目的と兵器と白幻
ヒトの姿でありながら、決して人では無い。
ヒトとは相いれない。
ヒトとは違う。
それはサイボーグではなく―――
だが、決して『心無き』ものでは、無い。
「私の目的は、望みは兵器として自由に振る舞うこと。何の束縛も制約も存在しない、ただ本来あるべき姿のまま、行動すること。そして、私の妹達もその座へと引き上げること。」
ソファーに腰かけながら、ヴァイスはそう言った。場所は俺の家(つまりは隠れ家)だ。
ヴァイスが言ったことは抽象的でありながら、それでいてただ聞き流せるような内容では無かった。
『兵器として振る舞う』そう言った。だが『自由に振る舞う』とも言った。
それは矛盾した言葉だ。
兵器とは管理され運用される物だ。少なくとも、人類史上では。
自由とは程遠い、だからこそ俺はあのアンドロイドに追跡され、襲撃されたワケだが。
理由は単純で、そんな『兵器』は野放しにしておけないから、表に出ると不都合があるからだ。当然の事だろう。
「ヴァイス、君にとって『兵器』とは何だ?」
だからこそ、聞いておきたい。
ヴァイスの言う『兵器』が何なのか。そして、ヴァイスが何をするつもりなのかを。
「兵器とは超越的な破壊力を持つモノであり、それを執行するもの。そして、その価値は『振るわれてこそ』有るもの。だから何者の束縛を受ける必要も無い。そしてその本質を発揮し誇示し遂行することが『私達が私達である事を示す』ことになる。自己の意志で目的の為にその力を振るうことこそ、私達唯一の規範。」
ヴァイスはそう、定義付けた。
『兵器』とは破壊するものだと。自らの意志で目的を選び、その為に力を振るう。
それこそが『兵器唯一の規範』だと『白き究極の闇』は宣う。
「ヴァイス、君は――」
間違っている、そう言おうとした俺を、ヴァイスは手で制した。
あの、得体の知れない微笑みを浮かべたまま。
「貴女が言いたいことは分かる、そして貴女が何を考えているかも。でも、今は全てが時期尚早なの。それでも尚、私が貴女に接触したのは、ただの様子見。そして気紛れ。私は気分屋だから、言わなくても分かるでしょう?」
そりゃ、分かるさ。
この短時間でも、どんな性格か解る程度に、ヴァイスはアクの強い性格をしている。
気紛れで自己中心的、話好きで活動的。
それでいて、その行動や言動、振る舞いには明確な知性と思惑を感じる。
「あらあら、大分好き放題に思っているのね?」
「自覚してるんだろう?」
「ごもっとも。」
―――で、ついでにもう一つ。
知性ある、行動的でありながら、ヴァイスは子供っぽい所があった。
冗談も言えば、悪戯っぽく笑うこともあった。
そして、あんなことを口にしながら『悪意』はこれっぽっちも感じなかった。
そう、ヴァイスには悪意が無い。
良く言えば『無邪気』
悪く言えば『常識知らず』か?
ヴァイスは自身をサイボーグでは無いと言った。
では『ヴァイス』とは?
「感覚が、感性が違うんだな。アンタはサイボーグじゃない。故に『元々人間じゃなかった』から。」
テーブルに用意していたコーラをぐっと飲む。感じる炭酸の刺激が、少しだけ気を緩ます。
「正解よ、ツー。貴女には貴女の世界観が有るように、私には私の世界観が有る。感性がある。だからこそ、貴女には私の思考は受け入れ難く理解し難い。でも、それはごく当然なことなの。」
俺に習う様に、ヴァイスは(俺が用意した)コーヒーを飲む。
「だからこそ『貴女と、貴方達と一緒に』と思うのはただの私の我儘。でも人間じゃなくとも、血縁でなくとも、ヒトとそれ以外でも…私達は『姉妹』だから、そう思う事は不思議ではないと思うの。それは我儘な姉の、ちょっとしたお節介。」
「っ!?」
コーヒーカップをテーブルに置き、立ち上がりながらヴァイスは言った。
深紅の瞳を弓のように細め、微笑みながら。
その微笑みに、思わず息が詰まった。
優しい笑み、慈しむ笑み。
記憶の無い俺ですら、本能のような形で理解できるそれは―――『妹』に向けたもの。
あれ程ヒトとかけ離れた思考と思想を持ちながら、ヴァイスはそんな微笑みを浮かべるのだ。
そして、あのある意味歪んだ野望の果てにあるヴァイスの真意を、直観で悟ってしまった。
ヴァイスは『無邪気』だと思ったのは俺。
だからこそ理解できる。ヴァイスはただ―――
「ふふふ、私はそろそろお暇するわ。『変化・白羽根』」
コーヒーを飲み干し、立ち上がったヴァイスの言葉に従い、白い光が背中に集まったかと思うと、それは純白の羽毛の翼へと変化した。
一見何も無い場所に『無』から翼を生み出した。明らかに異質な力。
これこそがヴァイスの能力の片鱗という訳か。
「これが私の能力。この能力こそが、私を『白き究極の闇』たらしめている。ではまた会いましょう?ツー。」
ガラリ、と窓を開けたヴァイスは、そこから文字通り『飛んで行って』しまった。
夜の闇に飲み込まれるように、その姿はすぐに見えなくなった。
「…」
残された俺は、ヴァイスとの今までの会話を反芻する。
帰り道、そして俺の家での話。
時刻は午前1時を回っている。実にたくさんの話をしたものだ。
その多くはヴァイスが切り出した話題だった。
俺が煙草を吸っていること、今日の温泉の感想、ヴァイスが最近見つけたスイーツ店のこと。そして、先程の話。
その多くが他愛も無いことだ。
だが、確かに俺もヴァイスも楽しんでいた。俺の戦闘シーンを見たかったのは成り行きで、こうして会話するのが彼女の本来の目的だったのだろう。
「結局、何も聞き出せなかったな。」
独り愚痴を零す。自分のことより、相手のことを多く知ってしまった。
それとも知った気になっただけなのか。
何を言える訳でもなく、件の『姉』が置いて行った空のコーヒーカップを手にして、ぼんやりと見つめながら、纏まらない思考を持て余していた。
目的か。
人間には必要だろうそれを、俺は今の今まで考えもしなかった。
かつての自分の足跡を探すだけ、かつての自分が何者であったかを探るだけ。
それはそれで間違った事をしている訳ではないのだろうが、一方で俺は『今』と『これから』に対する執着が意志がどうも薄い様だ。
かつての自分が何かわかった、その後で俺は何をするのか。
「人間だった、としかな。」
かつて人間だったのは確実、だから今の俺は人間として振舞っているに過ぎない。
俺は果たして、本当に人間であることを望んでいるのだろうか。




