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【小説】ガラクⅥ 幽霊の翼

掲載日:2025/01/08


この作品は、note、エブリスタ、pixiv、ステキブンゲイ、ノベルデイズ、アルファポリス、ツギクル、小説家になろう、ノベマ、ノベルアップ+、カクヨム、ノベリズム、魔法のiランド、ハーメルン、ノベルバ、ブログ、に掲載しています。


 中東の砂の上、9000メートルの成層圏から降りてきた巨大な機体。

 幽霊を意味する「スペクター」という不吉な通り名のAC-130Hガンシップは、影のように空を泳ぐ。

「こちらホワイト。

 ハーティ爺さん、最高だぜ、このドラ猫は」

 短距離無線を通じて、(たかぶ)った声が弾む。

「そうかい。

 喜んでもらって何よりだ。

 できればこの目で飛びっぷりを拝ませておくれ。

 何しろ世界初の大傑作だからな」

 ケイ・ホワイトは返事の代わりに操縦桿を引き、出力を上げた。

 トムキャットの代名詞である可変翼をわずかに絞り、アフターバーナーなしでの上昇性能を見せ付けようと腹を見せて垂直の体勢を取った。

 口笛を吹いて見守る中、F-14STスーパートムキャットは旋回した。

「ところで、ラルフはどうしたんだ」

 老人は声を(ひそ)めた。

 中東では昨日話していた相手がいなくなることなど日常茶飯事である。

 地獄の激戦区に来る者は、明日も空にいるとは思っていないのだ。

 しかし、彼は気になる男だった。

 家族を持ち、戦争と真正面から向き合って戦う強者は、なかなか出逢うものではない。

「実は、ヘマをやってな。

 帰りの便に積んでって貰いたい」

「まさか ───」

 ハーティの声が上ずった。

「死んじゃあいない。

 念のため検査を受けて、休養を取らせてやってくれ」

 外人部隊アル・サドン空軍基地のグライドパスに載せた幽霊は、少し機体をブレさせながら何とかタッチダウンした。


 山岳地帯に建設された、アルバラ共和国政府空軍パルミラ・サーペント基地は、自然の要塞(ようさい)である。

 月明りに照らされて、影のように立つ男は耳を澄まして空を見上げていた。 

 夕食で(にぎ)わう食堂からF-35BライトニングIIのアフターバーナーが、カミーロ・ホルダ・カムスの直観を刺激したのだ。

 高速で行き来する流れ星のような2つの光を追う視線が、一瞬たりとも見逃すまいと眉間(みけん)縦皺(たてじわ)を刻んでいた。

 一瞬近づいた後、生気を失ったようにこちらへと戻ってくる光。

 どうやら勝負は決した様だった。

 影のような機影は、中東ではよく見かけるクフィルだった。

 コックピットから姿を現したのは、20歳の若きパイロット、クリストファー・キンバリーである。

「夜のランデヴーは楽しめたかい」

 片方の口角を上げ、シニカルな笑いを浮かべたカムスに彼は盛大なため息をついて見せた。

「カムス大尉、もしもですよ。

 軍事訓練も受けていない、ほとんど民間人と変わらないようなパイロットに、警報も鳴らさず(かぶ)されていたらどう思いますか」

 彼はこの歳にして歴戦の強者たちと肩を並べるほどの技術を備えていた。

 比類ない戦闘能力を支えているのは、目を見張るばかりの集中力と貪欲(どんよく)なまでに勝利への渇望を持ち続ける、いわば若々しい精神だった。

 それが今は見る影もないほど打ちのめされていた。

「まあ、あれだ ───」

 カムスは星空を見上げて言葉を選んだ。

「死神の鎌は、人智を超えている。

 どんなに精神を鍛え、技術を磨いても、死ぬときは死ぬということさ」

 ライトニングⅡは滑走路を使わずに、砂を巻き上げて硬いコンクリートの地面に降り立った。

 前の座席にはジェナー、そして後ろには見ない顔の娘がちょこんと座っていた。

「さあ、ガラク、キンバリーに言っておやり」

 半分冗談のつもりでガラクを促したのだが、彼女は同い年のキンバリーと正面から向き合った。

 砂漠の夜は極端に冷え込む。

 透き通った空気が肌を刺すように締め付けた。

「あの ───」

 はにかむように顔を下に向け、陰になった口から言葉を絞り出す。

「勝ったとか、そういうのじゃないと思っています」

 キンバリーは口元を真一文字にギュッと結び、ヘルメットを荒っぽく肩に担いで背を向けると、ハンガーへと歩いて行ってしまった。


  カリフォルニア州パシフィックグローブの静かな町で、新婚のカップルがバカンスを楽しんでいた。

 エンタープライズのエースになれなかったのが心残りだったが、アメリカ海軍が保有するトムキャットを手足のように操り、数々の紛争を鎮圧するミッションに関わった誇りを胸に、最高の妻、最高の未来を得て貸別荘が並ぶこの地で年中変わらぬという過ごしやすい空気の中でまどろんでいた。

 この1,100平方フィートのシングルレベルコテージは、ラバーズビーチとレストランまで徒歩1ブロックという立地で、すぐに遊びに繰り出せるのだが、(かたわ)らのキャサリン・ホワイトの笑顔の方が、よほど魅力的だと思っていた。

 サングラスをかけて、プールサイドベッドに横になったケイ・ホワイトはトロピカルな雰囲気の庭を尻目に空を眺めて足を組んだ。

「はい、オレンジジュースよ」

 白いブラウスが陽射しを反射して、天使のような(まぶ)しさだった。

 そう、手を血で汚した男にとって、綺麗(きれい)すぎるほど真っ白な天使。

 傍らに置かれた背の高いグラスには、輪切りにしたオレンジを刺したジュースに白いストローの口がこちらを向いていた。

 このストローに口をつけるのは、何度となく鎮魂の言葉を吐き、絶叫を繰り返した男の口である。

 ここにいれば、サイレンが鳴りスクランブルがかかることもない。

「ばかな ───」

 頭を振り、ジュースに手を伸ばしたケイは、努めて笑顔を作り、キャシーを心配させまいと振舞った。

「良い天気よね」

 少しの間、一緒に空を眺めていた彼女は、片付けものを思い出した、という風でコテージに戻って行った。

 キッチンに立って皿を洗うキャシーの顔には、なぜか影があった。

 夫が戦闘機乗りだったことは承知で結婚した。

 人を殺す仕事であっても、世の中を平和へ導く大義があってのことだとわかっていた。

 だが、時折見せる殺気は心の闇を垣間(かいま)見せた。

 なぜか彼女は、傍らにあったナプキンを噛みしめ、庭を鮮やかに彩るハイビスカスを(にら)みつけたのだった。

「ケイは、何も悪くないわ。

 争いごとを起こす人間が悪いの。

 己の欲にまみれて好き勝手にする独裁者が。

 戦争で金儲けを目論(もくろ)む悪魔が」

 プールサイドから眺めていたケイの視界に、鮮やかな飛行機雲が流れていった。

「空は、いいなあ ───」

 オレンジジュースの鮮やかな色は、空の青とは対照的に心をそこに押し留めようと迫ってくるような圧迫感があった。


 スペクターの腹には、注文を受けていたミサイルや部品の箱が所狭しと詰まっている。

 この前などは墜落した機体をバラして載せてきたものだから、途中で安物のミサイルを捨ててきたのだった。

「今回は、サイドワインダーの追加分を捨ててこなかったようだな」

 アル・サドン空軍基地司令官のナセルがコツコツと荷物の一つを拳で叩きながら言った。

「まあ、コンピュータの替えが落ちてたら、ミサイルより優先だろう」

 申し訳なさそうに手を組んで、ハーティ・ホイルが目を伏せた。

「今度は人間も載せてってもらう。

 うちのエースを捨てないでくれよ」

「スーパートムキャットより価値があるさ。

 そう言わんでくれ」

 ホワイトは離れた所で検品していたが、あらかた済むと近づいてきた。

「なあ、爺さん、こんなことを聞いたら、気を悪くしなさるかな」

 数々の戦場を渡り歩いてきた武器商人の老爺は、視線を合わせずに(うなづ)いて、言葉を待った。

 彼の目は、空を見る、というより泳いで定まらなかった。

 数分の沈黙を挟んで、ホワイトが上を向いたまま口を開いた。

「爺さんにも、家族がいたのかい」

 雷に打たれたように、老人はビクッと肩を震わせた。

「お前さんこそ ───」

 ギョロリとした目がホワイトの心臓を射貫いた。

「俺は ───」

 なぜか、枯れたはずの涙が(にじ)んだ。

 口角を引き()め、頬の皺を深くした。

「白い天使は、俺の、希望は、(まぶ)しすぎたのだ」

「捨てたなどと、ワシも恰好(かっこう)つけちゃあいるが、幸せの方から愛想を尽かしたのさ」

 老人も、空を見上げてため息をついた。

「良かった。

 俺の手足は、人間の手で作られたのだな」

「まあ、違いない。

 ワシも、地獄の鬼に嫌われたクチさ」

 ハンガーへと歩いて行く2人の背中は、夕日を受けて金色に輝いていた。

 忙しく走り回るフォークリフトが、影を長くして基地の奥へと消えて行くのを、冷え込んでくる空気を深く吸いながら見つめたホワイトは、やはりハーティ爺さんに悪いことを聞いたなと思い、軽く地面を蹴ったのだった。


 聖書の物語を浮き彫りにした重厚な扉の向こうからは、湿った空気が微かに流れてくる。

 薄暗い通路の先にあるこの扉の前に、男が一人逡巡(しゅんじゅん)していた。

 酸化した銅のような色と、いぶし銀がまだらになったような質感の中央に、ドアノブだけが(こす)れて金属色を鮮やかにしていた。

 己の両手を胸の前で(こす)り合わせ、瞑目(めいもく)したライラ・ビント・アブドゥラは大きく肩を開き、息を吸い込んだ。

 わずかに消毒薬のような鼻を突く臭いと、血の匂いを感じた。

 ここでは、毎日無数の人間が天に召されるのだから、血など見飽きているはずだが、臭いがはっきり感じられると気分が悪くなった。

「ライラか ───」

 くぐもった声が向こうから聞こえた。

 少し(むせ)たので、兄に気配を悟られたのだ。

 一つ息をついてから、両手でむんずと取っ手を掴むと勢いよく開け放つ。

 バーンと大きな音を響かせた室内は、意外なほど明るかった。

「やあ、兄さん」

 ファティマ・ビント・アブドゥラは、赤い粗末な布の上に足を組んで座り、ちんまりと両手を足に乗せてこちらをじっと見ていた。

 小柄な体に、小さな瞳と中途半端に巻いたターバンが、周囲の空気と溶け込んで柔らかく包み込むような親しみを感じさせた。

「で、今日は何の用かな」

 表情はまったくなく、人形と話しているような違和感を感じながら、ライラは床に無造作に敷かれたもう一枚の布に座って壁の方へ視線を()わせた。

「また、命を粗末にするんじゃないかと思ってね」

 少し眉根を寄せた兄は、すかさず言葉を被せてきた。

「粗末になんぞするものか。

 お告げがあれば、いつでも来世へ行く準備をしておるのだ。

 大義のため、宇宙の秩序のために命を使うものだろう」

 弟は軽く目を伏せて言った。

「アルバラは変わる。

 一度消えて、新しい国になるのだ。

 だから、兄さん、静かに成り行きを見守るべきだ」

 やれやれ、と肩をすくめて兄が言葉を継いだ。

「最新の兵器で人を殺しまくるよそ者に、踏みにじられるままにするのか」

 今度は弟が、呆気にとられた顔をした。

「俺たちだって、この土地から生まれた人間ではないはずだ。

 守るものなど初めからないはずだぞ」

 2人の声は、地の底で虚しく反響するのだった。


 ハンガーへと消えて行くキンバリーの背中を、ガラクは砂を含んだ冷たい風に身を縮めて眺めていた。

 星が綺麗な銀の絨毯(じゅうたん)のように広がる空と、青白い光に照らされた砂とコンクリートの地獄。

 パリには輝く街灯があった。

 しかし空はいつもどんよりとして、人々は自分たちが作り出した風景にばかり目を奪われていた。

 管制塔の方から、一つの影がゆっくりと片手を上げて近づいてくるのに気がつくと、張りつめていた気持ちが緩んで、肺の底に溜まった息を細くして吐き出した。

「お待たせ、娘たちよ」

 ニッコリと母親の顔に戻ったゼツは、娘よりも溌溂(はつらつ)として、髪を掻き上げながら言った。

「なかなか、お前もやるようじゃないか」

 カムスは彼女の振る舞いに出鼻を挫かれて黙っているしかなかった。

「何してきたのよ、お母さん」

 頬を膨らませて地面を踏み鳴らしたガラクの苛立ちは、ジェナーには微笑ましく見えてしまった。

「ゼツ、さん、でしたよね。

 その気になれば、私たちを片付けるのは簡単なのでしょう。

 指令がそう仰って ───」

 深刻そうに暗い顔を見せる彼女を見て、ゼツは一瞬にして真顔に戻る。

「実は、アル・サドンのエースであるこの子の父親が倒れた」

「え ───」

「何だって」

 ようやく口を開いたカムスは顔を(しか)めた。

 敵方のパイロットとは言え、戦況によってはこちらにも影響が出るかも知れない。

 誰もがラルフを心配しているのが可笑しくなって、ゼツはますます口角を上げて笑いながら、

「恐らく、政府軍も、反政府軍も、つまらない小競り合いをしている場合ではなくなりそうだよ」

「まさか ───」

「安らぎの都、アル・ファラージャが、卑劣なテロの標的になっている ───」


 分解整備を始めると、スーパートムキャットは並みの戦闘機より遥かに時間がかかる。

 スパナを握りしめたまま、軍手の手首で汗を拭うホワイトに、ハーティが下から声をかけた。

「お前さん、少し話をせんか」

 赤、黄、青など色分けされたケーブル類と金属の箱。

 砂を噛んで、払い落してもまた吸い込む。

 ほとんどが砂を払う作業になる整備は、虚しく甲斐(かい)のない作業である。

 目を離すと、どこをいじっていたか分からなくなりそうだが、朝飯も昼飯も食べずに続けた体には、腹の空洞が(こた)えていた。

「何だい、食い物でもあるのかい」

 携帯用の固形食を投げて渡した爺さんは、よっこらしょと箱の一つに腰かけて手を組んだ。

「実はな ───」

 言い淀んで、タブレット端末を差し出すと、名簿のような文書を指でなぞる。

「2日前に、イタリアで起きたジャンボ機墜落事故を知っているかね」

「いいや、シャバのニュースなんざ、見ている時間はないさ」

「だろうな。

 そいつは公開された乗客名簿なんだが、アメリカのロスからの便でな。

 確かお前さんも ───」

 名簿の中に「キャサリン・ホワイト」の名を見つけて凍りついた。

 年齢もピタリと一致していた。

 頬の力が抜け、微かに肩を震わせる彼の目は画面に吸い付けられたように動かない。

「いや、良くある名前だから同姓同名の他人かも知れんがね。

 万が一と思って、親戚じゃないかと ───」

 顔を上げ、髪を指で掻きむしりながら大声で笑いだした。

 ギョッとしたハーティは、タブレットを受け取ると箱に腰かけてホワイトの背中を眺めていた。

「そうさ、赤の他人かも知れないさ。

 同姓同名で、同い年って可能性は充分あるさ」

 次第に笑い声が張りを失い、乾いた笑いに変わって静まっていく。

「そうだな、取り越し苦労だったな。

 いらん心配かけたな。

 昨日、お前さんが家族の話などするから、つい気になっただけだ。

 気にしなさんな」

 タブレットをヒラヒラさせて、腰を拳でトントンと叩きながら老爺(ろうや)は小さな背中を見せて出て行った。

 ホワイトはドサリと床に倒れ込み、(あお)向けになって天井を見上げていた。

 その視線は遥か彼方の虚空へ飛ばし、(ほう)けたように工具を投げ出していつまでも大の字になっていたのだった。


「何だって」

 アル・サドン基地の管制塔は、漆黒の闇に包まれていた。

 司令官のナセルは、大型モニタに地図を表示して指でスワイプしていく。

「ホワイト、これを見てくれ。

 胴体下燃料タンクを地中海に落として、パリまで給油なしで飛ぶルートだ」

 (まゆ)をひそめて、パリの放射状に広がった街で視線を止めた。

「亡命させたい者とは、誰なんだ。

 俺は、アル・サドンではお払い箱ってわけかい」

 計器に両手を突いて、ガラス窓から外を眺める司令官の背中は、なぜか小さく見えた。

 メラメラと燃え上がる双眸(そうぼう)が、彼の背中を刺して鏡のようなガラス窓に青白く浮かび上がる。

「何と言ってもらっても構わない。

 だが、ミッションは司令官命令だ」

「逆らえば、銃殺ってか。

 あんたはそんな男じゃないと思っていた。

 俺は空に人生のすべてを ───」

 ニヤリと口角を上げたナセルの顔には、小馬鹿にしたような色が浮かんでいた。

「嘘をつくな。

 ハーティ爺さんの目は誤魔化(ごまか)せんぞ。

 どいつもこいつも、シャバの(しがらみ)をキッチリ片付けてから飛べというのだ」

 向き直ったナセルの視線は真っ直ぐホワイトの眉間(みけん)を射貫いた。

「勘違いするな。

 君のお陰で、エースを失わずに済んだのは事実。

 それ以前に、この基地が廃墟にならずにいられるのも上位3人の働きのお陰だ」

 眉間の縦じわを深くしたまま、ホワイトは腕組みをした。

 ゆっくりと窓まで歩いて行き、闇を横目で見ながらナセルの方へ向き直った。

「それで、パリまで何を運ぶ」

「そう()くな。

 これからは、人間の精神が世の中を左右する時代になる。

 それは、戦闘機乗りも例外ではない」

「命令ではないならば、従いかねる。

 熱くなった戦闘機乗りが死ぬところは、たくさん見てきた。

 俺は、命を粗末にはしない」

「それだけで、充分だ。

 命への敬意を忘れたら、人間ではない」

 視線の先に、スーパートムキャットを認めたホワイトは弾かれたように立ち上がった。

「機体に何をしたんだ」

「爺さんからの贈り物だ。

 きっちりパリまで君を辿(たど)り着かせるために、電波を反射・吸収する素材を強化しておいた。

 ミサイルは射程500キロの新型フェニックスを下げて行け」

 見たことのない装備に息を飲んだまま、真意を計りかねる司令官の背中を追って管制塔を降りて行った。


 後部座席の男は、頭に(かぶ)ったシュマッグを顔の前まで下ろしたまま、寝ているのか起きているのかも分からないほど身動き一つしなかった。

 レーダーに何も映っていないことを確かめ、離陸から一気に高度15000メートルまで上昇してからは、入力した経路を真っ直ぐに辿っていく。

 ステルス性能を持つ戦闘機が増えたため、油断はできないが画像解析機能を備えたレーダーは、現存する戦闘機の中で最高レベルの探知能力を誇っていた。

「薬で、眠らされているのか」

 ため息交じりに後ろを横目で見ながらホワイトが(つぶや)いた。

 予定通りのポイントでタンクを切り離し、軽くなった機体は速度を上げてパリまで飛んでいく。

 暗い空の下、時折下を目で確認していた彼は、操縦桿をわずかに前へ倒した。

 一気に高度を下げ、可変翼を広げて大の字になった機体の下に、輝く夜景が宝石の粒のように(きら)めく。

「明日も飛びたい。

 ただ、それだけだった。

 あまりにも翼は白く、清らかで、(まぶ)しい。

 まるで眼下の宝石に目もくれず、飛び続ける天使のようだ ───」

 後ろで眠っている人物は、アルバラ国王リマル・ナセルだった。

 感謝の言葉と共に一瞬だけ(のぞ)かせた顔は長い戦争に心を痛め、やつれていた。

 このまま任を解く、とナセルは言っていたが休暇を楽しんだ後戻るつもりでいた。

 ハンガーに預けた機体を敬礼で送ると、旅客機のロビーへと向かう。

 話し声で(ざわ)めく到着ロビーに降りたホワイトの頭には、着替えや寝床をどうしようか、などという言葉がぼんやりと浮かんでいた。

「ケイ ───」

 呼び止められた彼は、暖かい春の日差しにも似た(ささや)きの、少しハスキーなとろける音色に目を見開いた。

 戦闘機のコックピットでも繰り返し聞こえた声。

 アルバラの死線を超え、帰るべき場所があるとすれば、この声のする場所だけだった。

「キャシー、俺の天使 ───」

 吸い込まれるように2人は抱き合い、人目をはばからずに口づけを交わしたのだった。



この物語はフィクションです


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