潜伏する者達
地上を敵の斥候が歩き回っている。俺達は土の中で息を殺して潜んでいた。長靴が大地を踏みしめる振動が小さくなるまで、感じなくなるまで身動きひとつしなかった。ここは陽の光も届かない暗い闇の世界。どれくらい時間が経過したか分からなくなるほどずっとずっと長い間俺達は耐えてきた。攻撃準備が整うのを待っていた。
地下にひとりひとり散らばって潜伏を続ける俺達は細長い補給管を通して物資の補給や情報のやり取りをしている。何の娯楽も無い地下では仲間同士で交わすくだらない冗談が唯一の息抜きだ。
「この前モグラにかじられそうになったよ。」
「それで?」
「眼を潰してやった。キーキー泣いて逃げてった。」
「モグラに眼は無いだろう。」
「有るよ、有るけど俺が潰したからモグラは目が見えなくなったのです。」
「嘘つけ。」
最近になって補給管からの補給が途絶えがちになっていた。作戦に何か変更があるのではという噂が流れた。何の情報も無いまま不安と苛立ちが積もっていった。ある日の事、総攻撃の時は近いと司令官からの伝令が届いた。俺達の願いは唯一つ、五百年以上に渡る不当な搾取からの解放だ。これは解放のための戦いだ。侵略者を追い払い独立を果たすのだ。戦いの時が近い事を知りお互い鼓舞しあった。
出撃の直前だった。断続的な振動が近づいて来る。敵の奇襲だ。先に仕掛けられたのだ。居場所は敵に筒抜けだった。敵の戦車が巨大な鋼鉄製のローターを回転させながら地中をほじくり返す。武器を手に取る間も無かった。逃げ遅れた仲間が身体を真っ二つにされた。恐怖の瞬間のその断末魔の叫びが戦車の轟音でかき消された。
むごたらしさに戦慄した。突然の攻撃に司令系統は完全に麻痺し反撃どころでは無くなった。 逃げるのに精一杯だ。俺はローターが巻き上げる土砂に巻き込まれ身動きが取れなくなり気を失ってしまった。
その攻撃は何往復も続き結局俺達の部隊は降伏した。地上に掘り起こされて生まれて初めて太陽の陽を浴びた。なんて温かいんだ。だが戦いは惨敗だ。運良く生き残った仲間達の土まみれの顔を見た。言葉を交わさなくとも無念さが伝わってくる。
捕虜になった俺達は狭いケージにすし詰めに押し込められ収容所へ移動させられた。真っ暗な収容所に飲まず食わずで何日も拘禁された。ジュネーブ条約違反じゃないか。
抗議するために収容所所長に面会を求めた。面会を許され敵兵に引っ立てられ所長室へ向かう通路で俺が見たものは阿鼻叫喚この世の地獄だった。
俺が目撃にしたのは惨たらしい拷問 冷たい水槽に投げ込まれ頭まで何度も何度も沈められる者、生きたまま熱湯風呂に投げ込まれる者、更には全身の皮を剥がされている者もいる。言葉を発せないが口元が微かに動いている。「苦しい、早く殺してくれ・・・。」 巨大なカッターで身体を刻まれる瞬間を目の当たりにし思わず目を背けた。
人間め、いつか思い知らせてやる。自分の中には怒りの感情しか無くなっていた。だが俺はここから生きて出られないだろう。このメッセージを受け取った者よ。いつか無念のうちに倒れた仲間の意思を継ぎ恨みを晴らして欲しい。必ず、必ず頼む。必ずだ・・・。頼む・・・。頼むぞ・・・。
「ユイちゃんどうしたの、ジャガイモとにらめっこして。」
夏子は厨房に入ると険しい顔でジャガイモを手に取り見つめているユイを見つけ声を掛けた。 その言葉に我に返ったユイは言った。
「あっ、先輩言ってたでしょう。食材の気持ちを考えて調理しなさいって。そしたらジャガイモさんがなんだか可哀想になってきちゃいました。」
変わった子ねと思いつつ「そうね。」と夏子はユイに優しく微笑みかけた。
「気持ちはわかるわ。せめて美味しい料理になってもらってお客様に美味しく食べてもらいましょう。それが食材達への一番のお礼じゃないかしら。」
「そうですね。」と納得したユイは調理に取り掛かった。厨房の隅に先程届けられた食材のダンボール箱の隙間からジャガイモ達が恨めしそうに覗いていた。
ジャガイモの芽には毒が有るので御注意下さい。