月光
『そこ』が日常と非日常の境界
時刻は午前2時を回った頃だろうか。
どうにも寝つきが悪く、横になってみたものの、一向に眠気はやってこない。
今日(時間的にはもう昨日か)の出来事が気になっているのも、目が冴えてる原因の一つだろう。
姫見沢 有栖、やって来たばかりの転校生。
長身で俺から見ても美人だと言える容姿の持ち主。光に当たると暗藍色にも見える艶のある黒髪と、それに似た色の瞳。特徴だらけの彼女は、その性格もかなり独特的だった。
と言うよりは、どこか『違和感』を感じる。
一見普通に他人と話し、微笑む彼女だが、どこかその態度全てが作り物に感じるような何とも言えない違和感。
そして、おそらく彼女は何かを隠している。その事には確信がある。実際に俺との下校も何かを試す為だったと、有栖本人が言っている。
それは一体何なのか、それが気になっている事の一つだ。
だが、それは俺が詮索する事では無い。有栖本人が何も言わなかった以上、それは知られたくない事だったり、話したくない事なのだろう。
それをわざわざ嗅ぎまわって何になると言うのか。
だから今の俺の気になってる事など、解決しようのない事だ。
「…コンビニでも行くかな。」
どの道眠れそうもないい、明日は休みだ。ついでに少し小腹も空いた。出かけて夜風にでも当たれば気分転換にもなるだろう。
起き上がり、机の上の財布を手に取る。
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コーラと菓子をいくつか入れた袋を手に、コンビニから出る。店内に客は俺だけだった。
いくら24時間営業とは言え、時刻は3時前だ。流石に殆ど人は居ない。
買ったスナック菓子を食べて、だらだら家で動画でも見てれば、眠気もいずれやって来るだろう。
街灯の光以外は殆ど無い道を歩き、帰路に着く。まぁ、その内俺の気になってることも、興味が薄れるだろう。
その時だった。
爆音と共に一台の車が俺の横を猛スピードで走り抜けて行った。当然制限速度はオーバー、おまけにフラフラ揺れている。
絶対飲酒運転車両だ、危ない。
「は?」
若干イラっとした俺の目線の先、凶悪なスピードで走るその自動車の前には飲み会の帰りだろうか、大学生くらいの女性が3人並んで歩いていた。
深夜で車通りが無いのを良い事に道に広がっている3人、そして蛇行しながら走る車。そこから導き出される結末は…
「危ない!」
咄嗟に叫ぶが、もう遅いのは確実だった。
深夜の住宅街に響く轟音、金属が裂けるような不快な音、アスファルトが砕け飛散し、突っ込んだ車は吹き飛び、炎上しながらひっくり返り道路に転がった。
住宅街の家々に、次々に明かりが灯る。今の音で、交通事故が起きたのは直ぐに察する事が出来る。
間も無く、人が集まって来るだろう。
だが、吹き飛んだのは『走って来た車』の方だった。
…俺は信じがたいものを見た。
炎上し、アスファルトに叩きつけられ大破したその車。もう運転手の生存はとても見込めそうも無い。
「は、ひぃ…」
だがその一方で、3人の女性は尻もちをついてへたり込んでいたが、怪我は無く無事だった。
当然、普通ならあの速度で衝突されたら無事では済まなかっただろう。
「大丈夫、かい?」
俺はその瞬間を確かに見た。
車が衝突する寸前、学校の制服を着た女子が割って入り、左腕を振り上げると、車は跳ね飛ばされて道路に叩きつけられた。
その子が、車を『殴り飛ばした』と言う構図だ。
あり得ない、現実とは思えない。
車を殴り飛ばした彼女は、へたり込んだ3人を残したまま、その場を立ち去る。
そして、その眼は仄かな青い光を放っていた。人の眼じゃなかった、人間の眼はライトみたいに光ったりはしない。
距離がある上に炎や灯りがあるとはいえ、薄暗くてよくは見えないが、俺はその姿に見覚えがあった。
身長は高く、光に当たると暗藍色にも見える長い黒髪、そしてウチの学校の制服。
「…有栖?」
顔をハッキリ見た訳じゃないけど、ぼんやり見えたその姿は、転校生の『姫見沢 有栖』によく似ているとすぐに思い当たった。
すっかり人が集まり、救急車や警察が到着したその場を後にし、俺は立ち去った彼女の後を追う。その方角は、昨日の夕方に有栖と別れた道と同じだ。
と言う事は、やはり。
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「誰か、僕を追ってるのには気付いてたけど、キミだったのか。」
件の現場からやや離れ、騒がしさもぼんやりと聞こえる程度の場所、小さな公園の中に彼女は居た。
「やっぱり有栖だったのか。」
有栖は塀に背中を預け、腕を組みながらそこに居た。
その両眼は仄かな青い光を放っていた。やはりあの時見たのは、見間違いでは無かった。
高校の夏の制服を着た有栖、その制服は土埃で少し汚れていた。先程車を殴り飛ばした時に汚れたのだろうか。
そして、素手でそんなことをやったのにも関わらず、有栖の左腕には傷の一つも無かった。
まず普通車を殴ってひっくり返すのがあり得ない話だが、時速60㎞は出てた車を実質左腕だけで止めた。
普通なら腕がグシャグシャに潰れた後、身体そのものも轢き潰されただろう。
だがやはり、有栖の腕は擦り傷の一つも無い。少し汚れが付いているだけだ。
「有栖、お前は一体…」
「坂本君が、僕と一緒に帰った時に思ったことは正しかった、と言うべきかな。僕は感情があるフリをしてるようにしか見えないって。」
「それは…」
「実は僕自身も全部自分の状況を理解してるわけじゃないんだ。自分がどういう存在かは理解してるけど、どうしてそうなったのかだとか、自分がどんな性格の人間だったかだとか、分からない事が多い。」
「どういうことだ?」
有栖の言い方から、どうも幾らかの記憶を失っているのは分かったが、それ以外にも有栖の身に何か起こったらしい。その結果が、あの超人的な身体能力なのだろうか。そして、夜闇で仄かに光るあの眼もその影響なのだろうか。
「まぁ、知ってる人に完全に見られたなら言った方が安全かな。坂本君、君は『サイボーグ』って知ってるかな?」
「まぁそういう映画なんかは山ほどあるしな。」
サイボーグか。人間を素体にして改造し、内臓や筋肉を人工物(金属や炭素繊維等)に置き換えた存在。機械故のパワーとコンピューターが組み込まれてるが故の思考能力と精密動作を併せ持つ。
そして、大体は軍事目的で作られた兵器である場合が多い。
SF映画やアニメの定番の存在だ。だが有栖は何故いきなりそんなことを?
いや、まさか?
「有栖、まさかとは思うが…」
「そうだよ、僕がそれさ。」
そんな馬鹿な。だがあの驚異的な怪力は…
「姫見沢 有栖と言うのはかつての僕だった人間で、僕はその人間の残骸。あるいはそれを使って作られた物。『AR01:アリス』と言うのが僕の個体名称。この身体の骨格はアンオプタニウム耐熱合金で、筋肉はカーボンナノチューブファイバー製人工筋繊維で、皮膚も強化人工皮膚が、脳には管理用コンピューターが組み込まれている。血液の替わりに自己修復用ナノマシンを含んだ人工血液を全身を巡っている。」
俺は有栖の言うセリフを全く理解出来なかった。明らかに俺の知る人類の技術水準を遥かに上回っていた。
「詳しく説明したい。一緒に僕の家に来てくれる、かな?」




