アリス・セッション:序
戦いは差別しない、差別無くその命を脅かすだろう。
それが標的であろうと、巻き込まれた哀れな犠牲者であっても。
『戦争』は『敵』と『犠牲者』を区別したりしない。
夜の住宅街に連続で爆発音が響き、直ぐに警察車両や消防車のサイレンの音が聞こえ始める。
人々の悲鳴や叫び声があちこちで上がり始め、すぐに混乱が起こり、車が道路に溢れ人々は少しでも住宅街から離れようとしていた。
明らかな非日常が、住宅街を襲う。普通に暮らしていればまず聞くことの無い音と、明確に迫る危険が、猶更人々を混乱させる。
既に黒い煙が上がっている。程無く、火災となるだろう。
「一体何が起こったんだ?」
既に俺の家には有栖と夏美、そしてイグニスが揃っている。爆発音が聞こえた時点で、有栖が夏美を連れて直ぐにやって来た(イグニスは俺の家に住んでいる)。
「目的は分からないけど周辺地域に数体の『US-06』が展開されてるのを僕らのレーダーが感知してるから、その手合いが引き起こした自体には間違い無いと思う。」
今までは悟られないように、俺を暗殺のような形で消すつもりだと思っていた。
しかしここに来て、明らかに目立つ形で行動を起こした辺り、どうやら向こうも焦っているのだろうか。
それとも後で幾らでももみ消せるのか、目撃者は全員消すつもりなのか。俺の命を狙っている以上、何人に危害を加えてもどの道同じと開き直っている可能性は十分にある。
「ただ、四方から聞こえる爆発音の割には、レーダーとセンサーに引っかかったアンドロイド兵器の数は少ない様だね。」
「音からして恐らくグレネードランチャー(榴弾投射機)による砲撃ね。しかもこれは明らかに殺傷や目標の破壊を目的にした撃ち方じゃないわ。」
どういうことだ?
まさか…
「威嚇、そして錯乱の為ね。攻撃人数と方向の誤認狙いと、敢えて騒動を起こしてその場を混乱させるのが目的。と言う事は相手はゲリラ戦を仕掛けているという事になるわ。」
ゲリラ戦、俺でもゲームや映画なんかで聞いたことがある単語だ。
いずれにしても、相手は手荒かつ単純明快な解決方法を選択したという事になるだろう。
「悪い夏美…危険なことに巻き込んじまった。」
「何を今更、あたしは有栖ちゃんや祭ちゃんのことを知りたい、仲良くしたいって言った時からとっくに覚悟済みだから。祭りちゃんが最初に言ったじゃん、危険に巻き込むかもしれないって。でもそれでも二人と仲良くなりたい一緒に居たいって言ったのはあたし。」
こいつ、この状況でも平気で迷わずそんなことが言えるのか。
「…頼むから引いたり逃げるってことも覚えてね。その内貴女さ、死にそうで怖いのよ。ま、そんなことさせる気は無いけどね。」
溜息をつきながらイグニスは立ち上がり、背伸びをする。有栖も同時に立ち上がった。
「相手方がそのつもりなら、こちらも迎え撃つまでよ。有栖、ボディスーツに換装するわよ。」
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「動員可能な戦力が少ない場合は、それなりの戦い方が有るという事であります。」
しかも、表立った行動が起こせないなら、敢えて騒ぎを起こして混乱させると言った戦法が考慮される。
第3世代:先行量産型サイボーグである自分は、第2世代サイボーグをベースとした現代戦に対応可能なプログラムが組んである。その為、現代の陸軍が運用する戦術行動は全て可能。
確かに純粋なスペックでは第1世代には遠く及ばず、第2世代サイボーグのように特定機能に特化している訳でも無い、悪く言えば第1世代の廉価版、コストを切り詰めた低性能低コスト機体と言える。
「だからこそ、量産型には量産型のメリットがあります。」
量産型故に作戦行動に必要なプログラムは一通り入っているし、性能を切り詰めている分、不要な機能や安定性を欠くシステムはオミットされている。
そして、現代戦における戦闘に対応したプログラムは第1世代には搭載されてない。必要無い、第1世代は単体のスペックと基礎的な格闘戦プログラムと火器運用プログラムだけで、大半の目標を圧倒可能と推測される。
しかし、そこに盲点があるはず。AR-01の知らない、対応しない戦術に。
「…もっとも、それを考慮しても作戦成功率は5~7%で、ありますか。」
それだけ、自分とAR-01のスペックには差がある。それどころか、単純な性能では現存するサイボーグでも最強クラスであるクレイス准将閣下すら上回る。
「それでも任務は遂行しなければなりません。」
何、自分も玉砕に向かう訳ではない、いざと言う時の『奥の手』も用意してある。勝算はゼロではない。
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「結局何処へ向かえばいい?」
家を出て、有栖とイグニスの後を追う形で俺と夏美は街を進んでいく。
チラチラと火の手が上がり、悲鳴や緊急車両のサイレンがよりはっきり聞こえ、少しでも砲撃音のする方角から離れようと、人々が逃げ惑う。
どうやら、有栖とイグニスはその逃げる人々とは逆方向に、つまり音のする方向へ向かっているようだ。
有栖もイグニスも、あの戦闘用のボディスーツに着替えて、フル武装状態だ。
明らかに浮いた姿だけど、逃げる人々にその姿の異様さを咎める余裕は無い。
「僕たちは既に後手に回っている。砲撃も陽動だろうし僕らの動きそのものも、ある程度把握されているだろう。対する僕らの持つ相手への情報は視覚情報・聴覚情報を除けば、僕とイグニスのレーダーとセンサーだけだ。」
「あたしたちは、この騒動の首謀者が誰かすらわからないし、動員されている戦力がレーダーにあった反応で本当に全部なのかもわからない。だったらせめて相手の懐に飛び込むしかないってコト。それが罠でもね。」
罠でも、か。
有栖とイグニスは、これが相手のおびき寄せる為の罠だという事をとっくに見抜いている。でも、それを知ったからと言って何か切れる手札があるわけじゃない。
相手はこちらの情報を正確に掴んでいる。対して俺たちは相手に対する情報が決定的に不足している。情報が無い以上、出来る対策は限られる。
それは『少しでも早く相手に接敵して、これ以上被害が出る前に倒す』手段。イグニスが『懐に飛び込むしかない』って言ったのは、罠でもそれしか手掛かりが無ければ、踏み込むしかないからだ。
「恐らく、その考えも筒抜けだろう。僕らが出来ることは限られてるからね。」
有栖がそう言った瞬間、左右の(音量と伝わる振動から恐らく)近い距離からグレネードランチャーの砲撃音が聞こえた。追い立てるように、連続で炸裂し、やがて走る俺たちに並走するようにやや離れた距離を走る白い人型、アンドロイド兵器『US-06』が左右に3体ずつ姿を現す。
左右それぞれ2体がグレネードランチャーを手に持ち、残る1体ずつがアサルトライフルを手にしている。人が装備できる武器は大体装備出来るみたいだ。
そして、その銃口は、俺と夏美に向けられている。
夏美の表情が険しくなり、緊張の汗が一筋流れる。とっくに抹殺対象になっているようだ。
「来たわね…アリス、構えて!突破するわよ!」
「わかってる、坂本君と夏美に危害は加えさせない。」
イグニスは4本のクローアーム『IB-01:ガーディアン』を展開し、有栖は背中の剣『BA-02:キャバルリー』を抜いて、俺と夏美を守るように左右に分かれて臨戦態勢に入った。
そして、グレネードランチャーから炸裂弾が射出された。




