人生の転機
その日から、毎晩七時になると、クロは静かに学校へ行き、ガク先生と会うようになった。
静かな教室には淡い灯りだけが差し込み、先生は根気よく一つ一つを教えてくれた。
最初の日、ガクは木の属性の基礎から始めた。彼は一本の枯れ枝を手に取り、軽く気を込めると、目の前で小さな芽が生き生きと伸び出した。
「木の属性とは生命力。成長の源だ。自然の呼吸に耳を傾けなさい。」
クロは必死に集中したが、葉がわずかに揺れてすぐにしおれてしまうだけだった。唇を噛み、汗が頬を伝う。
ガクはそっと肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「無理に力を使おうとするな。心を大地と空に重ねれば、力は自然と現れる。」
幾日も練習を重ね、ついにクロの手のひらから小さな緑の芽が顔を出した。目を輝かせ、震える声で叫ぶ。
「先生…!ぼ、僕…できました!」
ガクの目に誇らしげな光が宿り、静かに頷いた。
その後、先生は水の属性を教え始めた。小さな茶碗に入った水をクロに渡し、こう言った。
「流れを感じてみろ。水は柔らかくもあるが、時に恐ろしいほどの破壊力を持つ。」
最初は水面が揺れるだけだったが、何日も修行を積むうちに、クロは水を渦のように操り、小さな矢のように撃ち出せるようになった。
一歩一歩の成長が、クロに「生きている」という実感を与えた。
もう見捨てられた子どもではない。生きるためだけに戦う者でもない。
彼の胸の奥に、今まで感じたことのない思いが芽生えた。
「もしかしたら…僕には本当の“先生”ができたのかもしれない。」
時が経つにつれて、クロの技術は目に見えて上達していった。彼は明らかに強くなり、新しいことを学ぶたびに、その瞳は力強く輝いていた。
ある晩、ガク先生はゆっくりと語りかけた。
「いいか、クロ。人は誰しも マナ を持っている。多くのマナを持つ者ほど強くなれる。マナとは、あらゆる魔法の技を生み出す源なのだ。」
彼は一度言葉を切り、さらに続けた。
「だが、本当の強さはただ攻撃に使うことではない。重要なのは、身体をマナで薄く包むことだ。まるで鎧のように、お前を守ってくれる。忘れるな、たくさん使う必要はない。ほんの少しでいい。それを長く維持できることが、何より大事なんだ。」
そう言うと、ガクの身体から突如として強烈なマナの気流が放たれた。周囲の空気は震え、圧倒的な重圧が辺りを覆う。クロの体は押し潰されそうになり、息が荒くなり、脚は震え出した。彼は今にも倒れそうになったが、その瞬間ガクは力を収めた。
先生の眼差しは厳しかったが、同時に深い誇りが宿っていた。
「普通なら、お前の年頃の者はとっくに気絶しているはずだ。よく耐えたな、クロ。だが忘れるな。マナの使用は非常に体力を消耗する。通常の技の三倍、四倍… 人によっては十倍、二十倍もの負担になるのだ。ゆえに、マナは大きな力であると同時に、大きな重荷でもある。」
クロは額の汗を拭いながら、それでも揺るがぬ決意の光を瞳に宿した。心の奥で、静かに誓う。
「どれほど体力を削られても… 俺は学ぶ。強くなる。二度と置き去りにされないために。」
その夜、空は曇り、風が廃墟の割れた窓からヒュウヒュウと吹き抜けていた。そこは、かつてクロが初めて不良の道に足を踏み入れた場所でもあった。
スキンヘッドの大ボスが全員をここに集めろと命じた。命令はすぐに広がり、次々とチームが集まってくる。重い足音、荒々しい笑い声、金属がぶつかる音が廃墟に響いた。
クロは何が起こるのか分からなかったが、ただの集会ではないと直感していた。スホとジョガ――二人の弟分にはこう告げた。
「やばい空気だ。お前らは家にいろ。俺はお前らを巻き込みたくない。」
現場に着いたクロの目に映ったのは、まるで人の海だった。数百人はいるであろう不良たちが、様々な服装で、顔には傲慢と凶暴さを浮かべて並んでいた。列は何重にも重なり、まるで肉の壁のようだった。
クロはすぐに悟った――相手の数は自分たちの三倍、いや四倍以上。自分の仲間を全部数えても十五人しかいない。
それでもクロは一歩も引かず、堂々と前に進み出て、自ら一列を作るように立った。その背筋はまっすぐに伸び、燃えるような瞳は相手の目を射抜いた。
前列にいた何人かが振り向き、鋭い眼光でクロを睨む。
その時だった。黒いマスクをつけた長髪の男が群れから一歩進み出た。言葉は一切なく、片手を上げると、凄まじいマナの衝撃波をクロに向けて放った。空気が震え、砂埃が舞い上がる。
だがクロも負けじと応じた。深く息を吸い込み、全身の力を込め、己のマナを解き放つ。二つの衝撃波が真正面からぶつかり合った。
瞬間、空間全体が爆発したかのように揺れた。突風が四方に吹き荒れ、石片や土塊が飛び散る。両陣営の間に立っていた者たちは、その圧力に耐えきれず後退し、弱い者は膝をついてしまった。
一触即発――その場は針の先ほどの緊張感に包まれた。
高台に腰を下ろしていた太ったスキンヘッドの大男が、口角を歪めて笑った。声は場全体に響き渡った。
「ハハハハハ……早えなあ。ほんの少し前まで鼻たらしのガキだったのに、もう俺たちと肩を並べるつもりか? “兄貴”気取りとはな。面白え……実に面白え!」
その目は、侮蔑と同時に、まるで大きな劇を待ち望む観客のような光を宿していた。
だがクロは、仲間が少なすぎる現実を理解しながらも、一歩も退かない。瞳に宿るのは、燃え盛る意志と決して消えない炎だけだった。
廃墟の家の中で、太った親分は壊れた椅子にどっかり腰を下ろし、煙草をくわえながら、しゃがれた声で響き渡った。
「いいか、お前ら! 俺の子分になった以上、生きるも死ぬも一緒だ! 誰かが俺の仲間に手を出したら──たとえ一人でも二人でも、ぶっ殺せ! だが今回は違う……奴ら、Kiraのグループの八人を病院送りにしやがった。今夜、この借りをきっちり返すぞ!」
一瞬の沈黙のあと、下にいた連中が一斉に叫び声を上げた。
「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」
太った親分は口元を歪め、赤い目でニヤリと笑い、手を振って静めた。
「Kiraも復讐しようとしているが、相手は七十人もいる。ビビって動けねぇだろう。だが俺は違う。今夜──俺たちが奴らを潰すんだ!」
そう言って外へ出て、大きなバイクにまたがる。エンジンが獣のように咆哮した。
「全員ついて来い! 長島市の採掘場跡地へ行くぞ! 俺が先頭を走る!」
空気が一気に燃え上がる。子分たちは興奮の極みに達し、叫び声を上げ、武器を振り回した。剣、バット、鉄パイプ……月明かりに反射してギラギラと光る。
黒は群衆の中で立ち尽くし、心臓がこれまでにないほど速く打っていた。こんな光景は初めてだ──数百人の勢い、まるで軍隊のようにすべてを押し潰そうとする。胸の奥で興奮が渦巻きながらも、不安の声がよぎる。
「スホとジョガ……あいつら二人、家に残したけど……ここを察して来てくれたらいいんだが……」
そのとき、親分が突然叫んだ。
「待て!! 誰だっ!」
窓の外に人影が一瞬見えたが、部下が飛び出すと誰もいなかった。親分は鼻で笑い、
「ネズミどもだろう。気にすんな。行くぞ!」
こうして軍勢は動き出した。足音が大地を震わせ、バイクの轟音が夜を裂く。親分は振り返り、誇らしげに叫んだ。
「覚えとけ! 俺たちは百二十人だ! 誰も怖がる必要はねぇ! ハハハハ!」
群衆が大声で応え、笑い声、怒号、エンジン音が入り乱れる。血と鉄の交響曲が奏でられ、長島へ向かう道に無数の影が伸びていく。
黒は夜空を見上げた。胸の中に奇妙な感情が渦巻く──恐怖と興奮が混ざり合い、血が煮えたぎるようだった。
「今夜は……絶対に忘れられない夜になる。」