復讐者(アヴェンジャー):序
アラアラ、何処ヘイこうというの?
逃げ道?なんて無いワ ハイ残念
穢れた夜にサヨウナラ
連続で爆発が上がり、同時に人々の悲鳴が、緊急車両のサイレン音が鳴り響く。それと同時に、俺の脳内のコンピューターが音量とレーダーが感知した熱源反応から、使用された爆弾の種類を特定する。これは建造物を破壊する為の爆薬を使ってる、所謂発破解体用だ。
俺は10階建てのマンションの屋上に着地すると、まだやや遠い位置にある目的のビルを見る。
周囲には火災が発生し、建物が幾つか倒壊してるのが見えたが、件の一番高いビルはまだ健在な様子だ。
あの爆弾は恐らく『復讐者』が仕掛けたもの、そしてアレはあの一番高いビルにダメージを与える事を意図したものじゃあない。
爆破で倒壊した建物と発生した火災が、あのビルへ向かうルートを寸断している。なまじ繁華街の中心街にあるのが災いして、火の回りが早い。
そしてこれは復讐者の意志表明だ、『獲物は誰一人逃がさない』と言う宣言だろう。その為に建物を倒壊させ火災を起こし、逃げ道を潰したワケだ。
「高橋教授、聞こえるか?」
『君か、今とんでもない事態になってるが、勿論君は知ってるだろう?真君なら私の研究所に居るから心配は無用だ。』
インカムに触れ、高橋教授に通話を行う。幸い教授も真も健在なようだ、急な事だったのもあって連絡を入れていなかったからな、少しだけ安心と言うヤツだ。
「時間が無いから単刀直入に言う、この異変を引き起こしたのは『復讐者』だ。」
『…言い切る、という事は誰かから聞いたのかね?それとも本人が言ったのかな?』
俺がそう言った時点で、教授はある程度実情を把握したようだ。流石に頭の回転が速い、今の会話だけで恐らく俺が何か行動を起こしていることまで予想しただろう。
「少し前に『ヴァイス』が再度俺に接触して来た。この情報源はヴァイスで、恐らく復讐者が居ると思われる場所にも目星はついてる。目的は繁華街で一番高いビル『第一通商共同ビル』に集まっている人間の殺害だと思われる。」
『ツー、そういう君は今何処に居るの!?』
教授の通話に割り込んで真が俺にそう聞く。その言い方からして、もうとっくに分かってるだろうに。
「分かってるんだろう?その様子がよく見える場所だよ。復讐者を止めに行く為にな。」
「そんな危険な事やめてよ!この前だって殺人鬼に合うだなんて、どんなに危険だったことか…それを今回は『止めに行く』だって!?ふざけないでよ!どうして君はそんなにどんどん危険な事に突っ込んで行くんだ!?」
遂に、と言う感じか。真が通話越しに怒鳴る。
まぁ真の言う通りだ。他人の心配を顧みず、どんどん危険な事に首を突っ込もうとする俺は無謀に見えるだろう。さて、どう納得してもらうか…
『真君、少し静かにしたまえよ。』
『教授!?』
しかし、俺が説得の言葉を考える前に、教授が真に言う。
『ツー、それは君の判断なのかね?その怪しい姉を名乗る兵器に唆されたとかじゃなくて。君が何か意図が有っての判断なのかね?』
教授が俺に問うたのは『それが俺の意思による判断なのか、何者かに言われたからなのか、意志の宿った答えなのか』って事か。それなら、俺の答えは決まってる。
「ああ、これは俺の判断だ。直接会ったあの時の復讐者の行動を思い返すと、なんだか彼女を放って置けないと思ってな。親しくも無い一度会っただけの相手にそこまでやるのは可笑しいのかもしれんが、俺はこのまま見過ごすのは何だか、嫌だったんだ。」
『嫌、か。君がそう言う感情的に判断するのは珍しい。だとしたらそれは君にとっては何か大事なことなのかもね。なら君は君の考えに従うべきだろうよ。』
『教授!』
『真君、これは彼女の問題だ。彼女がそう思う事そのものが彼女の人間性、とやらなのだろうよ。あのクールで感情的な判断をすることが無いツーがこう言うなら、それはツーの人としての感性だ。我々はツーを人間だと定義している。ならそれを否定すべきではないし、我々に彼女の決断を妨げる資格は無いさね。』
俺の人間性、感性か。教授の言葉にどこか俺は腑に落ちるものを感じた。
記憶を失っても、ヒトの考え方や行動理念と言うものはそうそう変わるものではない。サイボーグの機体に押し込められたとしても、その脳髄がかつて『ツー』と言う人間だったなら、機械になり果ててもそれはまだ『ツー』なのだろう。俺自身に実感が薄かったとしてもだ。
『わかった。でもツー、約束して欲しい。絶対に無事で帰って来て、これは僕の我儘かもしれないけど、本当は君に危険な目に遭って欲しくないんだ』
「約束する、俺はこんな所では死なん。死ぬワケにはいかないし、復讐者も死なせはしない。必ず俺は帰って来るから、待っていてくれ。」
それだけ言って、俺は通信を切る。今伝えるべき事は伝えた。
真も俺に言いたい事は海程あるだろう、だがそれは帰ってから幾らでも聞こう。今は、急がなければ。
「さて、このままでは少し時間がな。」
道路は火災や逃げる人々の車両や封鎖で、通行がかなり制限されている。今までやってたようにビルの上を飛び移りながら進んでも良いのだが、この方法は案外時間がかかる。幾ら俺の跳躍力でも、あまりに距離が離れすぎている建物には飛び移れない。そうなると迂回しながら進まないといけない。
障害物をある程度無視出来るだけで、大幅なショートカットには決してならないのだ。
「あれは…」
ふとビルから下の方を見ると、路肩に一台のバイクが停めてあるのが見えた。フルカウルのスポーツタイプで、エンジンを見るに排気量は1000㏄程度か。
持ち主の姿は見えないが、キーは差しっぱなしになっている。持ち主は逃げ遅れたのか乗り捨てたのか、別の手段で避難したのかは分からないが、これは俺にとっては好都合だ。
俺はバイクに跨ると、エンジンをかける。特に故障している様子も無く、燃料も十分入っているようだ。大型バイクとは言えこの車種は車高が低いタイプみたいだ。それでも俺の体躯にはやや高く、車体のコントロールには問題無いが爪先がようやく地面に着く程度だ。
バイクに乗るのは初めてだが、俺には戦闘で使う可能性がある車両等の操縦システムが粗方インストールされている、バイクの操縦も勿論問題無い。
俺はバイクのエンジンを吹かし繁華街、街の中心にある件のビルに向けてバイクを走らせる。
*******************
「まぁそりゃ来るよな。やれやれ、どうしたものか。」
後方からサイレンの音が聞こえる。振り返るまでもミラーで見るまでも無い、パトカーが後方から俺を追っているからだ。
まぁ俺が着てる(ヴァイスに着せられた)この服は明らかに怪しいし、ヘルメットも被って無ければ俺の見た目だと免許を持っている年齢にも見えないだろう。まぁ免許を持ってないのはその通りだが。
ついでにアサルトライフルを背負ってる以上、こんなヤツを見かけた警察が追いかけない選択肢は無い。
パトカーはスピーカーで停車するように何度も呼び掛けているが、当然俺は無視して速度を徐々に上げている。とは言えそろそろ向こうも強硬手段に出るだろう。
撒こうにも時間がかかるし、そこまでやってる暇は今の俺には無い。
「まぁ、俺には法律は関係ないんでね。」
俺自体が違法存在の塊だ、今更遵法精神なんて持ち合わせちゃいない。
右手でアクセルを握ったまま、左手で背中のアサルトライフルを抜いて後方に向ける。後方を走るパトカーのスピーカーから、明らかに動揺した声が聞こえる。『待て』だとか『抵抗をやめなさい』だとか、内容自体はテンプレだがそんなに動揺してちゃ世話無い。
後方をチラリと見て位置を確認し、すぐさまセミオートで2発撃つ。狙いは前輪のタイヤだ。
ライフル弾が前タイヤを左右両方とも切り、バーストさせる。当然それ以上の走行は不可能で、パトカーは大きくスリップした後に停車して完全に沈黙した。どこかにぶつかって怪我をすることも無かったので、結果は上出来だろう。
撃ってみて解ったが、このアサルトライフルは低反動で取り回しが良い。それでいて弾丸にも十分な貫通力があり、これならあの白いアンドロイド兵器『US-06』にも十分通用するだろう。これから、あの連中と交戦する可能性もあるのだからそれが事前に分かったのは大きい。
停車したパトカーが応援を呼んでいる様子だがもう遅い。
俺はバイクを更に加速させるとその場を走り去る。今更応援を呼んでも間に合わないし、それらが来る頃には俺は目的地に到着してるだろう。
パトカーを置き去りにしてから5分程バイクを走らせ、封鎖された大通りへの交差点で一旦停車する。封鎖されてる原因は大量の緊急車両(救急車、ポンプ車、梯子車等)がひっ切り無しに出入りしてるからだ。
ここまで来てしまえば、流石にもうすれ違う車両は少なく道に人の姿も見えない。倒壊した一部の建物から上がった火の手が周囲の建物にも少しずつ燃え移り、火災が夜の街を朱色に染めている。多くの消防車が放水し、消防士やレスキュー隊が救助活動を懸命に行っている。既に街は大惨事と言っても過言じゃない。
火災と緊急車両で大分道路が封鎖されている。ここから目的のビルへのルートは…
「まだ一つルートがあるな。」
レーダーとナビ機能とGPS機能を使ってまだ封鎖されても火が回ってもいないルートを検索すると、どうやら1ルートだけまだ目的のビルへと直通する道路があるようだ。かなり迂回する上に車両が入るような道でない所も通らないといけないが、まぁ問題はない。
だが、その前に。
「おい、あんた。」
「っ!?きみ、ここは危ないぞ。と言うよりその服装は一体…」
一番近くにいた消防士に話しかける。彼は俺を見て驚いたり服装や容姿を怪しんだようだが、それはどうでもいい。
「俺が今通って来たルートは交通量も少なく、道路の状態も比較的良好だ。ここから最寄りの消防署からの距離も近いし、今からその辺りを警察車両が通行するだろう。あんた、今スマートフォンを持ってるよな?それにルートを送って置いた。道中の使えそうな水道や水源もマーカーしてある。」
「えっ…?」
彼は驚いた顔でスマートフォンを取り出すが、俺はそれを待つつもりは無い。この情報を(スマートフォンは無線通信でハッキングし、無理にデータを送信させてもらったが)教えたのは、最低限の義理は果たすべきと思ったからだ。
それで減らせる被害があり、助けられる人が居るならな。
俺を改造した社会の法とやらに律儀に付き合う気は毛頭無いが、自身の中にある感性(この場合は良心とでも言うのか?)には従う。人の命が懸かってる時に、自分が出来る事があるのにそれを無視しちゃ座りが悪いしな。
『義理人情さえ欠いてはこの世は渡れぬ』って言葉の意味くらいは俺にも解る。
「じゃあ俺は行かなきゃいけない、その情報が役に立てば良いが。」
「あっ!ちょっと!」
これで後は『彼女』と対峙するだけだ。
消防隊員が俺を呼び止めようとするが、俺はそれを無視してバイクを走らせ狭い路地に入り込む。
目指すは『第一通商共同ビル』、そしてそこに居るであろう『復讐者』だ。




