第一話
頭にギャグマンガみたいなタンコブのつけた偉大なる存在が床に転がってた。
タンコブからは煙が上がっていた。
拳を握ってそれを見下ろすのは30代のおっさんだった。
はち切れんばかりの筋肉。
丸太のような腕。
男は勇者と呼ばれる存在。
床に転がる偉大なる存在は絶対神。
全身が発光していて姿こそわからないがその偉大なる存在感はたしかに感じられた。
「ようやくたどり着いたぞ絶対神」
勇者の目には神への敬意などなかった。
「わ、我の邪魔をするか勇者!!! 我は、この世界を浄化せねばならん!!!」
神を見下ろしながら勇者は言った。
「いやそういうのいいから。さっさと俺を元の世界に戻せ」
神に別の世界から召喚されて、はや15年。
魔王を倒し、裏にいた邪神を倒した勇者であったが、さらに勇者はヤクザの組事務所に家宅捜査にはいる機動隊の如き動きで絶対神の住む神の塔に侵入。
数多の神を蹴散らし、ついには絶対神の頭を殴打したのである。
「無理だな! 我に召喚された時点で貴様の存在は消滅したのだ!!!」
勇者は神の顔面をつかんで持ち上げる。
「あ、ちょ、痛い! アイアンクロー痛いから!!!」
「いいから戻せ。さんざん働いてやったんだ。敬意を払え」
「む、むりいいいいいいいいい!!! 貴様を元に世界に戻すのだけは無理なのだ!!!」
「じゃあ死ね」
ぎりぎりみしみしと音が響く。
「や、やめ! ゆ、勇者よ!!! な、何を望む!!!」
「ボーイッシュ幼なじみとの『お前女だったのかよ!』からのアオハル学園生活」
「え?」
神が呆けた声を出した。
その具体性からにじみ出る圧倒的キモさに絶対神はフリーズした。
「オタク女友達との放課後オタトーク」
「な、なにを言って……」
勇者が問答無用で神に腹パンした。
「げふ!」
「オタクに優しいギャル」
さらに腹パン。
圧倒的苦しみの中、神は思いついた。
「さ、サキュバスの性奴隷をやろう……それでどうだ」
勇者は神を壁に放り投げた。
人型に壁が壊れ神が埋まった。
「貴様は……わかってない」
「な、なにをだ!!! 色気のあるいい女がほしいのだろう!!!」
勇者は絶対神の後頭部をつかみ壁に叩きつける。
「貴様はわかってない。エロはエロくない」
それはまるで禅問答だった。
「アオハルとエロの前の青春の輝き。それこそが一番エロいのだ」
絶対神には勇者の言葉が理解できなかった。
こいつ頭おかしいんじゃないか?
哀れな神はわかってなかった。
勇者はすでに壊れていたのだ。
絶対神への復讐、人類国家への復讐、魔王軍への復讐。
そもそもこの世界のすべてを抹殺しようとすら思っているのだ。
「絶対神、いますぐ要求が通らねばお前を殺す。神どもも人間どもも魔族どもも。地表にいる生き物すべてを殺す。生命など住めない世界にしてやる。他の惑星を開拓しても無駄だ。すでに反物質の用意はできてる。この宇宙を終わらせてやる」
このとき絶対神は、ようやく自分がなにを召喚してしまったかを思い知った。
魔王など……この男と比べたら子どもみたいな無垢な存在だ。
そのことに気づいてしまった。
絶対神は恐怖の余りガチガチと歯を鳴らした。
「や、やめろ! 罪のない命を奪うな!!!」
「罪がない? 30歳まで俺を魔族と殺し合いさせたのに? 笑わせるな。皆殺しだ。俺の人生をいますぐ返さなければ……皆殺しだ!」
もう神に選択肢などなかった。
勇者を止めねばならない!
だがどうやって……?
「へ、並行世界への転生をしてやろう! どうだ!? いますぐ別の世界の神に受け入れ先を問い合わせする! す、少し待ってくれ!!!」
笑顔。
勇者は最高の笑顔で手を離した。
神はわかってしまった。
殺される。
変な世界に転生させたら次元を渡ってもこの世界を滅ぼしに来る。
やつは本気だ。
「楽しみにしてるよ♪」
勇者はクネクネしてる。
絶対神は吐き気を抑えながら問い合わせを実行。
神のSNSで助けを求めた。
出禁、出禁、出禁、出禁、出禁。
出禁が並ぶ。
他の世界の神々が一斉に出禁措置を実行。
「ふええええええええええ……」
絶対神は涙が出てきた。
「どうしたノ? デキナイ……ノ?」
勇者がカクカク頭を揺らす。
完全に人外の化け物の動きだった。
「ふええええええええええ!」
そのときだった。
一件だけヒット。
そこは神のいない世界だった。
数年後に次元の裂け目から魔族が現われ人類を滅ぼす。
そう運命付けられた世界だった。
ここなら受け入れ可能だった。
「う、受け入れ先が見つかりましたあああああああ!」
情報を勇者に見せる。
「うん、わかった。数年後に魔族が来るけど……皆殺しにすればいいんだね」
勇者のその目は、本気と書いてガチと読むものだった。
神ですら管理を放棄した世界だ。
本当にこの勇者を向かわせていいものか。
神は迷った。
だが……もう選択肢はなかった。
「て、転生処置! 開始します!!!」
勇者は笑顔だった。
そして最後につぶやいた。
「アオハル約束だよ。嘘ついたら殺しに来るからね……」
絶対神は身震いした。
次の瞬間、勇者の姿は虚空に消えていった。
「ふう、やれやれ。危なかった。勇者がアホでよかった……」
約束など守る気はない、
勇者がどれほど強かろうとも無理なのだ。
魔族の設定を強くしすぎた。
だから神は管理を放棄し、処分される予定の世界だったのだ。
だがここでイレギュラーが起こった。
「ボーイッシュ幼馴染みもオタク友達もオタクに優しいギャルも用意できません。究極の勇者を世界に放った罪で絶対神から降格します。責任を取って同じ世界に転生させます」
絶対神よりももっと根源的な存在。
システムの声がする。
「ちょ、ま!!!」
「あなたの存在は三つに分けられ聖女となります。使命を全うしてください」
「ま、待て!!! どう考えても無理!!! やだあの人! 怖いじゃないですか!!!」
「ダメです。さあ記憶を真っさらにします」
「え? ちょっと! それじゃ余計無理じゃ! ま、待って、あああああああああああああああ!」
その日、平和な世界アースヴァースから絶対神が消えた。