宝石
私は私、ただそれだけ
「姫見沢 有栖です。」
7月の朝、季節が変わり夏の暑さを実感できるような日、俺は夏の暑さで倦怠感すら覚えていた、そんな日だった
県立北上高校にはその日、転校生がやってきた。
夏休みの前と言う、何とも微妙な時期だ。普通は前後に時期をずらすだろう。新しい学校に慣れる為、皆に忘れられたりしない為、その理由はいくつもある。
珍しいのはやってきた時期だけじゃなかった。
顔付きは凛々しく中性的だが間違いなく女子だった。一方で身長は日本人女性としてはかなり高く180cmはある。バレーボールやバスケットをやってたと言っても違和感は無い。
ポニーテールにした長い髪は艶のある直毛で、黒色だが光の当たり具合では暗藍色にも見える。
長い手足やメリハリのある身体つきで、外国人じみた外観だが、その割には妙に古風な日本名を持っている。
そもそも『有栖』ってのは普通は苗字に使う。通常は名前に、特に女子に使うものではない。
分かりやすく美人ではあったので、クラスから(何故か主に女子から)歓声(やや黄色い)があがった。
「じゃあ、席は坂本の隣で。坂本、姫見沢は来たばかりだし色々よろしくな。」
「あ、了解っす。」
これまで傍観していた俺、坂本 重久は担任の指名を受けてしまった。
ごく普通の高校生だと自認している俺が、こんな特徴だらけの転校生の相手を任せられるのは些か荷が重く感じる。
「よろしく、坂本君。」
「おう。」
わざわざ律儀だな。どうやら転校生…姫見沢は真面目なタイプの人間なのだろう。
姫見沢は鞄を机の脇にかけると席に着く。
「よし、それじゃあ朝の連絡事項だが…」
そして担任がホームルームを始める。
***************
休み時間、教室移動、昼休み。
季節外れの美人転校生は暫くの間、他の生徒に囲まれていた。
割合的には女子の方が多く、男子はどちらかと言えば遠巻きに見ている。まぁ、近くに女子が居すぎるせいで単に近寄れないだけかもしれないが。
姫見沢は傍から見れば鬱陶しく見えるような無数の質問にも、特に嫌がる様子も飽きるような素振りも見せずに答えている。
律儀その2だな。
そんな姫見沢を見た感想を言うならば『結構変わった女子』と言う所だろうか。
姫見沢は決定的に『女子っぽくない』。
1つは一人称が『僕』だった。中性的な雰囲気には似合うだろうが、女子の使う一人称ではない。
2つ目は仕草が同年代の女子のそれとは全く違う所だ。
転校生だが、姫見沢は全く物怖じする様子が無い。それに高校生らしくない落ち着きもある。行動や態度だけ見れば自分たちより年上と言われても納得するだろう。
はしゃぎがちな周囲の女子との対比で、余計にそれが目立つ。
そして、外から見た感情の振れ幅が妙に小さい。
不愛想な訳ではなく、話しかければ言葉を返すし、その話題で微笑む事もあるが基本は無口で無表情だ。
と言うより俺が見た限り、姫見沢の表情は大きく2種類にしか変化が無い。
『無表情』か『微笑む』かだ。質問攻めされて困った表情すら無い。転びそうになったクラスメイトに足を踏まれた事もあったが、痛がる素振りや驚く仕草すらなかった。
慌てて謝るクラスメイトに微笑みながら『いいよ、気にしないから』って言うだけだ。
その微笑みすらも、感情が読み取りずらいものだった。
微笑みにも愛想笑いだとか照れ隠しだとか色々種類がありそうだが、姫見沢にはそれが無い。
失礼を承知で言ってしまえば、それはまるで『感情があるフリをしている』ように見えなくもない。表情の変化に乏しい人間は確かに居るが、姫見沢の場合は、どうもそれとは違う気がする。
「僕に興味があるの?」
「んぁ?」
突然の事に変な声が出てしまった。
机の脇に、いつの間にか姫見沢が立っていた。一通りの会話も終わったのか、もう姫見沢の周囲に人の姿は無かった。
時刻は17時半を回っている。放課後だからと言ってぼーっとし過ぎていたようだ。
「ずっと見てたみたいだから、さ。」
「あー悪いな、姫見沢さん。」
「有栖でいいよ、『さん』も要らない。それに気にしてないよ。」
言いながら姫見沢…有栖は腕を組みながら壁に背中を預ける。
今も有栖は微笑んでいる。相変わらず掴み所が無く、何を考えてるか良く分からない。
「坂本君。」
「どうした?」
「もう学校終わったし、僕と一緒に帰らない?」
(なんとなく)ちょっと身構えてた俺に、有栖はそんな提案をしてきた。
そう言えば、自己紹介の時に言ってた有栖が住んでる場所は、俺の家の方向と一緒だ。
「あー、いいよ。」
断る理由も無いし、了承した。
*****************
夕方の街を二人で並んで歩く。
俺の隣に立つと、有栖の長身がより目立つ。俺も身長は別に低くは無いが、女子にも関わらず有栖は俺より身長が高い。
「有栖は独り暮らしだったりするのか?」
「そうだよ。」
まぁ折角一緒に帰っているのに、ただ黙って歩いてるのもどうかと思って話題を振ってみる。
それに対して有栖は直ぐに答えを返した。やっぱり、話しかければ答える。
ただ、自発的には殆ど話そうとしない。現に今までで有栖が自分から話しかけてきたのは、俺を一緒に帰ろうと誘ったあの時だけだ。
自己紹介の時だって、担任に促されたから話したに過ぎない。
俺の頭からはずっと違和感が消えない。
「御両親は遠くに住んでるのか?」
先程の話題に関連する形で聞いてみたその問いに、今度は有栖は微笑みながら首を左右に軽く振った。
後悔した、聞くべきではなかった。
有栖の両親は恐らく…
「…悪い。」
「いいよ、気にしてないから。」
俺の謝罪に有栖は微笑みながらそう返した。
学校にいた時も同じセリフを聞いた。あの時と声色も表情も一緒だった。俺の不用意な質問にも、何も感じていなかった。
普通は気を悪くしたり、怒ったりしても良いはず。
しかし、有栖の反応に特に変化は無かった。
「有栖…」
「変、かな。僕もそう思う。」
続きを言う前に、有栖は言った。
自発的に、自ら。
出会ってからまだそんなに経ってないけど、有栖が自ら言葉を発するのは珍しい事のはず。
なら、これは。
「どこか浅い所でしか、僕は思ってる事を表せてない。僕は、感情があるフリをしてるだけなのかもね。」
微笑みながらそんなふうに言う有栖。
自虐にも聞こえるそんなセリフを、でも有栖は自虐の意を込めて言ってはなかった。
淡々と言うだけだった。まるでそれが事実だと言わんばかりに。
「そんなことは…」
ない、そう言いたかったが、俺は言葉に詰まってしまった。有栖のその言葉を否定しきれなかったから。
「気を遣ってくれてありがとう、でもいいんだ。」
またあの内心を読み取れない微笑みを浮かべながら、有栖は言う。
「正直に言えば、キミと一緒にこうして帰ったのも確認や僕自身がどうなるか見てみたかったからだ。」
いや、どういうことだ?
「僕自身は何か変化があったかと言われると微妙だけど、そうだね…いつもよりは口数が多いかな?」
待て、これで有栖は良く喋ってる方なのか?
有栖は周囲とのコミュニケーションは問題無く取れてる。話しかけられれば答えもするし少なくともクラスメイト達の印象は悪くない。
でも、自発的に話すことはほぼ無い。話しかけられなければ一日中黙ってるだろう。
それでも『何時もより口数が多い』だって?
「思考パターンは特に変化は無い筈なのにね、これが『感情の振れ』なのかな。」
有栖?何を言って…
「じゃあ、僕はこっちだから。」
ふと見ると、有栖は俺の家とは別の方向の道を指さしていた。どうやらここの先が有栖の家がある場所らしい。
「お、おう。そうだな、じゃあこれで。」
有栖の言葉は良く分からないが、気にしても仕方ないだろう。今日はここまでだ。
「うん、坂本君。」
またね。




