ひまわりの花のその下で
桜の花は散り、霞が晴れるように春の夢は醒め、木々には緑の葉が生い茂っていた。
そして私は、その白い仔猫と出会った。
春に出会ったのとは違う仔猫。
ペットショップの一角でのんびりとくつろぎ、そうやってずっと待っていてくれた。
そんな気がした。
それは暑い夏の日だった。
郊外を走らせる車のフロントガラス越しに、ひまわりの花が咲いているのが見えた。
春に見た白い仔猫は、これまでほとんど縁のなかった猫という存在を、やはり私の中でなにか特別なものにさせたようだった。
ホームセンターや幹線道路沿いにあるペットショップに立ち寄った時には、いつからか、犬だけではなく特段興味のなかった猫も見るようになっていた。
そんな時にあるペットショップで出会った白い仔猫。
春のあの猫と同じような白い仔猫。同じように生まれてから日にちが経ち、仔猫と呼ぶにはいささか大きすぎるのかもしれないが、猫のことをよく知らない私にとっては、仔猫には変わりなかった。ただ、あの猫よりこちらのほうがすこし幼いかもしれない。それだけだった。
ガラス越しに見ていると、一緒にいたグレーの仔猫が追いかけながらちょっかいを出し、その白い仔猫は迷惑そうにガラスの前面にいる私の方に逃げてきて、立ち上がり、ひとこと「にゃー」と鳴いた。
ぱっちりとした綺麗なブルーの瞳をしていた。
別の日に訪れると、ガラスの部屋に一匹だけ、床にだらりと仰向けに寝そべっていた。
「かわいい」と言いながら見ている人もいて、実際に私もかわいらしい仔猫だと思ったので、そう遠くないうちに誰かに貰われていくのだろうと想像していたものの、ひと月経ってもなかなか貰い手が現れないようだった。
近いうちに、遠く別の店に移されて貰い手を探すようだったので、この店からはすぐにいなくなるのだろうと思いきや、そんなことはなく、いつまでもその店にいた。
世間では生まれて数ヶ月の小さな犬や猫が人気があるという。大きくなると貰い手がなかなか見つからなくなり、そのまま貰われていく先がないと、本当かどうかは知らないが、その犬や猫のその後に関して暗い噂を聞く。
ガラスの向こうで横になって伸びているその白い仔猫を見ていると、貰い手が現れようが現れなかろうが構いはしない、そんな大らかさが感じられる一方、このまま貰い手が見つからないとどうなってしまうのだろうかと、心配にもなってきた。
そしてさらに日が経ち、インターネットで情報を見ていてもまだ同じ店にいるようで、とうとう値段が下がるほどになっても、この仔猫は貰われていく様子はなかった。
私は意を決して、身請けを申し出るような気持ちで店へと車を走らせた。
小雨が降り、薄暗く、蒸し暑い午後だった。
道路は渋滞気味で、信号を待ちながら、実際に店に行くと売約済み、結局はそんなものかもしれない、まあそれはそれで猫にとってはいいことだろうと、そんなことを思っていた。
扉を開けて店に入り、いつもいたあたりの場所を見てみるが、白い仔猫の姿はなかった。貰われていったのだろう。やはり猫と縁のない自分にとってはそんなものだと思いながら店をひと通り見ていると、白い仔猫がいつもとは別の広いスペースで、ボールのようなものを転がし、ひとり遊びをしていた。
「抱っこしてみますか? おとなしいですよ」
店員に猫のことを聞いていると、そう提案してくれた。
扉を開けると、猫はすんなりと寄ってきて、店員の腕に抱かれた。
「抱っこされるのはあまり好きじゃないんですけど、今日はどうかなぁ」
抱かせてもらった猫は腕の中でおとなしくなり、おそるおそるなでた背中はさらりとなめらかで、こんな毛並みをしていたのだと驚いた。
広いスペースに戻されると、またひとりで遊び始めた。ボールの次には台の上に飛び乗り、しっぽを振りながら座っているのを見ていると、白かった顔や体には色が現れはじめ、以前よりもおとなびて見えた。そして最初に見た頃の記憶と比べると、あどけなさも消え、明らかに美人になっていた。
私は、この白い仔猫を身請けする覚悟を決めたのだった。
あれほど縁がないと思っていた猫。
こうしてどこにも行かず、ここでずっと私を待っていてくれたのだと、そう思うことにした。
ある朝玄関口に座っていて、いつも通る道端で怪我をしていて、雪の日にベランダで呼ばれて、出会った経緯はそんなものとは違うが、これも縁があったと思ってもよいのだろうか。
初めての猫との暮らし。
こんなにもあっさりと一緒に暮らすようになるとは思ってもみなかった。
ちゃんと育てられるのだろうかという不安と、ちゃんと育てなければならないという責任を感じながら、同時に、知ることのなかった猫の一面をいろいろと垣間見ながら、やっと迎えた一歳の誕生日。
病院にも何度か行き、これからもいろいろあるだろうけれど、今はこう言いたい。
出逢ってくれてありがとう、これからゆっくり一緒に歩んでいこう、と。