アリス・セッション:急
それは悲しい、お互いを否定し合い只壊し合うだけの戦い。
「『UC-08』は『AR-01』と『IG-11』を抑え、『US-06』は自分の直衛として連携せよ。」
シクススの指示に従い、アンドロイド達が動く。
『US-06』2体はシクススの少し前に立ちアサルトライフルを構え、黒く大柄なアンドロイド『UC-08』が1体ずつ、有栖とイグニスの前に立つ。
「重久と夏美は狙わないのね。さっきまでけしかけてた『US-06』も、あたしたちを誘導するのが目的で実は二人を狙って殺すつもりはなかったんでしょ?」
「イグニスなら防ぐと思っていたので、そこまで無法ではありません。」
「真面目ね。とは言え『UC-08』かぁ、あたしにはちょい骨の折れる相手ね。」
対峙するイグニスに向かって『UC-08』が左フックを放つ。素手のまま武器を取り出す事も無かったので、格闘戦に特化した機体の様だ。
イグニスは4本のアームを総動員してその拳を受け止めるが、それでも『受け止める』のが精一杯のようで、4本のアームがプルプル震えている。
あのアンドロイドは『US-06』より遥かに怪力なようだ。
「隙ありであります。」
「くっ!」
受け止めるイグニスにシクススとその取り巻きのアンドロイドが一斉に射撃する。
そう、これは格闘試合じゃなくて戦闘だ。最初からシクススは自身は遊撃できる位置に立ち『UC-08』に前衛をさせ、隙を見せた相手に追い打ちをかける布陣を取っている。
『UC-08』を抜けてしてシクスス自身を狙おうにも、その前の『US-06』が足止めをし、その間にシクスス自身が軽機関銃を叩き込む。
「イグニス!」
「余所見する余裕は無いですよ?」
イグニスに走り寄ろうとした有栖を『UC-08』が右ストレートと共にブロックする。有栖はその一撃を躱し回し蹴りを叩き込もうとするが、瞬時にシクススが軽機関銃を発砲してそれ以上の追撃をさせない。
再び『UC-08』が強烈な右フックを放つが、有栖はこれも回避し反撃しようとするが、それも『US-06』がアサルトライフルで牽制し、反撃に移行させない。
これは厄介な状況だ。シクススの指示が2人の反撃の機会を的確に潰している。そして自分への攻撃は前衛のアンドロイドがブロックするせいで届かない。
数の利点を最大限に利用している。このままでは攻め手が無い。
「きゃあっ!」
「まつりちゃん!?」
有栖に注視していた間に、イグニスが『UC-08』のアッパーを受けて吹っ飛ばされた。
地面をゴロゴロ転がるが、4本のアームを操作して素早く立ち上がる。
ボディスーツが所々裂け、傷から少し血(恐らく人工血液)が滲む。
「大丈夫よ、多少ダメージは入ったけど、自分から跳んだからある程度の衝撃は相殺出来てるわ。」
イグニスはそう言うが、肩で息をしている。
イグニスは自分を『制圧型』と言っていた。4本のクローアームで複数の敵を攻撃出来るからだろうけど、その体躯の通り、純粋なパワーは(有栖に比べれば)低い。
それどころか、パワー自体あの格闘機よりも低いように見える。
それにおそらくイグニスは格闘戦向けじゃない。対して相手のアンドロイドは格闘機体の上にシクススの援護射撃と牽制まである。
一対一ならともかく、現状はイグニスにとって不利な状況だ。
「時間はかけられないね…使うしかないか。『Zero System』起動。」
そんなイグニスを見た有栖はそう言うとあのコマンドを唱える。イグニスを圧倒した特殊プログラム『Zero System』だ。
有栖の眼が紫色に光る。
システムの起動を確認し、今度は有栖が先に仕掛ける。それに反応して『US-06』が牽制射撃を放つが、有栖は驚異的瞬発力でそれを回避すると『UC-08』に強烈な蹴りを叩き込む。
『UC-08』は両腕でガードするが、威力を殺しきれず腕の装甲が大きく凹み体勢を崩す。それでもバランスまでは崩さず踏み留まれる辺り、格闘機に相応しく体幹が強い。
それ以上の追撃はさせないとばかりに『US-06』とシクススが同時に発砲するが、有栖はそれを大きく跳躍して回避、次の瞬間に『UC-08』の頭を蹴り潰す。
頭の装甲を凹ませ、膝を着くがそれでも『UC-08』はまだ機能停止しない。頑丈さも今までのアンドロイドとは比べ物にならないようだ。
「『IG-11』に追撃せよ。」
それでもシクススは冷静に指示を出す。ダメージを受けているイグニスから先に潰して均衡を崩そうと言うのか。
「舐めないで、あたしだってそう簡単に壊されないわ。」
イグニスを狙って襲い掛かる『UC-08』に、イグニスは大破した車をアームで掴み持ち上げると、それを『UC-08』に叩きつける。
『UC-08』はそれを怪力で軽々受け止めるが、それがイグニスの狙いだったみたいだ。
4本のアームを素早く『UC-08』の脚に巻き付け転倒させると、再び車を持ち上げ転んだ『UC-08』に叩きつける。
姿勢を崩していただけあって、今度は受け止められず直撃、車の下敷きになった。
『US-06』の牽制射撃は車の陰に隠れて回避すると、車を持ち上げようともがく『UC-08』をクローアームでなんとか押さえつけながら、車に手を入れて何かをする。
「ぶっ飛べ。」
そう言った次の瞬間、イグニスは飛ぶように跳躍してその場から大きく離れると、その途端車が爆発炎上した。
一体あの時何をしたんだ?
『UC-08』はそれでも燃える車を押しのけながら出て来るが、外装は衝撃で大破し火花を上げていて、その動きはぎこちない。
流石に致命的なダメージを負ったようだ。
「さて、これでこっちはなんとかなりそうね…アリス!」
「わかってる。」
イグニスの声に呼応し、有栖の動きが更に加速する。
『UC-08』の右ストレートに対してその腕を撫でるように振り払うと逆に左拳でのカウンターの一撃。胸部装甲が破壊されながら大きく後退するが、そこに牽制射撃が飛び、有栖にそれ以上の追撃をさせないようにするが、有栖はあろうことか逆に前に突っ込む。
最小限の体重移動で銃弾を避けながら突っ込む有栖。銃弾が掠り、一滴の血が頬と左太腿から流れるが、牽制を掻い潜った有栖の先には、もうバランスを崩した『UC-08』しかいない。
転瞬、有栖の回し蹴りが装甲が大破した胸部にクリーンヒットし、『UC-08』は上半身がもげるように破壊され地面に崩れ落ちる。
それ以上は動かず、どうやら機能停止したようだ。
反対方向ではイグニスがアームで持ち上げた近くの自販機を何度も何度も半壊した『UC-08』に叩きつけ、有栖の回し蹴りと同時にボロボロになった『UC-08』をぶっ壊していた。
これで前衛2機は機能停止。
同時に有栖の『Zero System』の制限時間が過ぎ、有栖の眼が通常の青色に戻る。
残るは『US-06』が2機と、シクススのみ。
「…では次の手に移行するまで。少しだけでも2機の足止めを。」
シクススはそれでも落ち着いた様子で腰に装備した何らかの端末のボタンを押すと後方に大きく跳躍し、距離を取る。
代わりに『US-06』2体が前に出てアサルトライフルを構え、その2機を遮蔽にしてシクススも軽機関銃を構える。
「流石にそいつらじゃ防げないわよ。」
イグニスはクローアームを展開し、その内1体に攻撃を仕掛ける。有栖ももう1体に同時攻撃だ。
そう、イグニスの言う通り、先程まで有栖とイグニスを抑えていたのは格闘機の『UC-08』を前衛とし、シクススを含む3機が遊撃に徹していたからだ。
前衛が破壊され、均衡が崩れた今となっては『US-06』の性能では2人を相手にするのは無理だ。
幾ら後方からシクススが牽制射撃を放っても、先程までと違いその攻撃はどちらかにしか届かない上に弾幕の密度自体も単純計算で先程の三分の一程度しかない。
だが…
「シクススは『足止め』と言ったわね。」
「うん、確かにそう聞こえた。」
2機のアンドロイドを破壊した有栖とイグニス。そしてアンドロイドを盾にしながら、後方に少しずつ後退していたシクススとの距離は70m以上離れている。ここから瞬時に間合いを詰めるのは流石に2人でも無理だ。
2人がアンドロイドを機能停止するまでにかかったのは十数秒程度だったが、シクススの言う『足止め』には成功したのだろう。
「はい、時間は十分稼げたのであります。『AW-019:テンペスト』の到着までの。」
シクススがそう言った瞬間、爆音を上げながら上空から飛来したのはステルス機のようなフォルムに、円形のコクピットブロック、そして両翼にある自在に可動するエンジンが4つ。
どう見ても垂直離着陸機の類が(それもコクピットには現在無人の)、シクススの背後に着陸する。
こんな機敏な動きと滑らかな着陸、現行の技術から逸脱し過ぎだ。
「しげちー、あんなの見た事も聞いたことも無いよ…」
「俺もだよ。」
恐らく、秘密裏に開発されたサイボーグ専用機だろう。サイボーグ技術がある位だ、今更隠された技術が他に有っても何も不思議じゃない。
「ここからが本番でありますよ、状況開始。」
自動でオープンした垂直離着陸機『テンペスト』のコクピットに、軽機関銃と盾を放棄しながら飛び乗るシクスス。
直ぐに『テンペスト』はホバリングを開始し始め、その武装をこちらに向ける。
パッと見て分かる装備された武装は小型ミサイルランチャーと機関砲だ(他に銃口のようなものが幾つかあるが)。
「アレはヤバいわね。アリス、アレ落とせそう?」
「装甲自体は突破できる。でも、空中を高速移動するあれに飛びついて一撃を叩きつけるのは容易じゃないよ。」
「だよねぇ。でもやるしかないわ…来るわよ!」
そして、その2門の機関砲が火を噴いた。




