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アリスプロジェクト:RE  作者: 黒衣エネ
第一章:起動/黎明/標
24/41

End Time

これは始まりでしかない。既に我々は生み出された、人の歴史は戦いの歴史。その新たなるページは我々が記すだろう。生きるか死ぬか、この先は希望と絶望の物語ではない、進化と戦争の物語だ。



「シクススちゃん!」


夏美が叫ぶ。

敵対していても、踏み潰されたシクススの安否が気になる辺りが夏美らしいが、今気にすべきは(少なくとも優先順位的には)そこではない。




「イグニス、キミはアレに気付けたのかい?レーダーに妙な反応はあったけど、流石にそこまで対処は出来ないと思ったから一旦無視したんだけど。」



「…シクススと同じく、あたしのレーダー類も若干機能不全だったのよ。それに、あんたと同じでそこまでリソースを割く余裕はなかったわ。」



黒色のソレは全長15mはある二足歩行のロボットだ。見ただけで重装甲だとわかる重厚なボディに、右肩には巨大なガトリング砲のようなものを、左肩にはミサイルランチャーを積み、巨大な戦鎚を手にしている。


宙から落下してきたそれに、誰一人気付けなかった。これ程の巨体のロボットにだ。


イグニスの作戦でレーダーやセンサーの反応が鈍くなったのは理解したが、どうもそれだけが原因とは思えない。




「ははははははは!そうだとも、この最新鋭の戦闘兵器『AM-18:スパルトイ』にはセンサー探知を阻害する所謂ステルス機能があるのだ!」


その時、目の前の巨大兵器『スパルトイ』から男性の声がする。


その声を聞いて、イグニスが目を開き露骨に軽蔑するような表情を浮かべた。イグニスはこの声の相手を知っている、そして快く思っていない相手だというのは見て取れる。



「クリストフ…」


「中佐殿を付けんか、裏切り者め。まぁ貴様程度、ここで始末するからどうでもよい。貴様は戦闘不可で『AR-01』も消耗している以上この『スパルトイ』の敵ではない。『MR-06:シクスス』を捨て駒として消費した成果があったと言うものだ。」


ああ、成程。俺も嫌いだわコイツ。上から目線なのもそうだが、シクススを捨て駒(しかも自分で踏みつぶして置いて)だと?



「…シクススと同時に僕らを攻撃したらそっちの被害も少なかっただろうに、何で後から来た?」


「決まっているだろう『AR-01』、中佐であり科学者のこの私に万一があったらどうする?そういうのは消耗品どもにやらせて文字通り相手が消耗するのを待てばよい。そしてその戦略は見事大当たりだったという訳だ。」


最低、そういう言葉しか思いつかないな。夏美が俺の横でかなり不快そうな表情してるが、こいつがこんな表情するのは俺も久々に見たくらいレアだぞ。



「不服そうだな、一般人共。まぁそれでも貴様等はこうやって何も出来はしないだろう。」


巨大兵器が戦鎚を構え、ガトリング砲の銃口がこちらを向く。有栖が俺達を庇うように立つが、幾ら有栖でもこの場の全員は守れない。有栖があの兵器『スパルトイ』より性能が勝ったとしても、ガトリング砲と戦鎚による同時攻撃2つから、ここにいる全員をカバーするのは不可能だ。

『スパルトイ』を瞬時に倒すのも現実的じゃない。有栖が攻撃するのと同時に相手もこちらを攻撃するだろう。


手詰まりだ。



「さて、では『AR-01』以外は死ね。」


そう言って戦鎚が大きく振りかぶられ、同時に有栖が姿勢を低くし、走る構えを見せ




―――――――――――――――



そして、その戦鎚は振り下ろされなかった。


「な!?」


狼狽するクリストフ中佐の声、唖然とするイグニス、口元を抑えて驚愕する夏美、警戒を解かない有栖。



「無様だな、貴様の言う作戦がこれか。」


手にした『スパルトイ』の片腕を投げ捨てながら吐き捨てるように言うのは、いつの間にか俺達の前に立っていた女性だ。


腕をもがれた『スパルトイ』は一歩後退し、崩れた体制を立て直しながら片腕で戦鎚を構える。



そして、その女性は俺達の方へゆっくりと振り返る。


長い赤毛の髪に如何にも厳格そうな表情の推定30歳半ば程の女性で、有栖やイグニスが着ているのとよく似たボディスーツを着ており、その上から黒いロングコートを羽織っている。

手には分厚い金属の装甲を施されたグローブを、脚にもやはり装甲が付いたブーツを履いている。


そして、その容姿で一番気になるのは、その女性はイグニスに似ていることだ。どちらかと言えば『イグニスを30歳程度まで成長させればこうなりそう』な容姿をしている。



「クレイス…あんた。」


「ク、クレイス准将閣下殿!?これは一体どう言う!?」


その名前には聞き覚えがある。イグニスが前にそんな名前を口にしていたのを思い出す。



「貴様の無能には最早弁明の余地無しだ、だから私が来た。」


「し、しかしあの連中をもう一歩で全員始末した上で『AR-01』も確保可能です。」


そうだ、イグニスの話通りなら『クレイス』という人物は敵方で、クリストフ中佐とは味方同士のはず。ここで邪魔をするメリットは無いし、何なら組織への裏切り行為とされても可笑しくない。



「…と言うのは建前でな。貴様は『シクススの戦士としての誇りを穢した』、それが許しがたい。」


「なっ!?たかが兵士の一人に…」


「そうさな、確かに貴様の行為に目を瞑っていた方が組織のプラスにはなる合理的な判断だ…貴様の手際の悪さはともかくとして。だがな、合理を理由に矜持さえ理念さえ捨てるならば、我々サイボーグは何の為に戦う?我々は改造を受け入れてまで何を目指した?」


つらつらと述べる『クレイス』。声音こそ冷静だが、そこには静かな怒りが明確に含まれている。


「親愛なるジャクソン中将への忠も無く、国を護る意志も無く、譲れぬ矜持も無くただ合理的を理由に何でもする。それこそ『人でなし』の所業であろうよ。」




「…黙っていれば好き勝手に、貴殿も組織への反逆の罪で処分してくれる!」


逆上したクリストフ中佐はミサイルポットから追尾ミサイルを連射し、肩のガトリングでクレイスを撃つ、そして退路を塞ぐように上段から戦鎚を振り下ろす。


クレイスは左右にステップを踏むようにガトリングの弾を回避すると、振り下ろされた戦鎚の角部分を撫でるように振り払うと、戦鎚は急に横に逸れ、クレイスの真横に叩き付けられる。


続くミサイルの弾幕が降り注ぐが、クレイスは両手でそれらを撫でるように振り払っていくと、ミサイルは不自然に方向を変え、あらぬ方向へ飛んで行って見当違いの場所に着弾して爆発した。



一体、今何をした?



「近接格闘特化型、第2世代サイボーグ『IG-15:クレイス』、あたしの知る中では、試作機のアリスを除けば最強格のサイボーグよ。軍隊格闘術に加えて複数の武術に精通し、独自の格闘術まで使いこなす近接戦のスペシャリスト。しかもあれは『プログラムによるものじゃない』自分の鍛錬と経験に裏打ちされたもの。」


イグニスが説明するが、今の神業は説明されても中々理解出来るものじゃない。ミサイルに対して合気道まがいのことでもやったというのか?



「このっ!」


今度は横薙ぎに振るわれる戦鎚を右手で触れながら擦り上げるように振り払うと、やはりその鎚頭は急に方向を変え、空を切る。


そして、クレイスが反撃に転じる。


素早く繰り出された一撃目の回し蹴りで『スパルトイ』の手から戦鎚を弾き飛ばし、ニ撃目の回し蹴りで弾き飛ばされ宙に舞った戦鎚を蹴り飛ばすと、それは『スパルトイ』の頭部に直撃し、その装甲を大きく凹ませる。


思わず体勢を崩した『スパルトイ』の隙を見逃さず、クレイスは駆け出し瞬時に距離を詰めると目の前で跳躍し、右腕を引く。


「『内衝』」


がら空きの胴体にクレイスの掌打が叩き込まれると、同時に風切り音が鳴り『スパルトイ』の胴体を貫通し巨大な穴が開くと同時に装甲が潰れ弾ける。


致命的な損傷を受けてふらつく『スパルトイ』にダメ押しとばかりにクレイスが跳び蹴りを喰らわすと、その巨体は軽々と吹き飛び、ビルに叩き付けられ遂に機能停止した。



瞬殺と言うに相応しい、クレイスの圧勝だった。


「…強い。」


有栖が呟くが、その通りだ。今まで見たどの兵器やサイボーグより(実力の底が見えなかったヴァイスを除けば)、クレイスが一番強いと思う。

単純な性能ならともかく『戦うこと』ならば、今の有栖すら上回るかもしれない。





「准将…閣下…」


「シクスス、何か言っておくことはあるか?」


そのクレイスは瓦礫の山から、何者かを抱き上げる。



それは既に四肢がちぎれ、胴体すら金属骨格が見えるまで損傷したシクススだった。微かに呼吸をしているが、もう長くはないだろう。


流れる人工血液がクレイスを濡らすが、それを気にも留めずにクレイスは腕の中の『同志』に問いかける。


『言い遺す事はあるか』と。



「後は…御頼みします…我らの…戦いを…」


「ああ、お前の意志は我々が引き継ぐ、今までよくやってくれた。」


それを聞いたシクススは安堵したように力が抜けた。どうやら事切れたようだ。



そして、シクススの遺体を抱えたまま、クレイスがこちらを向く。

有栖に再び緊張が走り、剣を構える。



「ここで疲弊した貴様等を討ち取るのが合理的な判断なのだろうが、それではシクススの戦いに泥を塗ることになるだろう。何より信念さえ捨て目的だけ追い求めては、亡きジャクソン中将も嘆くであろうよ。故に、今回は身を引こう。」


よくわからないが、クレイスは今は戦う気は無いらしい。


そしてクレイスは怪訝そうな表情の夏美を見る。


「私の容姿がイグニスに似ていることが気になるようだな、相沢夏美。」


「あーっと、その、クレイスさんはまつりちゃんのお姉さんなのかなーって…」


「まつり…そうか、君はイグニスをそう呼ぶのだな。私はイグニスと血縁関係は無い。」


「じゃあなんで…」



「ねぇ重久、あたしのサイボーグ手術の適合率が高かった話をしたのを覚えてる?」


「ああ。」


かつてイグニスと戦った時『適合率がまぁ高かった』って言っていたな。



「厳密にはあたしの成功率は80%以上、他からすると破格の数値よ。」


「そうだ、イグニスの適合率が高水準だった故に、私は自身に遺伝子改造と肉体改造を施し、自分の性質をイグニスに近づけてからサイボーグ手術を行った。これにより私のサイボーグ手術成功率は50%まで上がった。この容姿はその結果だ、遺伝子や肉体の性質をイグニスに近づけたのだから、イグニスに似るのは当然であろうよ。」


何てことだ。この人は自分を捨て去ってまでサイボーグ手術を…



「そこまでして、一体貴方は何を目的にしているの?」


「約束があるからだ、私が全てを掛けるに足る約束がな。」


そこまで言うとクレイスは背を向ける、撤退する様だ。



「あの!その約束って…」


「…ある素晴らしいダメ男の途方にも無い夢だよ、私もシクススも他の同志も、それに共感したから、こうして信念を持ち戦っている。」


それだけ言うと、クレイスは驚異的な跳躍力で飛ぶと、瞬く間に姿を消してしまった。




にわかにポツリポツリと雨が降り始め、地面を濡らす。



戦闘は終わり、次第に周囲から救急車のサイレンが聞こえ始めた。


敵からの襲撃は一段落し、敵方の幹部らしき人々も撃破された。


だが新たに謎が、そしていずれ相対する事になるだろう人とも出会った。



そして、クレイスやシクススが口にした『ジャクソン中将』なる人物(恐らく故人)。この人物の何かしらの思想が影響しているようだが、まだ詳しい事はわからない。



「取り敢えず帰ろう、イグニスを休ませなきゃ。」


有栖の言う通り、イグニスは怪我を自己修復しつつあったが、まだ休息が必要だ。



今は分からないことに気を回してもどうにもならない。

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