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吸血鬼で多重人格のカノジョがキスするまで

 美しく整えられたボブカットに、大きな目を中心とした整った顔、大きめの胸に健康的な脚……。俺の彼女である咲良(さくよ)さんは、ハッキリ言って自慢の彼女だ。


 そんな彼女が、なにもかもが平均値の俺と付き合っている理由。それは、少し特殊なものだった。


「いいから、とっとと吸わせなさいよ……」


 咲良さんは、顔を赤らめながら言葉を紡ぐ。その口元には、キバが細々と煌めいている。


「──!? 学校ではまずいでしょ」


「吸いたくなっちゃったんだもん……」


 そう言って、赤い瞳をした咲良さんは俺を校舎裏に連れ出し、首筋に「かぷり」と噛み付いた。


「……ぢゅーっ」


 そう。咲良さんは吸血鬼なのだ。そして俺は、生まれつき血の生産が早い上に、味もとても良い……らしい。だから、咲良さんはそんな俺を求めているってことだ。


「ぷはっ……」


「本当に俺の血って美味いの?」


「──美味しいわけないでしょ」


 口ではこう言っているが、実際には「美味しい」と思っていることを俺は知っている。なぜなら、咲良さんはことあるごとに俺の血を求めているのだ。本当に「不味い」と思っているなら、何度も吸うことなんてないはず。つまり、彼女は俺の血を求めている。


 そして、俺が咲良さんの本音を知っている理由はこれだけではない。


「血が吸えたからもう満足した。じゃあね」


 赤目の咲良さんは素っ気なくそう言った。しかし、その場から離れるわけではない。咲良さんは目をつぶっただけで、その他の動きはしなかった。


「──あれ、急に呼び出されちゃった」


 咲良さんがそう言って目を開けると、瞳の色が黄色に変わっていた。咲良さんの本音が知れる理由……それは、ここにある。


「ボク、もうちょっと休んでたかったのになぁ」


「まあまあ、赤の咲良さんは気まぐれだから……」


 咲良さんは吸血鬼なだけではない。多重人格なのだ。だから、俺の血の美味さも、『別の咲良さん』から聞くことが出来るってことだ。


「休みたいから寝るねー。こうたーい」


 咲良さんは再び目をギュッとつぶり、足元を少しだけふらつかせてから瞳の色を紫色に変えた。


「──あら? なんで急にわたしの番に……? 柊真くん、何か聞いてる?」


「なんか、黄色の咲良さんが『めんどくさい』って言ってたよ」


「もう、気まぐれなのは相変わらずね。まあいいわ。早く教室に戻りましょう?」


 俺はそう言われ、既に授業開始まであと僅かという時間まで迫っていることに気づいた。ヤバい……急がないと!


◇ ◇ ◇


 咲良さんは成績も優秀だった。授業中に難しい問題が出されても難なく解くし、実技も得意。こんな優秀な彼女がいる俺は幸せ者だ。しかし、体質というアドバンテージはあるにしても、俺に咲良さんは勿体ないような気もする。


「柊真くんっ」


 咲良さんが教科書を持って近づいてきた。瞳の色は青。つまり、四人目の人格だ。咲良さんは俺の身長に合わせるように背伸びをして、耳打ちでつぶやいてきた。


「ねぇ……あした、ふたりで出かけない? 新しい服屋さんに行ってみたいんだ」


「いいけど……俺は服選びのセンスとかないよ……?」


「──柊真くんと出かけられるなら……それだけで満足だから」


 青い目の咲良さんは、さっきほどではないにしても顔を赤くして言った。


「わかった、明日の十時に駅前でね」


「──うん」


 咲良さんは小さく頷くと、スカートをパパっと整えてから自分が所属する女子グループの中に戻っていった。


 血を吸われる、ということは、自分が生み出したものが彼女の生命を維持するためのエネルギーになることに等しい。なんなら、彼女の健康的な身体の構成要素の一部になる。超美人な彼女の身体を、一部とはいえ俺が支えている。そう考えると、心臓がズキリとする。


 それがなに由来の痛みなのか、イマイチ分からない。血が減ったからなのか、恋心なのか、それとも別の何かが刺さっているのか。そのどれかなのは間違いないが、それを探ることはしなかった。そして今はただ、明日のデートのことだけを頭に浮かべた。


◇ ◇ ◇


 世の男というものは、女性よりもデートへの気合いが足りないと言われがちだ。そして、それは恐らく俺も例外ではない。きっと、メイクや服選び、髪や持ち物に多くの時間をかけている女性に比べれば、俺の服選びや髪を整える時間なんてものは大したことないのかもしれない。


 しかし、俺だって彼女にイヤな思いはして欲しくない。最低限、髪を整えたり、ファッション誌に乗っているような服装に着替えたりはする。とはいえ、結局は雑誌に載っているようなオシャレをしているだけなので、無個性だと言われればそれまでかもしれない。


 コンタクトを目の中に入れ、バッグを手に取りさっさと家を飛び出す。時刻は9時20分。小走りで駅へと向かっていく。


 10分が過ぎ、駅前に到着した。咲良さんはまだ到着してはいないようだ。彼女よりも到着するのが遅い彼氏にならずに済んだことに、一抹の安心感を覚える。というか、咲良さんは基本的に優しいので遅れても許してもらえるとは思うのだが……。


「おっ、柊真くん早いね〜」


 そう言って現れたのは、水色のワンピースに薄いピンクのバッグを持った咲良さんだった。瞳の色は黄色。一人称が「ボク」な咲良さんだ。彼女は俺を見るなりニヤリと笑う。


「なんか、今日の柊真くんオシャレだね〜?」


「い、いや……咲良さんの方がオシャレだよ」


 お世辞ではなくそう思った。風に髪がなびく。果たして俺は、その姿の美しさに釣り合うような格好が出来ているのだろうか?


 咲良さんは褒めてくれたが、その褒め言葉も雑誌に向いているような気もしなくもない。しかし、ここはそんなマイナスな思いを外に出す必要もない。俺は自分を卑下する感情をしまい込む。


「ありがとね! 柊真くんは褒め上手だなぁ」


 咲良さんはそう言って笑う。「褒め上手」、か。咲良さんの方こそ褒め上手じゃないか。


「ささ、早く行こっ」


 咲良さんは俺の右手をギュッと掴み、ダンスするようにくるりと回りながら走り始めた。俺は意外と力の強い彼女に手を引かれ、そのまま一緒について行く。


「到着っ」


 咲良さんが連れていった場所は、ショッピングモールの一角だった。


「入ろっか」


 咲良さんはそう言ってにこやかに入店した。俺は後ろからついて行く。


「うわ、この服可愛い〜! あ、こっちも」


 咲良さんはそう言ってフリルの付いた服を手に取った。


「試着してみるねー」


 咲良さんは俺を椅子に座らせ、試着室に入る。衣擦れの音が聞こえ、なんとなくドキドキする。本来、これくらいのことは大したことじゃないのだが。


 シャーッという音ともにカーテンが開き、新しい装いになった咲良さんが出てきた。彼女はドヤ顔で俺に服を見せつける。


「どう? 柊真くん」


「めっちゃかわいい」


「どこが〜?」


「──顔かな」


「ふぅん? やっぱり柊真くんも隅に置けないねぇ」


 咲良さんはそう言って再び試着室に入っていった。今度は先程よりも素早い衣擦れの音が聞こえ、カーテンが開いた。咲良さんは再びワンピースの装いに戻っていた。


「柊真くんの服も決めようよ」


「えー、いいよ俺は」


「ボクが良くない。彼女の言うことには従いな?」


「は、はい……」


 俺は流されるようにメンズコーナーに連れていかれ、服を選ばされる。


「これ、似合いそう」


 咲良さんはシンプルな柄の服を手に取り、片目をつぶりながらハンガーごと俺に服を合わせる。


「うーん、サイズが合うかもわかんないね。試着してみよっか」


「わ、わかった」


 俺は言われた通りに服を持って試着室に入る。すると、なぜか咲良さんも一緒に試着室へ入ってきた。


「──なんで!?」


「いいからいいから」


 そう言われたって、この状態で着替えるのは流石に恥ずかしい……。しかし、着替えなくては時間ばかり過ぎる気がして、仕方なく服を脱いだ。


 すると、咲良さんの目が紅く染まり、ニヤッと笑って見せた。人格が変わった合図だ。


「油断したわね。アタシはいつでも狙ってるんだから」


「──飲みたくなったんだ」


「仕方ないわよ。本能なんだから」


 赤い咲良さんは中腰になり、俺の腹部に噛み付いた。そして、吸いづらそうに血を啜った。


「てか、なんでお腹なの?」


「目立たないからに決まってるでしょ」


「そうですか……。でも吸いづらいんじゃないの?」


「そんなのは二の次。まずはアンタとアタシが馬鹿なカップルだと思われたくないってこと」


「そっか」


 咲良さんは垂れてきた血をペロリと舐める。ザラザラとした舌が噛み跡を刺激してくる。吸血鬼には、血を吸う時の痛みを軽減するために麻酔のようなものを注射する能力があるらしい。だが、結局のところ痛みは多少残る。しかし、彼女のためなら俺はいくらでも耐えられる──なんて、カッコつけてみたりもする。


「──ぷはっ。もういいわ。お店の服を汚さないために自分の服を着なさい」


「えっ、試着するために入ったんじゃないの?」


「それはさっきまでの事情。アタシとあの子は違うから」


「身勝手だなぁ」


 俺は自分の服を着て、咲良さんと時間差で外に出た。幸いにも、試着室にふたりで入ったのが誰かにバレるようなことはなかった。


 俺と咲良さんは、それぞれ選んだ服を買った。俺の場合は結局試着していないのだから、サイズが合っているのかも分からない。しかし、合っていなくても、そこには思い出が残るのでいいかな、とも思った。


◇ ◇ ◇


 俺たちは昼食をフードコートで済ませてから、噴水のある広場へと向かった。


 晴れやかな空気と、綺麗な噴水がコントラストを形成し、虹なんかも光っている。美しい光景だった。


「──いい天気ね」


「そうだね」


 俺たちは広場の外れのベンチに並んで腰掛け、深呼吸をした。チャンスだと思った。今日は人も少ないし、たまにはキスのひとつでもして男らしさでも見せてやろう。そう思った。


 俺は咲良さんの手を握ってから、彼女の顔をこちらに向けた。咲良さんは赤い目を見開き、キラキラと煌めかせた。しかし、俺が顔を近づけると


「──ダメっ!」


と言って、赤目の咲良さんは目を逸らしてしまった。


「な、なんで……? さっきはあんな大胆なことしたのに」


「それとこれは別。あれは生きるためのことなんだから」


「たしかに、キスは生きるためにはいらないのか」


「──そういうこと」


 赤目の咲良さんは、小さく呟きながら立ち上がった。そして、小走りで建物へと向かっていってしまった。俺はそんな彼女を慌てて追いかける。


 すると、咲良さんは入口で目をつぶって待っていた。いつの間にか咲良さんの目は紫に変わっていた。


「──柊真くん。アレはだめよ」


「そ、そうなの?」


「まだ外は明るすぎるし、もうちょっと雰囲気を作らないとだめ」


「──そっか」


 なるほど。雰囲気作りが重要なのか。俺はそれを胸に刻み込み、デートを再開した。


「映画でも見に行きましょうか」


「うん」


「恋愛映画でも見たら、柊真くんも恋心が分かるかもよ?」


「いじわるだなぁ」


 映画館に着いてから、チケットとポップコーン、そしてドリンクを買い、二人はスクリーンへと入っていった。


◇ ◇ ◇


 上映が終わり、電気が点灯する。切ない内容に、咲良さんの紫の目が潤んでいる。


「──柊真くんはどこにも行かないで」


 どうやら彼氏を失うことになったヒロインに感情移入し、俺がどこかに行ってしまうかのように感じてしまったようだ。


「俺がいなくなることはないから」


「──なら、いいんだけど」


 咲良さんはそう言って手を握ってきた。俺はそれを握り返し、空き容器を持ってスクリーンを後にした。


 ふたりで建物の外に出ると、すっかり世界は夕暮れだった。すっきりとした空の中に、オレンジ色の太陽が大きく光っている。


「ちょっと来て」


 俺は咲良さんの手を引いて飛び出した。今度こそ、二人きりの場所を作りたかった。しかし、そんな所はショッピングセンターにはどこにもない。しかし、建物から少し離れた路地裏に、人が一人もいない場所があった。俺は彼女をそこに連れ込み、俺と向かい合わせた。夕焼けで気づけなかったが、いつの間にか咲良さんの目は赤に変わっていた。


「もっかい……ちゃんと言う。俺は……咲良さん……咲良さんの中にいる全員が好きだ」


「……」


「だけど──」


 俺の唇に、柔らかいものが強く当たった。咲良さんはつま先立ちで背伸びをしていた。


 音はなかった。ただ、その瞬間にキスをされたという事実だけが残った。ビリリと電流が脳に流れる。まさか、キスで黙らされるなんて……御託を並べようとした自分が恥ずかしくなる。


「──ぷはっ。相変わらずうっさいわね。黙って血を吸わせておけばいいのに」


「──素直じゃないな」


 赤の咲良さんは、俯きながら顔を紅潮させた。そして、先程までの声とは裏腹に、小さな声で言った。


「……素直な方が、いい?」


 心がドキリとした。あまりにも予想外の質問に、視線が泳ぎそうになる。しかし、俺は、あくまでも冷静に言った。


「素直じゃない咲良さんも好きだから」


 咲良さんは、少しだけ口角を上げ、俺の胸に顔を埋めた。


「──家に帰る前に吸わせなさいよ」


「いつだって吸わせるよ」


「──二人きりのときだけ……だから」


 咲良さんの手を握り、今度は俺が彼女の手を引きながら夕暮れの道を歩みはじめる。なぜか、俺は咲良さんの顔を見れなかった。

ご覧頂きありがとうございました! 本作は連載中の作品、『属性過多系カノジョさまっ!』の読み切り版となります。連載版もよろしくお願いします。

↓↓↓

https://ncode.syosetu.com/n9405kc/

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