第十話
無明による蹂躙が止むと四条父は各所に連絡していた。
「魔人です。ダンジョン攻略者ランキング一位の通称【スローター】は魔人でした。幸いなことに人類に対して友好的、いえ、自分を人間であると思ってます」
酷い言いようであるが間違ってない。
異世界の絶対神を滅し、神殺しに至った無明はすでに人間を超越する存在だった。
それを伝えられたこの国の上層部の一人はため息をついた。
「どんな人物かね」
「現在十歳の小学生。ただし生まれた直後からダンジョンを攻略し続けて……ほぼ毎日ダンジョンを攻略し続けてます。性格は大人しく周りと上手くやっていこうと思っているようです。家庭環境があまりよくなく教育虐待一歩手前くらいの状況に置かれてます。危険度は極めて低く交渉も可能……ただし自分または庇護下にあるものを傷つけようとしたものに対して容赦しません。皆殺しです」
「証拠はあるのかね?」
「極道会がつい先ほど壊滅しました。使いっ走りまで皆殺しです。構成員200人以上が死亡。全員入れ墨を剥がれ会長宅にばら撒かれました。遺体は放置されてると思われます。それと……」
「まだあるのかね?」
「対象からエリクサーを頂きました。本物です」
「な、なんだと……」
「ダンジョン攻略時に手に入る賢者の石から生成したそうです」
「な、なんてことだ……四条くん! 扱いを間違えたら国が滅ぶぞ!」
世界中の指導者が欲しがる伝説の薬だ。
これ一本で万の人間が死んでもいいと考えるものは多い。
「でしょうね。幸いなことに我が家と友好関係を築くことに成功しました」
「で、でかした!」
「庇護下にある人間のリストも作りました。今送信します」
「よろしく頼む」
怪異省。
この国の怪異に対抗する組織、今は主にダンジョンを管轄する組織のトップはため息をついた。
魔人。
1943年にアメリカ合衆国、フィラデルフィアに突如出現したと言われる。
独立記念館や自由の鐘、いや都市のすべてを破壊し尽くした。
姿はどの媒体にも残っておらず、存在は謎に包まれている。
ダンジョンと共に戦争が少なくなった原因の一つと言われている。
魔人は一通り暴れると満足したのかどこかに飛び立っていった。
それ以来、姿は目撃されてない。
すべてが謎に包まれた伝説の存在である。
ただ人間と同じ姿をしていたことだけは伝えられている。
その事件以来、各国家は人知を越えた存在を【魔人】と呼ぶことにし、情報共有してきた。
現在では少し意味合いを変え、ダンジョン複数回踏破者も魔人とみなされる。
その夜、怪異省は緊急会議を行った。
真夜中の招集にもかかわらず、夜が明ける前に全幹部が集った。
その夜中も働くブラック職場のせいか、幹部たちの髪の毛は一様に薄かった。
「我が国に魔人が現われた!? なにかの間違いではないか!?」
バーコード頭の偉そうなおじさんが言った。
すると極限まで髪の毛を逆サイドに引っ張ったおじさんが答える。
「当該人物は特定されていて現在小学五年生、人類に対して非常に友好的であるが、自分のテリトリーを侵されると凶暴性を発揮します」
若そうな髪型だが頭頂部が薄くなったおじさんが怒気を発する。
「殺処分できないのかね!?」
「まず本人はダンジョン踏破数千回以上。一日数件ペースでダンジョンを踏破してます」
「なぜ今まで報告がなかった!」
「ダンジョン発生とほぼ同時に攻略されたからです! 彼は自分のテリトリー内にダンジョンができると塾帰りに潰してるようです」
「はあ? 塾?」
「彼が私立の小学校に通ってるからです。追加情報として当該児童は保護者から教育虐待じみた教育を受けてるようです」
「まずいじゃないか!!!」
ノーマルバーコード頭のおじさんが叫んだ。
もはやハゲのハゲによる集会と化した会議場は混乱した。
「ええ、ですので、どうかに介入できないかと思案してます。運のよいことに陰陽師の四条氏が接触可能ということです」
「陰陽師になんか頼らんと、いますぐ児童相談所を動かしたまえ!」
「本院が現状維持を望んでるそうです!」
「ええ……」
その場にいた全員が息を呑んだ。
頭頂部ハゲのおじさんが卑屈に顔を歪めた。
「じ、実は四条氏が間違った報告をしたとかぁ?」
「児童が庇護してる元同級生、いわゆる幼なじみですな。当該児童を借金のカタに連れ去ろうとした極道会ですが消滅しました」
「は?」
「皆殺しです……下部組織まで皮を剥がれて会長宅に放り込まれてました。わかっているだけで200人以上が死亡。遺体の回収を進めてます」
「こ、子ども一人のために200人以上を虐殺だと! そいつの頭の中どうなってるんだ? だったら紛争地帯にでも行って戦争止めてくればいい!」
「それは我々の傲慢というものです。当該児童は自分の縄張りを荒らされた獣と考えた方がいいでしょう」
「……ぐっ! 諭すのは無理か! 極道会会長は?」
「真っ二つです」
「は?」
「真っ二つにされました。報告によると児童は『警告はした。家族は見逃してやった。復讐しに来るなら皆殺しだ』と言ってます」
「か、完全に……化け物じゃないか!」
「魔神ですので、はい」
今度は無理のあるハゲ。
「魔人の庇護対象の児童はどうなってる?」
「保護者は失踪。おそらく借金からの夜逃げでしょう。児童は四条家で保護してるそうです」
まだ、事態を否定するのをあきらめきれない頭頂部ハゲがうなる。
「だが証拠があるのか……」
「四条家が当該児童からエリクサーを譲渡されました。本物です」
頭頂部ハゲは言葉を失った。
噂レベルでは存在するとされている万能薬。
それを手に入れたのだ。
戦争の原因にすらなる化け物級のアイテムだ。
「ど、どうすればいい!」
「さあ、自分には、正直もうどうすればいいかわかりません……どこに手をつけても逆鱗に触れますし、手をつけねばいつか爆発します。どうしたものか」
「ぐ、ぐう、児童相談所を管轄する厚生労働省に連絡を取れ! 私は大臣に報告してくる!」
こうしてハゲのハゲによる会議は何の成果も得られないまま終わったのである。
結果は要観察。見てるだけ。
ただ日本人特有の無駄な会議のおかげで無明はさらなる殺人を犯さずにすんだのであった。




