第十四話
四条の家に挨拶に行きたいと言ったら自動車で送ってくれた。
四条の家は大きな一軒家だった。
最寄り駅が私鉄だけの中途半端な田舎のせいか土地が安い。
あの反社マンションの半額くらいだろうか。
中に入ろうとするとピリピリする。
なるほど結界か。
一定以上の魔力を持つ者を通さない仕組みのようだ。
だが無明には結界の素通りなど難しくない……ぱきん。
「おや、力加減を間違えたようだ。四条さん。結界壊しました」
慌てて出てきた四条父にそう伝えた。
「やはり壊れたか……すまんね。いらんと言ったのだが」
「いえ、壊さないで素通りしようと思ったら力の制御ができず」
「ああ、うん。そういうのもできちゃうんだ……これ最上級の結界だったんだけど」
「己の力不足を実感してます」
数百万の侵略者を葬り去ったおかげでレベルアップしたことを無明はまだ知らない。
中に案内される。
中では四条娘が山盛りネギトロ丼を食べていた。
無明がたたきにした物を冷凍したものだ。
無明は料理が得意なのだ。
四条娘と無明の目が合う。
「なにか?」
無明はネギトロ丼を凝視していた。
「美味しそうだなと」
無明は暗に「くれ」と頼んだ。
「そうですか」
四条娘は塩対応だった。
絶対にネギトロだけは死守する構えだ。
「巳波! 意地悪しないの! 無明くん、よそってあげるから」
四条父がネギトロ丼を出してくれた。
丼は無明専用のものである。
すでに無明は四条家に入り浸りだった。
「ありがとうございます」
「いやとってきたのは君だ」
頭の悪そうなネギトロ丼は素晴らしかった。
味も素晴らしいが、なにかの人生の到達点を制覇したような気がする。
世界を制覇したかのようだった。
四条の家の庭では電動魚干し機がくるくる回っていた。
無明が取ってきた魚を干物にしてるようだ。
素晴らしい。
次は高級魚の干物パーティーだ。
「もうちょっと持ってくる量を増やしますか?」
無明は無表情で聞いた。
四条は無表情のまま答える。
「可能ならお願いいたします。そう言えば伊勢エビはどうしますか?」
「悲しいことですが種の維持のために我慢しようかと……」
「なんと人は愚かなのでしょうか!」
「その代わりにロブスターを手に入れてこようかと」
「よろしくお願いします……ところで調理は」
「できます」
食欲で結ばれた二人の不毛なやりとりだった。
小学生らしくないやりとりに四条父はため息をついた。
「そうだ。四条さん、祖父に連絡していただきありがとうございました。これは祖父から」
頭を下げてお土産を渡す。
お土産は家の執事が持たせてくれた。
こういうときの定番はようかんである。
「これはどうも」
無明はじっと顔を見る。
「なにか?」
「私から何か差し上げたいのですが思いつきません」
(エリクサーだけでも充分すぎるのだが)
四条父は苦笑しながら思った。
「なのでダンジョン攻略に役立つアイテムを……」
「いや待って、伝説級はまずい!」
そんなものを押しつけられたらまた報告が必要になる。
もはや貸し借りというレベルではないのだ。
目の前にいるのはダンジョンの虐殺者【スローター】なのだ。
「ならば……誰か殺してほしい人はいますか?」
「いりません。その代わりに巳波と仲良くしてやってください。私の転勤が多すぎて友だちがいないので」
「もう友だちですが?」
「それでいいです」
「……そうですか」
「あとまた魚を分けていただければ。巳波が好きなもので」
無明はこくんとうなずいた。
この間捕まえた鯛をさばいてから帰る。
運転手さんに鯛を分ける。
クーラーボックスの中には何匹もも鯛が入ってる。
四条父が釣ってきたことにして屋敷の人たちにあげようと無明は余計な気を回した。
実際喜んでもらえた。
夕飯の席で祖父から塾を辞めると伝えられた。
塾は遠くて通えないからやめるらしい。
埼玉は縦移動は楽々なのに横移動は私鉄頼りでたいへん難しいのである。
だが支店は全国各地にあり、通えないことはない。
「お爺さま、こちらの塾に転校ということでしょうか?」
「いや違う。家庭教師に来てもらう」
なるほど。
「しばらく待って欲しい」
すぐに用意できるものではなさそうだ。
つまり民間のサービスではなく、祖父が雇うのだろう。
なのでたいへん時間が余ってしまった。
夜の時間が丸々余ってしまった。
だとしたら日課である。
家を抜け出し空間魔法で転移し、実家周辺の大学病院の近くまで行く。
そのまま飛んで病室に行くと窓をノックする。
「誰?」
「ピーターパンさ」
「なにそれぇ」
佐藤詩織が笑った。
かなり調子がいいようだ。
なおコ○ラネタは通じないようだ。
無明は残念そうな顔になる。
有名なネットミームなのにと無明は悔しがった。
当たり前である。
リアル小学生はピーターパンすら通じるかすら微妙なのだ。
無明は教育虐待のせいで世の中と大きくズレてしまっていた。
「ネットミームが……なんでもない。今日はさ、引っ越しするって言いに来たんだ」
「無明くん引っ越すの?」
「うん、お爺ちゃんと住むんだ。だから……」
「うん……わかった。私も……退院かもしれないって」
抗がん剤のサイクルが終わればエリクサーで体がよくなるだろう。
それは計算のうちだった。
「よかったね」
エリクサーを飲んでるのだ。
助からないはずがない。
だがそれでも無明はうれしかった。
鬱展開を一つ回避できたのだ。
無明は最後に一つ渡す。
「はい、これ」
「これって」
「病気を治せる薬の残り」
正確には抗がん剤の副作用を消すためのものだ。
「じゃあやっぱり私を治してくれたのは無明くん!」
「うん、ダンジョンで手に入れた薬なんだ。」
詩織は少しの間薬を見つめると一気に飲み干した。
「じゃ、ボクのことは忘れて、新しい場所で新しい友だちを作るんだ」
無明はほほ笑んだ。
すると詩織は涙を流す。
「絶対忘れない! 絶対忘れないから!」
無明は湿っぽいのは好きじゃない。
だから……。
「ばいばい」
そう言ってそのまま窓から飛び出した。
コ○ラぶって格好つけた無明ではあるが、後に詩織と再会することをまだ知らなかった。
ご安心ください!
次回地獄です!