邂逅と本心
それは誰が為の恩讐か。
「…流石に、そのパターンは想定してなかったぞ?」
襲撃に備え、俺は敢えて夜に人気の無い公園で時間を潰していた。襲われた時感知しやすく、周囲への被害が比較的少なく済むようにな。
その俺の目の前に姿を現したのは一人の少女だった。制服からして北上高校の学生だろう。
俺の眼は、彼女の眼の中にある、俺のそれと酷似した機械を正確に捉えていた。つまり、この子もサイボーグと言う事だ。
この前見た長身の少女のアリスとは別の少女だ、サイボーグは全部女じゃないか、どういうことだ?
俺と対峙する少し灰色がかった黒系の髪にやや小柄で痩せているこの少女が俺と同じサイボーグならば、そしてわざわざ俺の目の前に姿を現したのならば、恐らくこの子が俺の会いたかった人物なのだろう。
そして彼女は仮にもターゲットであるはずの俺に襲い掛かる様子は無い。と言うかそのつもりが無いと言った方が正しい。
それはつまり、俺の意図(依頼のフリで誘き出したという事)はバレてるってことになる。
「…余計な事は依頼には書いてない、ターゲットとして俺自身の写真も送った。なのにどうして気付いた?」
「わかるよ。キミが書いたであろう『復讐の依頼』には意志が無かったからさ。必ず標的を殺して欲しいって憎しみが、嘆きが感じ取れなかった。あくまで機械的な、ね。キミのその冷静さって違和感にボクが気付いただけさ。」
彼女はそう言う。成程『意志』か。
「それでもここに来たのは、どこかでキミを見た覚えが有ったのと、この冷静沈着な態度…その奥の意図である『ボクに会いたい』って考えに興味があったから。」
そこまで読まれていたか、彼女は良く頭が回るようだ(暗号やらダークウェブやら使ってるから当然か)。
では、やはり彼女が『本物』なのだろう。
連続猟奇殺人鬼『復讐者』。
「じゃあ君がそうで間違いないんだな?」
「そう、ボクが『復讐者』。キミと同じで、この国の外道共に人生を奪われ身体を弄りまわされて、サイボーグにされたモノだ。」
小さな笑みを浮かべる彼女だが、彼女は笑ってなどいない。
彼女の纏う雰囲気、それは『悲しみ』『強い怒り』『憎しみ』か。
悪意と害意に満ちた視線、だがそれは騙して呼び出した俺には向けられていないようだった。
確かに、これはとても一般人の纏う雰囲気じゃない。
その犯行手口、遺体の状況から、推測されたのは恐ろしいまでの残忍さ。わざわざ苦しめる事を目的として残された外傷。
そして、そこから推測される『復讐者』の異常性。
服装自体、外見そのものは普通の女子高生の域を出ない、ごく普通の一般人のものだ。
だが、それでも尚、彼女の異様さは分かる。
彼女は憎悪の塊となったその意志だけで、ただそれだけ他は1つとして破綻していないのにも拘らず、それだけで彼女は異形と化していた。
少女が肯定した通りの存在だと確信した。
だが、本題はここからだ。相手が殺人鬼だったからと言って、俺の目的は変わらんし、過度に恐れる事も無い。
「俺が君を探していたのは他でもない、同じ存在だと思ったからだ。俺と同じサイボーグ、その予想は当たっていて、君はサイボーグで間違いは無い。ここまでは良いな?」
「そうだね、まさかボクを探ってたのがこんな可愛い、それでいて冷静沈着なカッコイイ娘だとは思わなかったけど。あとその口調、男っぽいけどワザとなの?」
「冗談はよしてくれ、俺が可愛いなどあり得ん。口調はそうだな、元からなのかプログラムによるものなのかはわからん。」
まるで雑談するように冗談を言う『復讐者』。
俺に襲い掛かる素振りも無く、冗談も言う辺り、ただの狂人では無いのだろう。現実として、今の所意志の疎通は問題無く出来ている。
「ボクは冗談なんて言ったつもりは無いんだけどねぇ。可愛らしさと凛々しさ両方ある外見に、その大胆な行動力。それでいてキミからは確かな知性と理性を感じる。こんなに醜くなって身も心もグシャグシャになったボクと違ってね。」
肩を竦め、復讐者は少しだけ目を細めながら言った。何処か、羨むように。
俺には彼女の言葉の意図が解らない。
彼女が俺に何故だか好意的な意志を持っているのは何となく理解出来た。だが、なぜ今そんな事を俺に言うのか解らないし、何よりそれが何故彼女がワザワザ俺の前に姿を晒す理由になったのか。
そして、騙す形となった俺を襲わないのは何故なのか、そもそも何故彼女は『依頼』を遂行する意志が(今の所)無いのか。
「キミはかつて素晴らしい人間だったんだろう。芯の強さに行動力があって、冷静沈着で理知的な頼りになる人間。それはキミが素で持っていたものなんだろう。きっとこれから多くの事を成して行くハズだった、その未来には多くの可能性が有ったはずだ…だけどそれはもう閉ざされてしまった。こんな風に、サイボーグにされてしまって、尊厳を踏みにじられて。」
復讐者は憎悪を滲ませながら、吐き捨てるように言う。
血走り、睨みつけるような形のまま微かに震える眼、裂けるように歯を見せ笑っているとも、獲物を前にした猛獣とも見える程に歪んだ口元。腕を組み自らの肩口に食い込むほどに握りしめられた手。
それは『俺』を改造した者達へ向けられた憎悪だった。
「待ってくれ、何故君が俺の事でそんな顔をする?君には関係無い筈だ。少なくとも今まで赤の他人だった俺の事なんてどうでも良いだろう。」
解らない、彼女が憎んでいるのは俺の境遇…俺を改造した連中やそれを指示した者達なのは彼女の言葉と態度で理解出来た。だが何故彼女が俺の事でそんな感情を抱くのか。
友人どころか知り合いでも無かった俺の事を、だ。
「良くないよ。」
復讐者は俺の傍まで歩み寄る。殺人鬼にすぐ近くまで歩み寄られたのにも関わらず、相変わらず俺への害意が皆無だったせいか、俺の身体は一切危機を感じて反応しなかった。俺のコンピューターもだ。
俺に搭載されたシステムそのものが『復讐者』に対して(少なくとも俺に対しては)危険でないと判断したという事になる。
そして、復讐者は俺の髪に触れる。
優しく、何か大切なものを扱うかのように。
「この悍ましい目はキミの中身を嫌でも映してしまう。肉の代わりに機械と紛い物の臓腑を詰め込まれた身体、もう人間じゃ無いし恐らく戻れもしない。ボクより年下のキミまでなんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!どうしてこんなことにっ…!」
涙は無い、流せないのかもしれないが。彼女は、哭いていた。
赤の他人の俺の為に。
「復讐者、君はまさか俺の為に…?」
彼女の『本心』が少しだが見えて来た。
彼女は生来狂った殺人鬼なんかじゃない。よく見る快楽殺人鬼のような充足感も悦楽も彼女には無い。仕事として金の為にと言う義務感も無ければ割り切りも無い。寧ろ逆だ。
その本心は、痛みで悲鳴を上げていた。
今までの態度から察するに、恐らく彼女は元々真面目で優しさのある普通の人間だったのだろう。だからこそ、他人の俺の境遇にあそこまで感情移入した訳だ。
それが改造されたショックと絶望で精神を病んでしまったのだろう。自分を改造した人間と関係者を憎んで、そんな理不尽が罷り通る世界を憎んで、その結果情緒が壊れてしまい、何にでも憎悪を抱いてしまう様になってしまった。
他人の境遇を嘆いても、それがやがて憎悪になってしまう程に。そして遂に、彼女は一線を越えてしまった。
それが、俺が見た彼女の心理だ。
「こんなの、許せるワケがないよねぇ?」
不意に復讐者が俺から離れる。
もうその表情に嘆きは無い。感じない筈の寒気がする程の感情の移り変わり、そこに在るのは冷徹な殺意だった。
「ボクだけでなくキミみたいなコまでこんな目に遭わせた連中を絶対に許さない。一人残らず、末端まで殺してやる。」
「待ってくれ『復讐者』」
俺が呼び止めても復讐者は構わず話は終わり、とばかりに踵を返して俺に背を向ける。
「キミはもうボクを追うべきじゃない。憎悪とは、復讐とは良いモノだ。目的を果たすまでの力が無限に沸いてくる。復讐は他の何よりも強大な力をくれる。憎悪は絶対に忘れられない感情だ、終わるまで止まらないようにしてくれる。」
数歩だけ歩いて何かを思い出したかのように彼女は立ち止まると、背を向けたままそんな事を言う。
そして少しだけ振り返り、俺を見た。濁った眼で。
「だけどそれを持たない人が触れるべきではないことだ。恩讐は何もかもを飲み込んで焼き尽くす毒の炎だ。自分だけじゃなくて、自分の周囲も、自分の大切なものも、好ましいものも全て壊してしまう。キミみたいな良いヒトが関わってはいけない事だ。」
そう告げて、復讐者は走り去り、夜の闇へと消えて行った。
得も言われぬ感情を持て余した、俺を残して。
***************
「これが、彼女と会った時の記録だ。」
俺は眼の内臓カメラと内蔵メモリーに記録された映像の再生を終了した。
あれから数日後、俺は事後報告の為に博士の研究室に足を運んでいた。今回はちゃんと真も居る。
博士も真も、すぐには何も言わなかった。言えなかった。
「いよいよもって、状況は複雑になって来たな。」
ややあって博士が腕組みしながら難しい顔で言う。博士ですらこんなリアクションしか返せないあたり、問題は本当に複雑そうだ。
「全くだ。これで少なくとも、サイボーグは俺を含めて3人存在する事は確定した。そしてヴァイス…俺達以上に理解不能で非科学的な存在も居る。」
そして、この範囲に3人も居るならサイボーグの総数はこんなものじゃないだろう。もっと居る筈だ。
「バックに政府がついてるような計画だからねぇ、たまたま君たちが制御から抜け出せただけで、管理下にあるサイボーグはもっと多いと見るのが自然だろう。」
教授の言う通りだ、俺達が本来はイレギュラーで好き勝手動けているだけだろう。
ただ、ヴァイスの方はサイボーグ計画を推進する組織もそのバックに居る政府も想定外の産物なのは間違いない。アレが野放しにされてるのは、偶発的に生まれた超存在だからこそ、対処しようも無いから手が出せない、そんな所じゃないだろうか。
サイボーグ計画も今現存するサイボーグだけで終わり、という事も無いだろう。これから改造されるサイボーグや素体として狙われる人は必ず出て来る。それを止めようだとかは特に思わないし何よりそんな余裕も力も俺達には無いが。
情報は確実に集まりつつある、状況も少しずつだが動きつつある。あとは…
「後は俺自身か。」
そう、俺自身。
俺はこういった事実を知った上でどうしたいのか。
俺自身に関しては大して進展は無い、思い出せない記憶がまだ山ほどある。
「もしかしたら、俺の虫食いだらけの記憶はそのままかもな。」
「否定は出来ないね、君は少なくとも表向きには医学的に前例の無い状態にある。それの推測はあまりに困難だからねぇ。」
博士の言う通りだ。
ここまで身体を改造されて、脳にコンピューターを組み込まれ神経と融合した状態は、少なくとも表向きでは前例の無い状態だ。
その上でだ、俺は何をしたいのだろうか。人間に戻る方法を探したいんだろうか、それとも何か他の目的を持つのだろうか。
「俺は元々人間だった、だから人間に戻る方法を『取り敢えず』探している。だが、そこに『何故』が無いな。記憶の曖昧な今の俺は逆に『人間に戻らないといけない理由』が見当たらない。そういうものだから、以上の理由が無い。」
「人間である必要が無い、そう言いたいの?」
「と言うより、そうする理由が今の俺には無い、そんな感じだな。何かしらだ、俺の家族に出会えたり何か有ればそれが理由になるんだけどな。今の所俺の知り合い以上と呼べるのは、真と博士だけだ。」
そう、理由だ。行動を起こす為の何らかの理由が欲しい。そして、今の俺はそれが無いか極めて希薄だ。
それが無いのに何かをするのは、無駄に感じてならない。
「成る程、そういう思考自体が改造の影響かもね。」
「何だって?」
そこで、高橋博士が言った。今の考え方が改造の影響だって?
「ああ、記憶が曖昧とは言っても、普通の人間が君のような状況になれば、君のように冷静ではいられない。推測だけどね、君に埋め込まれたコンピューターは、君を安定させる事もプログラムされている。だから過度な感情の変化を抑制するように機能しているのだろう。『復讐者』に会うと言った時もそうだ、傍から見れば無謀で危険な試みだろう。君はそのリスクと回避方法とメリットを計算して実行した、君にとっての無謀でない合理的な『冷静な』判断だ。」
「感情の抑制、か。」
成る程、兵器として感情に過度に左右されては欠陥がある(それ以前の問題だったが)。
それに加えて記憶障害が起こっているのだから、自分に関して感情的にならないし、なれないのか。自分に何か拘りが無い、ある意味自分を知らず『生まれたばかり』なのだから。
「そうさな、そんな面はあるだろう。事実、列車で痴漢に遭っても何とも思わんかったしな。普通の女子なら、怖がったり叫んだりするんだろう?俺は何も感じやしなかったがな。ま、パンツに手を突っ込まれたのには流石に少しは驚いたが。」
それを聞いて真が飲みかけのコーヒーを噴き出した。気管に入ったのか、ゲホゲホと咽ている。
その横で、教授は若干呆れた顔をしていた。
「ああ、そういう所もだな。君は一応女子なのだろう?」
「まぁ、元の素体である俺は女らしいな。この身体も特徴は女性のものだ。」
「本来はこの通り研究以外はズボラな私が言える立場ではないのだがな、君は少し女子なのに無防備だな。そして女子らしくない。口調もそうだし、行動も、こう言った精神性の面もな。女子がパンツに手突っ込まれたら普通は悲鳴を上げるわ。私はイケメンならウェルカムだがな。パンツも一応黒ランジェリーだぞ。」
そう言われてもな、現に俺は性別は女みたいだが、実感が無いんだよ。
「ごほっ…教授、あんまりパンツ連呼しないでください。後、さらっと自分の下着の色公表しないでください。」
まだ咳き込みながら、真が言う。床に零したコーヒーを拭いているが、まだ少し震えていた。
「と言うか、君は痴漢に遭ったのかい?」
「ああ、列車内でな。一応、もう止めとけとは言ったがな。」
「それで済ますのが如何にも君らしいと言うか…普通は警察沙汰だよ。」
少し溜息を吐く教授。いやまぁ、警察沙汰にしたら困りそうなのは俺だしな。
「少し、女の子としての知識と仕草を身につけた方が、いいかな?」
真まで溜息を吐きながら言った。
「今更無理だと思うがね。」
精神的には俺は女子では無いのだ、無理がある。かと言って男子でもないが。
「ふむ、一理ある。ツー、折角君は可愛らしい容姿をしているのに少々勿体無い。先程の話に被せるつもりでは無いのだが、君はパンツもブラも色気も飾り気もあったものじゃない。服装はまぁ、露出は多めでセクシーさはあるが、君はそういう基準で選んでないだろうしな。折角の容姿なのだ、可愛らしく振る舞っても問題はあるまいよ?」
教授はコーヒーを啜りながら、大真面目にそんなコメントをした。
俺が可愛いはあり得んだろう、それに何故そんなに熱弁する?
「…まぁ、下着云々は置いてて、だ。ツーは少し女の子っぽく振る舞っても良いかもね。これも一つの調査だ。何か記憶を取り戻す手掛かりになるかも。買い物なら付き合うよ?」
真まで言うか。
だがそうだな、真まで言うなら少し考えても悪くは無いだろう。どうせ暇だし、大して時間もかからんだろうしし。




