日常
何が有っても朝は変わらず訪れる。
既に夜遅かったので、その日は有栖の家に泊めてもらった。
本来は独り暮らしの女子の家に男が泊まるのなんて言語道断だろう。
でも今は、あらゆる事が『普通』じゃない。
知りたくもない国の闇を知ってしまった。知ってしまった以上は…
「朝か…」
部屋に差し込む日の光で目を覚ます。
色々あり過ぎて疲れたのだろうか俺は他人の、それもクラスメイトの女子の家にも拘らず、気絶するように眠りに落ちてしまった。
しかも恥ずかしい事に今の時刻は9時を回ったところ。
他所で爆睡し過ぎだ、馬鹿め。
「おはよう、坂本君。」
既に有栖は起きていて、椅子に座っていた。
傍らには水が入ったグラスがあり、昨日着ていた制服ではなく、ショートパンツにタンクトップと言った動きやすそうな部屋着だ。
「まぁ当然のように夢じゃないよな。」
「そうだね、じゃなきゃキミが僕の家で目を覚ます事なんて無いしね。」
アレが夢だったらどれだけ気が楽だった事か。
俺は普通の人間だ、あんな重い話を『はいそうですか』と受け止められる程、強くはない。
ごく普通の男子高校生、学業成績は中の上程度、特に打ち込む部活もやってない帰宅部。身長も体重も日本人の平均を出ない。
生まれも育ちもこの街で、両親が今海外で仕事をしていて独り暮らしな以外は平凡な出生と日常。
その独り暮らし云々も、別にやや珍しい程度でしかない。
「なんと言うか、一晩経っても正直理解が追い付かないし、何なら未だに実感も無い。現実逃避って言われてもぐうの音も出ないけどな。」
「そうかな?ホントに何も受け止められないなら、キミはとっくにここには居ないんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
俺のやや自虐が入ったそれに、有栖はそんな言葉を返した。何が言いたい?
「単純な話さ。だってキミ、話聞いただけの脅威より、実際に正体見た目の前の『化け物』相手に会話してるし、その家に泊まっているでしょう?」
「いやそれはクラスメイトだし、有栖は人助けの為にああした訳だし…」
おいおい、そんなこと言うなよ。
自分を『化け物』と冗談めかして言うが、気分が良いモノじゃないからやめて欲しい。
「人助けって言ってもあれはただ命の数を数えただけの判断さ。1人の犠牲で3人無事で済む、そういう判断。運転手の方は死んでるよ?」
何も言えない。それは確かに、あまりにも合理的過ぎる『人間味の無い』即断。
「それでもキミは話を聞いたし、逃げもしていない。キミは自分が思ってるような『受け入れられない弱い人間』じゃない。僕のような人でなしが人を語るなんて、どうかと思うけどね。」
「一つだけいいか?」
「何かな?」
有栖が言ったことは何となくだが理解した。自覚は無いけど、自分ではどうなのかは分からないけど、少なくとも有栖はそう考えてくれたのだろう。
「自分を化け物呼ばわりする事だけはやめてくれ。有栖は自分がサイボーグで、あんな馬鹿力を見せたからそう言ってるんだろうけど、クラスメイトがそんな自虐を言うのは流石に笑えない。」
でもその説明や会話の中で自分をワザと人でなしだと強調するように言うのはやめて欲しかった。
「…成程、だからキミが気になったのかもしれない。」
ほんの僅か。
些細な変化だが、ごく一瞬だけ有栖の目が驚いたかのように見開かれた。見間違いではないはず。
相変わらず感情の変化が希薄な有栖だが、僅かな変化であっても驚きや思案顔をする(出来る)と知って、少し安心したような気がする。
「気になった?」
「キミは自分が思ってるより特徴的ってことさ。」
そんなことはない、そう有栖の言葉を否定しようとした時、俺のスマホに着信があった。
着信画面には『夏美』と表示されてる。
あいつかよ。
「もしもし?」
『おっすーしげちー、今日休みだし遊びに行こーよ。』
電話の相手『相沢 夏美』はクラスメイトかつ親友(悪友か?)で、休みにこうして遊びに誘われるのは珍しい事じゃないが、コレどうすべきか。
俺は現在有栖の家で絶賛大問題を抱え中だし。
「友達かい?」
「昔からつるんでる親友と言うか悪友と言うか、だな。間が悪いが遊びに誘われたよ。」
有栖は少しこの電話の主(俺の親友)に興味があるようだった。
「坂本君、キミと彼女が良ければでいいんだけどさ…」
何となく次の展開が読めてしまった。
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「しげちーにあーし以外の女子の友達が出来たなんて、しかもそれが例の超絶美人転校生だったとか、不覚…」
「ぶっ飛ばすぞ。」
大げさにがっくりとしたリアクションをするのは、髪型をツインテールにした親友(悪友)の夏美。
来たのはそれなりに家から離れた場所にある地元の遊園地だ。有名ではないがそれなりに広い、地元の人間からしたら定番の遊び場だ。
「参加させてくれてありがとう、僕は姫見沢 有栖。」
「いやー全然おっけーよ!あたしちゃんも有栖さんの話噂で聞いてさ、お話したいと思ってたし。まさかしげちーと同じクラスでしかももう友達になってたとは…」
今日は特にテンションが高いな。
しかも今日は短めスカートにへそ出しファッションときてる、アクセサリーも盛々だし。
御世辞抜きで結構ルックスは良いと思うがいつもは芋ジャージ姿のくせにコイツ、有栖が居るからって気合入れてお洒落してるな。
しかも滅多にお洒落しないヤツなのにこういう時に突然やってもボロが出ないあたり、元からやれば出来るのだろうな。
「まぁ、あーしちゃん的には、オクテなしげちーがどうやって仲良くなったかが気になるかなぁ。」
「どうもこうも席がたまたま隣になったのが切っ掛けだよ。」
「うん、それで僕が坂本君に話しかけてね。」
一体どんな事を期待してたんだコイツは。
「うわー、ベッタベタ過ぎないそれ?しげちーが自分から話しかけたとは思ってなかったけどさ。」
「どういう意味だそれ。」
「オクテでニブちんであーし以外の女の子に話すの苦手だし。」
「ぶっ飛ばすぞ。」
誤解を招くような言い方はしないで欲しい。お前以外への反応が普通の反応で、お前に対してだけやや雑なだけだ。
「まぁそれはともかく、今日は有栖さん…いや『有栖ちゃん』との交流を深めようじゃあないか!」
その言葉ですら『どやぁ…』って擬音が聞こえてきそうな態度だが、まぁそれ自体には同意だな。
と言うかもう『さん』から『ちゃん』に変わったな、馴れ馴れしいというか打ち解けやすいというか。
「そうだな、今日は遊び尽くすとするか。」
だが、夏美の提案は良い。ひとまず色々な問題は一旦忘れて楽しむとするか。




