EX:アルティメット・ワンⅤ
貫き通す為の『力』は必要でしょう?
「あり得ん、あり得んな。これは似合わないって問題じゃない。ダメだ、色々とな。気分的にもよろしくない、気恥ずかしい、やはり俺が女らしくなんて土台無理な話だったんだ。」
あまりのダメさ加減で、家には他に誰も居やしないのに首を振りながら否定の言葉を繰り返してしまった。だがこれは仕方ない、ここまで駄目だとは思わなんだ。
思い立ったが何とやら、教授と真に『女子らしさ』を指摘された俺は後日デパートに行った。まずは形から、と言う事で服を買うことにしたのだ。
俺が服や下着を買う基準は『動きやすい』『丈夫』と言う点に尽きる。特に今は夏だ、動くやすく季節に適したものを用意していた。
その結果、下はホットパンツやらショートのズボン、ショートジーンズで、上はタンクトップやTシャツ、下着はスポーツブラや通気性の良いモノ、スパッツなんかを買っていた。
だが今回は違う、俺のその手の知識の乏しい頭を回転させて選んだのは女子向けのモノばかり。真に聞きながら選んだから、間違いは無いだろう。
赤とペールピンクと白のチェック柄のスカートやフリルが付いた物、白いブラウスなどだ。下着も飾り気無しのモノでは無く、レース生地の物や高橋教授の意見も参考に、少し大人向けのランジェリーも選んでみた。
ちなみに真は下着コーナーには来てくれなかったので、独りで選ぶ羽目になった。俺は気にしないし、寧ろ一人にされてやや心細かったのでちょっと真を恨んだぞ。
で、家に帰って試着してみたのだが、ダメだこれは。
チェックのスカートに半袖のシャツ、スカートを着ると股がこんなに心許無いとはな。スース―するし違和感が凄い。何より鏡に映っているソレを着た俺自身を見ていると砂を吐きそうだ。
無理だ、小恥ずかしい。
脱いで下着だけになって見る。白いレース生地の物で、デザインは所謂カワイイ系のヤツだ。似合うかどうかはさて置き、こっちはまだ質が良いだけあって肌触りが良く、着心地も良い。
少々むず痒いが、特に誰かが見る訳でも無かろうし、下着やブラに関しては然程問題ないと思う。
「むぅ、だが一応真には見て貰わんとな。」
俺個人としては散々な結果だと思うが、他人の意見は聞いてみるモノだしな。選ぶのを手伝ってもらっただけで、よくよく見せてはいないし、明日はこれを着て博士の所に向かうとするか。
と言うか、それには、これ着て列車に乗らんといかんのか。
「少々早まったか?」
慣れない事はすべきで無いと言うが、まさか自分がそれを踏むとはな。
「――――あら、可愛い下着ねぇ?」
「もう突っ込まないぞ?」
独り悶えていた中、声が聞えた。
そちらを向けば、ヴァイスが窓の淵に腰かけ、微笑んでいた。得体の知れない俺の『姉』が。
窓は閉めていたはずなんだがな。この超存在にとってはそんなの些細な事か。
ヴァイスは今日はあの着物ではなく、純白のワンピースを着ていた。胸元からは銀のチェーンに赤い宝石のヘッドを持つペンダントが覗き、白いニーソックス、純白のショートブーツが良く映える。
お洒落だな、俺と違って良く似合う。うらやましい限りだ。
「いいえ、いいえ。とても良く似合っているわ、可愛らしい、けれども貴女の持つ精悍さを損ねない範囲の。何よりツー、貴女が頑張って自分に合うものを探したのが見て取れて微笑ましいわ。こんなに可愛い妹を誰かに自慢したい程よ。」
「そんなものか。」
ヴァイスの場合は多分に『妹』びいきが入ってそうだが、それはさておき他から見ても可笑しくは見えないと分かったのは取り敢えず一安心か。
「で、ヴァイス。俺に何か用事があるんじゃないか?」
あれ以降接触してこなかったヴァイスが今ここに来たのには何か理由がありそうだ。
勿論この自由な『姉』なら『暇つぶし』目的でも可笑しくは無いが、ヴァイスは自由な一方で知的で多くの物事を考えていると俺は思う。無意味な事をしても、ヴァイス自身が『無駄』だと思う事はしなさそうだと俺は思う。
現に今も、意味深な微笑みを浮かべている。
「ねぇ、貴女はどうしたいの?復讐者を名乗る彼女の事を。」
ヴァイスはズバリ、直球で聞いてきた。『復讐者』に関する事を、ヴァイスは『どうしたい』と。
何故俺が彼女と接触したのをヴァイスが知っているかはこの際聞かないし、復讐者を知っている事についても突っ込んだりはしない。ヴァイスならどうとでもなるだろうし、それは話の本筋からしたらどうでもいい事だ。
俺は彼女と会うことを目的にして、実際に出会った。
俺は同じような存在に出会い話を聞いて、俺自身について知りたい。そして、俺が何者であったのかの手掛かりを掴めればと思っていたのだから。
その目的は果たした、自分に関する収穫は乏しかったが意味自体はあるものだった。サイボーグに関する推察の役には立ったし、これからの方針を教授や真と議論する材料にもなった。
なら、その後は?俺と彼女の関わりはそれで終わりなのか?
彼女は自分には関わらない方が良いと言ったが、俺はそうは思わない。
「このままいけば、彼女は遅かれ早かれ、自滅するだろう。」
殺しを続けていれば何時かバレるだろう。もうそう言った組織にはバレてるかもしれないし、例え悪人であっても連続で殺人を行っている以上、現状彼女は人々の敵だ。然るべき機関(警察や自衛隊)が程無くして動き出すだろう。
そして、あの苛烈な復讐者の事だ、追い詰められたら周囲を巻き添えにしつつ自爆を実行しても可笑しくない。
それに、あんなことを続けていたら更に精神を壊していくだろう。そこまで行けば捕縛されたり自滅するまでも無い、精神的な『死』を迎えるだけだ。
それが俺は、何となく嫌だった。
彼女は人々の敵だろうし、行動は悪だ。だが俺は彼女と話した事を忘れていない。赤の他人の俺の為に本気で怒った事、俺の髪にまるで大事なモノを扱うかのように触れた事。
彼女の本音を垣間見た以上、彼女を何か放っては置けない気がした。
「そうなる前に、俺は彼女を止めたい。思い留まらせたい。」
「それを彼女自身が望まなかったとしても?彼女にとっては余計な事だったとしても?」
ヴァイスは意地悪でそう問いかけている訳ではないのは直ぐに分かった。底知れない微笑みを崩さないヴァイスが、今は真剣な表情でその赤い双眸を俺に向けていたからだ。
俺を試す問いだ。『お前にはその言葉を貫き通すだけの意志があるのか』と。
「そうだ、俺の我儘かもしれない。それでも彼女が壊れていくのは『何となく嫌』だ、だから止めたい。」
曖昧かもしれないが、何もしないで後味悪くなるよりは、出来る事はやっておきたい。
「そう、それが貴女の『選択』なのね。今貴女はその力を『自分の意志で』振るおうとしている、それが私にとっては重要なことなのよ。」
ヴァイスは以前言っていたな『その力を自分の意志で自由に振るうのが兵器』だと。
俺の返答にヴァイスは満足げだった。
「なら急いで繁華街の一番高いビルへと向かいなさい。今宵彼女が暴走して狂い果てる前に、まだ人間性が残っているうちにね。」
「っ!?」
まさか、復讐者は今夜何か大事を起こすつもりなのか?
そしてヴァイスは何故それを知っている?何故俺に教えた?
「私は何でも知っているし知ることが出来る。でも今貴女がそう『選択しなかった』なら、私は今夜起こる事を貴女に伝えなかったわ。ここから先、あとは貴女の行動次第。私は貴女の『選択』が齎した『結果』を楽しみにしているわ。」
微笑みながら、ヴァイスが片腕を振るう。
すると俺の身体を白い霧が覆い、数秒後にそれが消えると俺は奇妙な衣装を身に纏っていた。
黒をベースに所々に暗い金色のラインが入った首から下、頭部以外の全身を覆うラバースーツによく似た装束。ぴっちりとしているが苦しくは無いし動きやすい。股や胸部などのバイタルパートと腕部や膝下は黒色の金属装甲で覆われている。
頭にはインカムが装着され、腰のベルトにはポーチ2個と変わった形の大ぶりなナイフが2本鞘に収まった形で装着されている。更に肩にはスリングでどう見てもアサルトライフル(暗い金色のラインが入っていて、形状は見た事も無いものだ)が下げられている。ポーチから感じる重要のある物の正体は、恐らくこれの予備マガジンだろう。
インカムから伸びるアンテナは内蔵されたレーダーのものらしく、俺の脳内コンピューターに無線接続し、外の状況を伝える。俺の内蔵レーダーやセンサーとは方式が違い、索敵範囲自体は俺のものより広い。更に通話機能を備えているらしく、連絡先に教授と真の電話番号が登録されていた。
何だ、これは…?
「貴女の性能と性質によく合致したバトルスーツ、私からのプレゼントよ。意志を貫き通す為の『力』は必要でしょう?」
「ヴァイス、アンタは…」
ヴァイスはどことなく慈しむようにも見える微笑みを浮かべながら、自分が先程まで座っていた開け放たれた窓を指さす。
「さぁ、お行きなさい。私の可愛い妹、貴女の意志の為に。」
色々と急で分からない事だらけだが、それは今は脇に置こう。今優先すべきは他にある。
今夜何らかの行動を起こすであろう『復讐者』。彼女の行動とあの態度を見れば、その内容が穏便なものの筈が無い。何か大勢が死ぬような事。復讐者が後戻り出来なくなるような事になるだろう。
なら急がなければならないだろう。
俺はヴァイスが指さす窓から外へと跳んだ。




