戦闘と敵と姉妹
僅かな繋がりだった。
でも、それは確かに存在する。
どんな形であれ、どんな状況であっても。
「随分と涼しい格好なのねぇ?ボーイッシュな所はアリスに似ているわ。」
「あまりスカートとかは好きじゃなくてな。それに俺にそういう格好は似合わないだろう。」
陽が傾き空は橙色に染まりつつある、夕方だ。
俺は温泉で出会った俺の姉を自称する少女(の姿をした何か)『ヴァイス』と帰路についている。
ヴァイスは白地に赤い花の模様が入った、赤い帯が目を惹く薄い着物を着ている。長い髪はお団子状に結んで、赤い花を象った飾りのある簪を付けている。和風な装いだが、履物は純白のブーツだった。
ここでも白と赤か。似合っているが、拘りでもあるのだろうか。
「コレ?可愛い着物でしょう?インターネットで見つけたのよ。それを私が疑似細胞で複製したの。」
言葉の意味から察するに、これはヴァイス自身が作ったと言うことか。
方法はよく分からんが、何かヴァイスの能力を活用したのは間違いない。
「ところでツー。」
「気付いてるさ。」
雑談するように言うヴァイスに俺はそう答える。
とっくに気付いていた。
「俺達を追跡している奴が居るな。距離はかなり離れているが、間違いない。」
俺のセンサーには引っかかっている。ヴァイスが話を切り出した所から、ヴァイスもその存在を既に察知しているようだ。その数は3人程か。
いや『その言い方は正しくない』だろう。
「生体センサーには反応が無い。なら、追跡者は人間ではないってことだ。同時にサイボーグでもない。サイボーグとは言え、身体には生身の部分もあるだろうしな。誤差こそ出ても完全に反応しない事は無いだろう。」
どうやら追手は人間では無いようだな。
「良く出来ました。追跡者の正体は、貴女が言う通り人間でもなければサイボーグでもない。人間を模した紛い物、アンドロイド兵器の『US-06』よ。恐らく、貴女を回収しに来たのでしょう。」
ぱちぱちと芝居がかった仕草で拍手しながらヴァイスが言う。何が面白いのか、その表情はどこか満足げだ。
しかしアンドロイドと来たか。
俺もそうだが、一般的に認識されているこの国の科学レベルと、実際のレベルには大分剥離があるようだな。
『アンドロイド』とは文面の通り、人間を模して造られた乱暴に言えばロボットの一種。
確か走ったり、一定のプログラムに沿った動きがようやく出来る程度で、こんな人間じみた動きが出来るアンドロイドなんて、本来技術的に不可能なはずだ。
少なくとも、レーダーが探知した追跡者の動きだけ見れば、人間と遜色無い。生体センサーの情報を見なければ、俺自身も判別は難しかっただろう。
「隠れ家を知られるのは、良くないわねぇ?」
「ヴァイス、君はこの状況を楽しんでないか?」
「さぁ?何のこと?」
さて、得体の知れない俺の『姉』が何を企んでいるのかは知らないが、ヴァイスの言う通り、この状況はよろしくない。
まぁとは言え追手と言われれば、そろそろ来るだろうなんて事も考えてた。。
俺は元々それが政府だろうがそうでない組織だろうが、何者かに秘密裏に改造されたサイボーグだ。
それが制御不能になって逃走し、今では完全に制御から離れている。
これに危機感を抱かない組織は馬鹿だ。
早々に回収するなり抹消するなり、何らかの手を打つのが普通だろう。寧ろ今更遅いとさえ言える対応だ。
「どうするの?」
「気乗りはしないんだがな…そのリアクション的に、君は手を貸してくれないんだろう?」
「ええ、私が手を下すまでも無い相手だもの。」
と、言うことらしい。
ついでにヴァイスの目的も、なんとなくだが見えた。
ヴァイスは俺に『戦闘』をさせたいらしい。その理由は分からないが、どうやら俺が戦うシーンを見たいらしい。
そして、ヴァイス自身は今俺達を追跡しているアンドロイドを『手を下すまでも無い』と言った。
そこから察するに、ヴァイスにも本来相応の戦闘力があると見ていいだろう。
傍観する気満々だがな。
「仕方ないか。じゃあ人気の無い場所に誘導するぞ。」
「ええ、心得たわ。」
君が手伝ってくれれば、楽なんだけどな。
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周囲は陽も落ちて薄暗く、明かりも無い。
俺が来たのは帰宅ルートから外れて、住宅街から離れた場所に有る廃工場だ。
工場と言ってもその敷地は比較的狭く、持ち主が夜逃げでもしたのか、ロクに片付けられもせずに廃墟と化している。
この辺りはあまり場所が良くないのか、幾つかの工場が破棄されている。それとも不況の影響で潰れたのか。
ライターや吸い殻、空き缶と言ったゴミが散乱している辺り、溜り場になっているようだ。一応立ち入り禁止にはなっているのだがな。
さて、当然廃棄されたこの場所に明かりは無く薄暗いのだが、暗視機能も備える俺の眼はしっかりと『それ』を映している。
その数は3体。無機質な、のっぺりとした頭部に白いボディはアクリル板のようにつるつるしている。人間基準では大柄な図体のそれは腰に警棒のようなものを装備し、手にはアサルトライフルのような小銃をこちらに向けて構えている。
「これが『US-06』ってヤツか。」
「そうよ、これはゴム弾とスタンロッドといった非殺傷武器で揃えた機体ね。当然だけど、貴女の捕獲が狙い。」
成る程な、俺の回収が目的なら殺すわけにもいかないってことか。まぁ、手足位は潰しても構わないと考えてそうだけどな。
「話し合いする程度の知能は?」
「無いわ。学習機能はあるけれど。そもそも、目的を考えれば不要なものよ。」
だろうな。
だが、面倒な反面、割り切ることも出来る。
「じゃあ、遠慮も前置きも必要ないな。」
答えは聞かない。
その瞬間に、真ん中の1体の俺の爪先がめり込み、吹っ飛ぶ。
何、ただの飛び蹴りだ。俺にとってはな。
個体ナンバー『IT-22』である俺。
その機能は更新情報や仕様書として俺の脳内コンピューターに保管されていた。
俺の機体コンセプトは『軽量化』『現代戦への対応』『指揮官機』。
それを可能とするように、俺には様々な現代兵器運用方法がプログラムされ、戦場格闘術や近代戦史や戦術についての資料がメモリーに内蔵されている。同時に、それを適切に運用可能なシステムもだ。
俺の機体は試作機から得たデータを基に不要な内装パーツやコストパフォーマンスの悪い機能がオミットされ、軽量化されている。
それにより、素体の体格によるCNT筋繊維の総量から、パワーは試作機やワンオフの第1世代より劣るが、瞬発力と反応速度は上回っている。
俺を含む『第2世代サイボーグ』とは、技術の全てを採算度返しで積み、限界まで性能を引き上げた『第1世代』から不要な機能を切り離し、度を超えたスペックを削り、目的や運用方法に応じて適切にリソースを配分し製作された存在だ。
「はっ!!」
間髪を入れずに、横の1体の腕を掴んで、ライフルの発砲を阻止、そのままもう1機のアンドロイド目掛けて、ブン投げる。
機械の塊だからかなりの重量があるが、流石にサイボーグのパワーの前では問題にならない。
2機ともダウンした隙を見逃さず、俺はその頭部を踏み潰した。制御を司る中枢部分が破壊され、アンドロイドは沈黙した。
「っと、想像してたよりも凄いパワーだな。」
アンドロイドの機能停止を確認した俺はそんな感想を抱く。
いや、実際にサイボーグとしての能力を使ったのは初めてだから驚いた。見ただけのスペックと実際に使うとではだいぶ感覚が違う。
まさか、ここまでの瞬発力と破壊力があるとは。そりゃ危険視されるはずだ。
「良いものを見せて貰ったわ、ツー。」
ぱちぱち、と手を叩きながらヴァイスは微笑んだ。
「今のはアリス以上のスピードね。それに、破壊手順もその方法も洗練されているわ。あの子は本体スペックで強引に潰していたけど、貴女は実にスマートで淡々と破壊していたわ。兵器として素晴らしい完成度ね。」
「それが俺のやり方みたいだからな。まぁ、実際サイボーグとしての力を使ったのは初めてだが。」
一応褒められているのか。
…だが、そろそろ聞きたい。
「ヴァイス、『俺が戦う所を』見たかったのは予想していたが…『何故』だ?」
「うふふふ。それは貴女の家で話すわ。結果自体は満足とだけ言いましょうか。」
ヴァイスは一体何を考えている?
得体の知れない俺の『姉』を名乗るモノは。




