明暗
それでも救われた者が居る、命を懸ける程の意志を持つ者も居る。正義の対局が悪だとは限らない。
「あたしなんて助けて良かったの?迷惑なだけよ、戦うしか出来ないあたし(サイボーグ)なんて置いててもね。」
「いいんだ、俺もそれが正しいと思うし、有栖がそう判断したんだ。」
「…そっか。」
俺のベッドの上で目を覚ましたイグニスは、ポツリとそんなことを言った。
着ていたボディスーツは有栖が脱がせて、俺が買ったTシャツの背中部分に穴を空けてイグニスに着せている。
背中のアームも今はだらんと垂れており、鈍く僅かに動いている程度だ。
あの後、取り敢えずイグニスを俺の家に運んだ。
有栖の家よりも広いし、何より物が揃ってる(少しごちゃごちゃしてるとも言える)。有栖には悪いが、有栖の家では食料品とか予備の衣服も少ないし、家具も必要最低限以下しかない。
部屋も余ってるし、イグニスは俺の家に居た方が良いだろう。
「冷食とかカップモノで良いなら、なんか食べるもの用意するぞ?」
「ありがと、お願いしてもいい?」
「ああ。」
戦闘の緊張や、命を握られていたという枷が無くなったからか、イグニスは少しだけリラックス出来てるように見える。
取り敢えず俺は買い置きしてた冷凍の焼きおにぎりとカップスープをイグニスに出す。
他にも色々(ラーメンだのチャーハンだの)あったが、起きたばかりだし食べやすそうな物の方が良いだろう。
イグニスは起き上がり、スープとおにぎりが乗ったトレーを背中のアーム2本で掴むと、それを支えにトレーをテーブル代わりに食べ始めた。
便利だな、それ。
「そうだ坂本君、少し相談があるんだ。」
「どうした有栖?」
相談って一体何だろうか。
「状況は少しずつ変化してる。僕とある程度親密である以上、夏美にも僕の事、そしてイグニスの事を話すべきだと思う。」
成程、そう言う事か。
普通に考えれば、こんな事を知れば俺と同じように命を狙われかねない。
だが夏美はもう有栖とは友人(それも親密な)と言っていい関係だ。それに加えて夏美自身は知らないにしても、有栖の秘密や都合の悪い事を多数知る俺の友人でもある。
事の発覚を恐れて先んじて始末される可能性や、下手すると夏美もサイボーグの素体として誘拐されかねない。
敢えて全部話して、有栖が護った方が(俺では大して役に立たないし)もしかしたら安全なのかもしれない。
それにだな。
「結果的に助けて貰ったし住ませて貰う以上、あたしに出来る事は協力するわ。家賃替わりって奴ね。」
スープと焼きおにぎりを食べ終えたトレーをアームで俺の机に置きながらイグニスは言う。
そう、イグニスが俺たちの味方をしてくれるらしい。それなら話も変わって来る。
護られてばかりで我ながら情けないが、こんな状況ではそうも言ってられない。
「あとは、他のサイボーグがどれだけ存在するかだね。」
有栖が言う通り、イグニスの存在をもってサイボーグが他にも存在する事が証明された。そしてそれがイグニスだけとは思えない。
何よりイグニスが名乗ったナンバーは『IG-11』だ、そして有栖は『AR-01』。数字を個体番号として使用してるなら、存在するサイボーグが2人だけだとは思えない。
「そうね、あたし以外にもサイボーグは居るわ。それこそあたしが居た組織に数体ね。世代的には『第二世代』と『第三世代』ね。」
イグニスも自身以外のサイボーグの存在を肯定した。それも複数。
しかし『第二世代』と『第三世代』と来たか。嫌な話だが世代で区分出来ているなら、やはり総数はそれなりの人数居るのだろうか。
「まず技術の試験段階で作られた、または部位だけ改造されたもう現存していないのが『第0世代』。そしてそれらで開発された技術を惜しみなくコスト度返しで詰め込まれた超高性能試作機が『第1世代』で現存するのはアリスのみ。その第1世代をベースに不要な機能をオミットして、使用用途に応じて性能を割り振り、追加装備や専用プログラムを搭載し実戦投入を目的とした、あたしも含める『第2世代』。更にその第2世代の追加武装等を廃止し性能を落としてコストと量産性の向上を図り、兵士の代替品として生産されるのが『第3世代』。」
マズいな、既に量産型として生産されたサイボーグすら存在するらしい。
有栖は手中に収まらなかったものの、その時の研究結果や開発された技術はそのまま残っていて、それを元にサイボーグの生産は続いたのだろう。
「中にはね、自分からサイボーグになるのを志願した人も居るの。」
なんだって?
俺はイグニスの言葉に思わず凍り付いた。
「技術の発展の為、不治の病の治療との引き換えとして、貧困故に多額の報酬と引き換えに、兵士として戦う為より強さを得る為、それが国の為になると思って。色んな思惑で少なくない人がサイボーグ手術を受けて…そして多くの人が亡くなったらしい。」
イグニスの話を聞いて、納得は出来ずともいくらか理解は出来た。
不治の病をサイボーグ技術ならある意味治す事が出来るかもしれない。
あまりにも貧しい境遇から、報酬と引き換えに実験台になることもあり得るだろう。
そして軍人の中にはより強さを求める人もいるだろう。
だが同時にイグニスは『多くが亡くなった』とも言った。
「それは、サイボーグ手術の成功率からか?」
「そうよ。」
やはりか。
「まず男性は女性に比べてホルモンとかの問題でサイボーグ手術の適性が低くて、大体が5%程度の成功率で高くて10%。女性でも基本成功率は40%で、10~18歳の範囲から離れすぎる程成功率は下がるし、体質や素体の身体能力でも変動する。だから志願した人もあたしみたいに誘拐された人もこの時点で多くが死ぬ。第3世代は性能を抑えた影響か、少しだけ成功率は上がるみたいだけどね。」
かなり厳しい確率だ。特に男性は5~10%程の成功率では殆どの人が亡くなっただろう。
「現在どのくらいのサイボーグが居るかわかるかい?」
それは俺も聞きたいことだ。
「そうね、勿論機密情報とかもあるからあたしが知らない個体も勿論居るだろうけど、あたしの所属していた組織だけであたし含めて第2世代が4体、第3世代が12体程でその内女性型が13体、男性型が3体ね。」
想像より多い、この時点で少なくとも有栖含めて17体のサイボーグが存在する事になる。
「もっとイグニスから聞かないといけない事は多いな…」
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「『IG-11』イグニスは撃破、奪取されたようです。」
「『IG-11』の性能は第2世代だけあって悪くないはずだが、やはり第1世代…実質ワンオフ機の『AR-01:アリス』は性能が桁違いのようだ。」
「加えて『US-06』では組単位では時間稼ぎ程度にしかなりません。少なくとも小隊規模で投入の必要があります。」
「資金と手間の無駄だな。とは言えあらゆる面で『AR-01』の捕獲は必須か。」
「では?」
「私が出るしかあるまい。確かに総合性能では『AR-01』に大きく劣るが、性能に特化している以上、得意な分野ではアレにも勝る。直ぐに計画と作戦を立てよう。」
「了解しました、主席隊長殿…いえ『IG-15:クレイス』閣下。」