あなたの邪魔するつもりはありません。どうか話を聞いてください。私は神の眼。あなたの行動を監視して上位存在に報告するのが目的です」
「それは最終的には邪魔するのでは?」
「いいえ、あなたが好きに動いたところ世界の崩壊が10年遅れました。したがって我々はあなたを見守ることにいたしました。世界の崩壊を10年延ばしたのなら同族200人以上を抹殺しても問題ないかと」
「魔物は? あれも生き物でしょ?」
「私たちの管轄下にない生き物です」
どうやら神は正義の側ではないようだ。
「一応警告しておくか。いいか神の眼、ボクやボクの周囲に手を出したら……皆殺しだ」
「私があなたの周囲の人間になることは?」
「好きにすればいい。ただ好感度はマイナススタートだからね」
「わかりました。ではこれで」
神の使いは消えた。
「めんどくさ」
無明の頭の中は「めんどくさ」で埋められていた。