4.
次の日から、わたしはお父さんの仕事のお手伝いをはじめた。
わたしとお父さんが住んでる家――お母さんが生まれた家で、わたしのおじいちゃんとおばあちゃんにあたる人は宿屋と食堂を開いていた。お父さんはここにやってきてから、お店にやってくるお客さんの相手や掃除をこなしている。
わたしにできることは少ないけど、今は少しでも自分にできることを見つけたかった。ロット君のお父さんが開いている教室にも、今度連れていってもらうつもりだ。
そうやって一歩ずつ前に進みながら、いつかはロット君の力になれたらと思う。
それから、また数日がたったある日。
わたしがお店の前をほうきではいていると、一人の女の人がお店をたずねてきた。
その人は見たことがない若い女の人で、風になびく黒くて長い髪が印象的だった。
不思議な雰囲気を持っている人だった。ただその場にいるだけで、周りの空気がぴんと引きしまるような、そんな感じがする。彼女がお店に入ると、それまでエール酒を片手に大笑いしていた近所のおじいさんたちが、たちまちおとなしくなってしまった。
けれど、わたしはなぜかその女の人が怖いとは思えなかった。それどころか、まったく似てないはずのお母さんの顔が、ふと頭に浮かぶ。
どうしてそんな風に思ったのだろうと考えて、わたしはその理由に気がついた。彼女は腰から剣を下げていた。きっとこの人は、旅の剣士様なのだ。
てきぱきと名前を書いて部屋へ荷物を運ぶと、彼女は食堂でくつろぎはじめた。
彼女はなんというか豪快な人で、店のお客さん全員に今日は私のおごりだからと言ってお酒とお料理を次々に注文しはじめた。突然はじまったお祭り騒ぎにお店の外からも人が集まりだして、あっという間に目が回るくらいのいそがしさに早変わりした。
せわしなく厨房をかけ回るお父さんを助けなきゃと思い、料理を運んだり、洗いものを手伝ったりと一生けんめいに働いた。
これほどお店がにぎやかなのは、この村にやって来てからはじめてで、ようやくお店が落ちついたころには外が真っ暗になっていた。
お疲れさまとねぎらいの言葉をかけてくれたお父さんに返事を返しながらも、わたしは泉のほとりに行けなかったのが心残りだった。
明日会ったら、ちゃんと理由を話そう。そして、お店に来たおもしろいお客さんの話をしてあげたら、どんな顔で聞いてくれるだろう。
そう思うとうれしくなってきて、くすりと笑いながら食堂の片づけをはじめた。
お客さんはみんな家に帰ってしまい、残ってるのはわたしと黒髪の剣士様の二人だけ。
あれだけ他のお客さんと大騒ぎをしてたのに、彼女はまったく酔っぱらってなかった。涼しげにエールのジョッキをちびちびかたむけながら、こんな時でも剣を肌身はなさずにかかえていた。
人を傷つける武器であるはずのその剣が、なぜかわたしには怖いものと思えなかった。しばらくその理由を探し、あることに気づく。この人が持つ雰囲気が、どこかあの時のお母さんと似ているからだ。
どうして、そんな風に思ってしまったのだろう。見た目はお母さんと全然違っていて、持っている剣の形だって違う。お母さんの剣はとても大ぶりだったけれど、剣士様の持つ剣は細身でなだらかな曲線を描いている。
それなのに、わたしには二人がとても近しい存在のように思えてならなかった。
気がつけば、わたしは彼女に話しかけていた。
あなたはどうして剣を振るうのですかとたずねると、剣士様は少しだけおどろいて目をみひらいた。酔いをさますように頭をふって、手にしたジョッキをことんと置いてから、そうだなぁとつぶやく。
――そんな、ご大層な理由じゃないよ。どうしても譲れないものがあった時、ちゃんとそれを貫き通すため。あたしが剣を振るう理由なんて、ただそれだけ。
そう言って席を立つと、剣士様は剣を手に大きく伸びをした。
食後の運動に付きあってとさそわれたわたしは、彼女のうしろに続いて店の裏手にある空き地へ向かう。
辺りはもう真っ暗で、空は雲ひとつなく冴えわたっていた。
わたしにそこで見てなさいと言うと、剣士様は差しこむ月明かりの下でゆっくりと剣を鞘から抜き放つ。白い光を反射した刀身はもうひとつの月みたいで、息が止まるくらいにとてもきれいで、美しかった。
剣士様はそのまま、わたしにひと通りの型をなぞって見せてくれた。
横なぎ、切りあげ、振りおろし、突き。そのどれもがとてつもなく速くて、じっと目をこらしてないと見失ってしまいそうになる。
月光の下で流れるように振るわれる剣舞の数々。わたしはその先に、彼女と剣を交わすお母さんの姿が見えたような、そんな気がした。
やがて剣舞を終えると、剣士様は大きく息をついて剣を鞘におさめた。
流れる汗をぬぐいながらこちらに笑いかける彼女の姿に、胸の奥底から焦がれるような熱がこみあげてくる。
わたしもこの剣士様のように、強くなりたい。
だれかを傷つけるためじゃなく、お母さんのようにだれかを守る強さがほしい。
傷つけられたり苦しんでいる人がいたら、助けられるような人になりたい。
――ロット君、見つけたよ。わたしのやりたいこと。
今はまだあこがれだとしても、胸の中には目指すものが確かに刻まれた。
そして何より、わたしに手を差しのべてくれて、立ちあがる力をくれた大切な男の子のために――わたしは、これから強くなるのだ。
「わたしを、あなたの弟子にしてください!!」
目の前に立つ剣士様に、わたしはしっかり胸を張りながらそう告げるのだった。