プロローグ
全てのモノには等しく終わりが存在する。
生まれたモノは、何時か必ず朽ち果てる。
命には必ず死がある。
全ては最後を迎える為に、存在している。
私たちは誰もが死に向かい、生き続ける。
誰もが、死と云う概念に縛られている。それを『生きると言うこと』と呼んで。
人は誰しもが、それを疑わず、また異を唱える事も無い。
ヒトと言う種の持つ知能が、それを『理解』させている。何と聡いのだろうか。
だからこそ、人は愚かだ。
動物はそれを『理解』などしない。
理解する必要など無いからだ。
それが自然である以上、彼らはそれを考える事など無い。
ただ燃える炎の如く我も無く執も無く、ただ生きる為に命を繋ぐ為に『生きる』。
死を前提になど、しない。
人は優れた知能を持つが故に、此岸と彼岸を別った。
自分たちとそれ以外の生物を隔てた。
その名も無き概念に『死』と言う名前を与えた。
人は死の訪れを確信しながらも、死を恐れる。
それは死の『先』を思うから。
判然としないもの、存在が保障されないものを恐れ、自ら定義したにも関わらず、それから逃れようともがく。
自らが定義した必然、しかしそれを回避しようとする。
知性を得たが故の愚かしさ。
矛盾した行動と意志。
もし、数多の宗教が謳う様に、この世界に『神』が存在するのならば、何をもって人間に知恵を与えたのか?
その創造主は、この結果を予見していたのだろうか?
そして、その目的は一体、何であったのだろうか?
そうした疑問すらも『神』ならぬ身には理解出来ないとでも言うのだろうか。
そんな矛盾した手に余るモノを与えられた人は、それを寄越した創造主にやがては異を唱え、疑問を投げかけ、そして反旗を翻すのだろうか。
『どうしてこんなものを渡したのか?』と。
そんな事すらも、あるいは想定されたことなのか。
そんな矛盾が、恐らくは私を、私たちを生み出したのだろう。
死を逃れようとする意志と、死を与えると言う目的。
矛盾した2つの側面を持つ私たちサイボーグ。
まるでその矛盾に決着をつけようとするかの如く、まるでその不可思議なモノを与えた『神』に反抗し、刃を向けるかの如く。
だが、そんな私たちでさえ、矛盾を抱えていた。
その目的を履行させる命令と、それを拒む意志。
まるで、繰り返すように。




