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アリスプロジェクト:RE  作者: 黒衣エネ
第二章:拡散/白昼/自我
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EX:アルティメット・ワンⅣ

それは美しく、尊いものだった。


「噂の程はあったな。」


広い露天風呂に浸かりながら、俺は独り呟いた。



今居るのは目的地の温泉『柏木温泉』と言うガイドブックやテレビでも特集を組まれる程には注目されている温泉施設だ。


豊富な湯量から、かなり大きな温泉で、大浴場の最大収容人数は800人を超えると言う。

まぁそんなに入れば流石に窮屈どころか身動きするのも大変になるだろうが。


ただ、有名な温泉とは言え、流石に平日のこんな時間までは混んでいない。

少ないと言える程ではないが、大浴場の広さ故にまばらにしか人が居ないように感じる。



俺が今いるのは複数ある露天風呂の中でも石造りの広い湯船だ。周囲の枯山水庭園風の庭も雰囲気が有って良い。



体内のナノマシンが検出した温泉成分を表示する。とは言えそれを見るまでも無い、硫黄泉だ。

成分と同時に表示される温度は40℃程、俺にとっては丁度良い温度だが、人によっては少し熱いかもな。まぁ、露天風呂なら少しくらい熱めの方が良いと俺は思うがな。



「必要が無い、そう言えばそうなんだけどな。」


俺の身体は人間とは違う。そんな丁寧に扱わずともボディの洗浄、それこそ洗車みたいなやり方で構わない。


わざわざ人間と同じように風呂に入る必要も無い。



だが、それでは味気無い。


そうだな、俺が感じている温泉の温かさだとか気持ちの良さとかは、人工皮膚下のセンサーが情報として俺の脳やCPUに伝達しているに過ぎない。


それでも、俺は『風呂に入っている』と言う事を自覚できる。なら意味はあるだろう、少なくとも俺にとっては。



サイボーグになったとしても、記憶が曖昧でも、俺が人間だった事には変わりは無い。


なら、俺は人間としての在り方まで捨てるつもりは無い。もし万が一、人間に戻れた時の為にもな。


だから、俺は出来るだけ人と同じように生きるさ。





「隣、いいかしら?」


ふと声がした。


考え事が少し過ぎたようだ。こんな近くに来るまで、その存在に気付かなかったとは。




いや待て。



生体センサーやレーダーを装備している俺が『その存在を感知出来ない』だと?



顔を上げる。そこには一人の少女が立っていた。いや、その10歳にも満たない容姿は幼女と言っても良いかもしれない。



その小柄な体躯の少女は雪の様に白い肌を持ち、真っ白なストレートの長い髪を右手に絡ませながら弄んでいる。白い容姿の中で、その瞳だけは赤く揺れている。


美しい少女だ。この国の人間の特徴と大きく離れているその姿は、幻想的で現実感に乏しい。


触れれば消えそうな儚ささえ感じる。



「君は?」


そんな少女を前に、少し気を構えてしまった。


目の前の少女はその容姿に反して、雰囲気は少女のものではない。

微笑みを浮かべる彼女からは明確な知性を感じ取れ、赤く輝く瞳からは何処か底知れなさも薄っすらと感じる。



そして何より、目の前の少女は生体センサーに反応していない。

それが何であれ、生物ならばセンサーに反応するはずだが。それが反応しないと言うなら彼女は人間ではない、アンドロイドか何かだとでも言うのだろうか。


こんな精巧なアンドロイドが存在するとは思えないが。



「御機嫌よう、ツー。」


「俺を知っているのか?」


「ええ、よく知っているわ。」


言いながら、彼女は湯船に入り、俺の横に座った。



品のある、優雅な仕草とセンサーに反応しないと言うことで、何となく察しがついた。



「君は人間ではないんだな。そして、俺とも違う。」


「うふふ、聡いのね。貴女の言う通り、私は人間ではないわ。私の名は『ヴァイス』。貴方達サイボーグとは違うけど、私も兵器。貴女の『姉』にあたる存在、そういう認識で良いわ。」


彼女、ヴァイスはそう言った。



『姉』か、なるほど。


つまり俺より先に生み出された『兵器』としての『姉』と言うことだ。


そして、ヴァイスは俺がサイボーグであることも知っていた。


胡散臭いと思う所もあるが、ようやく俺を知る存在に接触出来た訳だ。このチャンスは逃せない。



「そうなら君とは少し話したいな。」


「私もその為に来たのよ、ツー。まぁ、温泉を楽しみながらゆっくりと話しましょう?」


彼女は言うと気持ちよさそうに伸びをする。


感覚はあるのか。なら、俺とそう変わらない身体の造りなのか。あるいは兵器と言っても人間に近いのか、はたまた俺以上のオーバーテクノロジーで構成されているのか。



視線が集まっているのを感じる。だろうな、ヴァイスはかなり目立つ外見だ。


華奢で小柄な体躯、生糸のような純白の髪に雪のような肌、深紅の瞳の持ち主で、その容姿は同性の俺から見ても所謂『絶世の美少女』と言って良い。




「さて、どこから話しましょうか?」


当のヴァイスはそんな視線など気にする素振りも無く、話を切り出してきた。

自由だな、俺もあまり人目は気にしないタイプだと思っていたが、それ以上かもしれない。



「まずは私達についてかしら。貴女は自分がサイボーグであることは自覚しているわね?」


「ああ、オーバーテクノロジーだがな。現行技術を大きく逸脱している。」


「ええ、貴方は極秘で開発された兵器、隠蔽された技術で構成されているわ。そして、あなたは現行の軍での作戦行動を念頭に置いて製作されたモデル。まだ試作段階ね。世代で言えば第2世代になるわ。」


極秘か、そうだろうな。今のこの国で、俺みたいな存在は余りに浮いている。



「そして、何体かのサイボーグが作られた。その中でも、貴女と同じく試作機として造られた、最初のサイボーグ、私にとっての『妹』達は貴女も含めて3人居る。」


「やはり、俺以外にも居たか。それらしい女の子を見た。長身で濃藍色の髪の子だ。」


あの事件現場近くで見た、長身の少女。あの子はサイボーグだった。



「貴女が見たその子の名前は『アリス』、あなたが言う様にサイボーグよ。貴女同様に最初期に作られたサイボーグで、全てのサイボーグ技術を試験的に惜しげも無く投入した世界で最初に生まれたサイボーグよ。」


あの子が、か?



「俺が言えた事じゃないが、それなら改造した組織か何かに管理・保管されているんじゃ?」


「貴女が今ここに居るように、サイボーグは外部からの制御に難が有ったの。アリスも半ば暴走状態で施設を破壊して脱出した。その後は完全に制御を離れたみたいね。」


そこは俺と似ている。俺も製作者が制御しきれずに何らかのトラブルを起こしたようで、放浪していた所を真に救われた形だった。


どうも、ヴァイスの言う通りサイボーグは制御に難があるようだ。軍用で作られたのなら、それは致命的欠陥だろう。




「で、サイボーグではないが兵器という君は?」


「私は計画ではなく偶発的に生まれた存在で、人工皮膚やナノマシン技術、そうした中で試作された疑似細胞が途方にも無い回数の自己増殖と自己進化を繰り返し、自我を持った存在が私。三次元の存在であり二次元の存在でもある。実体がありながら実体が無いともいえる『電子生命体』、最強の兵器にして『白き究極の闇』それが私よ。理解の範疇を超えていると思うけど、それで良いわ。私は科学とオカルトの境界の存在なのだから。」


なるほど、わからん。



つまりヴァイスは人間を素体にしたサイボーグでも、完全に機械のアンドロイドでもない。そして、偶然生まれた『兵器』らしい。

ヴァイス自身が理解の範疇を超えていると言う通り、俺ではまるで理解出来そうにも無い。



「ま、私を説明するには科学だけでは不可能よ。だから、私はそういう兵器だと頭の片隅に置いておくだけで良いわ。」


そう言うと、ヴァイスは立ち上がる。


「さて、貴女の家まで連れて行って貰っても良いかしら?姉妹で深夜まで話すのはどう?」


そうして、手を差し伸べる。



そうだな。


風呂場だけで終わりそうな話の量でもなさそうだ。

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