機械仕掛け
やはり、どこまで真似しても、成り切れないのだろうか。
「ガス爆発か、この状態でそんな報道をしても誤魔化せるもんだな。」
高橋教授に身体を診てもらった次の日、俺は件の学校に来ていた。当然、昨日教授に聞いた話の真偽を確かめる為だ。
未だに警備員(装備的に警備員ではなく警察か?)がうろついている辺り『やましい事してます』って白状しているもんだ。
俺は帽子を目深に被り、顔(特に目元)を隠しながら、遠巻きに現場を覗く。
視界に捉えさえすれば、俺の眼に内蔵された高精度カメラなら、ズームして現場を観察するのは容易い。
…まぁ、昨日『誰かに見られてる』と思って周囲を見ても対象を絞れなかった程度のものだ、過度に頼るべきではないだろう。
「どう思う?高橋教授、真。」
俺は自身に内蔵された通信機を介して教授と真に尋ねる。
俺のカメラを介して、今教授の家で二人共俺が見ている景色と同じモノを見ているだろう。
「まぁ、どう見ても爆発による壊れ方じゃないねぇ。」
「教授の言う通りですね、確かに火災の痕跡はあるけど、爆発があったにしては綺麗に残ってる場所が目立ちすぎる。」
俺も二人の意見に同意だ、どう見ても黒だ。絶対何かを隠そうとしてる、それも公に出来ないような何かをな。
遠くから現場を覗いても、警備する人員が複数見えるのに対して『現場を調査する』人間の姿が全く見えない。そして外から見ても詳しく調査した痕跡に乏しい。
まるで『積極的に調査しようとしていない』ように見える。
「これだけでは判断出来ないが、何かを隠したいってのはほぼ間違いなさそうだ。そしてお偉いさんが何かを隠すのは『それが公に出来ない』ような事ってのが相場ってもんだ。」
この件に俺と同じサイボーグが関わっているかはまだ断定出来ないが、怪しんでおいた方が良いだろう。
「これ以上は分からんな、一旦帰ろうか。」
そう二人に言った時だった。
「あれは!?」
件の現場の少し離れた位置を歩く、一人の少女。この場所に用事があったのかは分からないが『この場から立ち去ろうとしている』様にも見える。
少女と言っても、その身長は180cmを超える長身の持ち主で、俺と違ってスタイル抜群で発育の良い身体を学生服に包んでいる。
黒にも暗い濃藍色にも見える長い髪をポニーテールにした、同性の俺から見ても美人だと思える、目立つ容姿の少女。
だが、俺が注目したのはそこじゃない。
「あの眼、普通の眼じゃないな。」
抽象的な意味じゃない、文字通りの意味だ。
外から見れば分からないだろうが、その眼の中身は『俺と似たようなもの』だった。俺の眼は、その内部構造さえ透視する。
つまり彼女は『サイボーグの眼』を持っている。それが示す意味は、考えるまでもない。
「真、教授。今サイボーグらしき少女を見かけた。」
「なんだって?」
「追いかけるのは難しいか、流石に距離がある。」
後を追いかけようとしたが、それには離れすぎていた。少女は路地へと入ってしまい、見失った。
「俺のカメラ映像は録画しているな?分析してくれ。」
だが、その姿は俺のカメラが捉えている。
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「ふむ、この子はツー君が言ってた眼についてだけじゃなくて、表情や仕草そのものにも違和感が少しあるな。まるで『人間らしい仕草』と言うものを意図的にやっているようだ。」
録画したカメラ映像を見ながら、高橋教授はそんな感想を漏らす。
「やはり彼女は俺と同じサイボーグか。で、彼女が着ていた制服は、この辺の高校の制服だったか?」
「うん、県立北上高校の制服だね。」
ふむ、真が言うその高校には聞き覚えがあるな。
「何とかして接触出来れば良いんだが、まぁ連絡手段なんて無いしな。あの学校の周囲をふらついて、偶然出会うのを待つしかないか?」
「うむ、私も大学にはそれなりに顔は利くんだがなぁ。と言うか、大学だったらツーを私の研究室に待機させて、目的の人を呼べばいい。」
高橋教授は人工臓器や神経系等の分野の権威だ。だが件の少女は県立高校の生徒だから、流石に教授のコネでもどうにもならんだろう
「そう言えば大学で思い出したが真君、涼ちゃん教授とは最近連絡は取れているのかね?最近話題を聞かなくてなぁ。」
「いえ全く、電話にも出ないですし。まぁ姉さんは研究漬けの上に海外も飛び回ってるので。」
真は困ったような笑みを浮かべる。
少しは心配しているが、いつもの事、そう割り切っているようにも見える。
今話題に出た真の姉『涼ちゃん教授』とは『七重 涼』博士のことだ。
真の7歳上の姉で、解剖学と人工義肢研究の第一人者であり、天才的な人工臓器・義肢の開発者でもある。
まぁ、俺は会ったことは無いが。
「涼ちゃんは常に忙しいからな、私より研究の虫だ。生き急いでいるとも言える。」
高橋教授より研究の虫ってことは、高橋教授よりも変人なのだろうか。
「本当は涼ちゃんにもツー君を診せた方が良いんだろうが、居ない人間をねだっても仕方ない。やはり件の子を探して、話を聞くのが色々と近道になるかもな。まぁ探す方法の問題はあるにせよ、だ。」
「そうだな、ようやく見つけた手掛かりだ。」
まずは彼女への接触を目標としよう。ひょっとしたら記憶障害が起こっている俺より余程色々知ってるかもしれない。
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「…ふぅ。」
夜、自宅で熱いシャワーを浴びる。
俺に人間的な意味でのシャワーを浴びる行為は必然ではない。せいぜい、機体に付いた汚れを落とすと言った理由しかない。
人間で言う『疲れを取る』だとか『温まる』だとかは、俺には不要だ。なんなら熱いシャワーである必要も無い。冷水でも十分汚れを落とす役割は果たせるし、俺は人間と違って冷水でも何の問題も無い。
だが、そういうふうに何でも合理性で片付けてしまえば、それは『人間らしくない』。
俺がヒトであった以上、それは忘れてはいけない事なのだろう。
ツー・リザイト。
俺が自分の名前として認識しているものだ。肉体年齢は改造前の時点で14歳。
ツー・リザイトがどんな人間だったのか、俺はよく覚えてはいないが、今みたいに考え振舞う俺自身が、ツーと言う人間の本質だったのだろうと思う。
人の本質なんて言うのは、そう容易く変わりはしない。記憶を失っても『どんな人間か』は、身体と心が覚えている。
俺は、サイボーグになったからと言って『人』から外れるつもりはない。
湯を止めて、鏡を見る。
まぁ胸は洗濯板で身長は低めだが、身体そのものは貧相ではないと思う。スポーツをやっている人間のような体躯だ。
殆ど人と変わらない裸身だが、ごく違う点があるとすれば、腰の部分の両方の腸骨付近に細い金属が張り付いている点と、右胸と鼠径部に『IT-22』の刻印(鼠径部の方にはバーコードのような刻印も)が施されている点か。
これがサイボーグとしての差別点で、『IT-22』は俺の型番だろう。
まぁ他にも普段は隠されてるがUSBポート等の外部接続端子も身体にあるがな。
バスタオルを手に取り、身体を拭く。
さて、取り敢えず明日は例の高校に行ってみるか。




