『IG-11』
ソレには人間の歪んだ欲望が絡みついていた。兵器としての性能、そして…幼い身体を弄び支配する脂ぎった嗜虐心が。
「キミは一体…」
「あらら、抹殺対象の『サカモト シゲヒサ』まで居るのかぁ。まぁアリスが近くにいる方が安全だもんねぇ。」
『ソレ』は少女の姿をしていた。
俺たちより年下に見え、推定で13~14歳といった外見。燃えるような赤毛の髪をポニーテールにした勝気そうな眼が特徴的な、まだ幼さの残る顔立ちの美少女だ。
その外見年齢にしても細く華奢な肢体を、有栖のそれと同じ質感の暗い赤色のボディスーツに身を包み、腰のベルトにはポーチと拳銃が4丁、ホルスターに収まっている。やはり胸や脛等の要所は黒い金属製の装甲で補強されている。
そして、その背中からは太い黒いコードを金属製の装甲で覆い先端に巨大な3本爪のクローが付いた物体が4本も伸びて蠢いている。
全体的に少女のシルエットから生えたそれは異形としか言いようがない。
「あたしの名前は『篠火 祭』、だけどあんたらには『IG-11:イグニス』って名乗った方が良さげっぽいね。」
最初に名乗った名前が彼女の本当の名前なのだろうか。しかし彼女は俺たちには『イグニス』と名乗った方が良いと言った。
「特務仕様第2世代型サイボーグ、それがあたし。疑似生命体を組み込んだこの4つのアームクロー『IB-01:ガーディアン』を神経に直結して自在に操れるようにした制圧戦用サイボーグ。」
彼女の背中の装備はただ装着しているだけでなく、どうやら神経(位置的に恐らく脊髄)と直接接続され、それを介して『イグニス』は自分の思う通りに操作する事が出来るらしい。
あんな機械を直結するなんて、あまりにも悍ましい。それもただでさえサイボーグに改造された俺たちより幼い少女にだ。尊厳破壊なんてレベルの話じゃないだろう。
…そんな仕打ちをされているにも関わらず、イグニスは淡々としているようだが。
「君はどうして『そちら側』についているんだい?君が君を改造した為政者側につく理由なんて無いだろう?」
「そうねアリス。でもあたしはアリス程、間が良くなかったのよ。これを見ればわかるんじゃない?」
イグニスが自分の首を指さす。そこには赤色で細めの金属製の首輪が装着されていた。
おい、まさかとは思うけど…
「あいつらに敵対行動を起こしたりすると、この首輪から電流が流れて、それに反応してスーツ全体からも電流が流れる仕様。あたしに激痛を与えることから全身の回路を焼き切ってあたしを『破壊』することまで出来る。」
最悪だ、彼女は拷問をちらつかせられて従わされているらしい。
「あたしだって無意味に破壊されたくないし、従ってたらまぁ衣食住と暮らすのに困らない程度のお金貰えるし?激痛で苦しめられたり壊されるのと、従ってそういうの貰えるって言うならね。特にどの勢力に肩入れしてた訳でも無いし。」
「…君は、自分を勝手に改造した奴らを恨んでないのか?」
俺は問いかける。
そうだ、普通だったら自分をあんなふうにした人間を恨んだり、許せない筈だ。
「案外そうでも無いのよ。だってあたし、何もない孤児だったから。」
何だって?それに彼女は有栖と違って記憶喪失ではなく、過去(改造される前)の事も覚えているらしい。
「気付いた時には親も居なかったし、親戚も居ない捨て猫みたいな人間。引き取ってた施設も体裁良く投げ捨てたかったんでしょう。そんな何もない人間なんてサイボーグの素体にぴったりでしょ?適合率もまぁまぁ良かったみたいだし。だから奴隷みたいな扱いだけどまぁマシではあるのよ、昔より今の方がね。」
そんな乾いたような返答。
孤児だったイグニスは改造の素体としてさぞ都合の良い存在だったことだろう。そしてイグニスも、前よりマシな今の境遇を受け入れてしまっている。
そんな悲しい妥協が、彼女を見た目の年齢にそぐわないスレた『大人』にしてしまった。
「さて、じゃあ始めよっか。」
イグニスが告げると、恐ろしい速さで4つのクローアームが有栖目掛けて殺到する。どうやら幾らか伸縮するらしく、各アームの射程は最長10メートルと言った所だろうか。
有栖は背中の剣を抜刀しつつ連続に横に跳び、次々に叩きつけられるクローアームを回避していく。
直撃した箇所の床は粉々に吹き飛び、大穴を空けた。冗談のような威力で、あのアーム1つ1つがあのアンドロイド兵器『US-06』の腕力に匹敵するレベルだ。
有栖は反撃とばかりに腰からあの大型拳銃を抜き、数発連射する。
眉間、心臓、胴体と容赦無く致命傷になる部位を狙った上に、排莢された薬莢は拳銃弾としては馬鹿げた大きさだ。所謂マグナム弾なのだろうが、大きさはライフル弾より少し短い程度だろう。
しかし音速で飛来するそれをイグニスは4本のアームで次々にガードしていく。乾いた金属音が鳴るが、銃弾を受け止めたアームは表面に小さな傷が付いただけで、簡単にそれを弾き飛ばす。
「今だね。」
それは牽制で、アームが銃弾のガードに回ったその隙に、有栖は剣を振り上げながら突進する。そのまま勢いを乗せた斬撃を逆袈裟に斬り降ろし
「く…流石に桁違いの馬力ね。」
イグニスは瞬時に操作された4本のアーム全てでその刃を掴み、斬撃を防ぐ。4本がかりでようやく有栖のパワーと拮抗している辺り、体格相応にパワー面は有栖に劣るらしい。
当然ながらアームに剣の電流は通用していない。量産型のアンドロイドとワンオフのサイボーグでは、その辺りの耐性にも随分差があるようだ。
「でも、手が多いのは優位な点ね。」
しかしイグニスは4本のアームで有栖の攻撃を受け止めた以上、両手が空いている。
「有栖っ!拳銃だ!」
イグニスは素早く腰の拳銃を抜くと、至近距離から発砲する。有栖のソレよりは小さいが、それでも現実で言う大型拳銃並みの大きさだ。
有栖は剣から手を放して転がるように銃撃を回避しながら距離を取る。
今の銃撃も一切喰らわなかったが、剣を奪われてしまった。
「流石に僕と同じサイボーグ相手じゃ、一筋縄じゃいかないか。」
「高性能試作機のアリスよりはずっと性能は低いけどね…大人しく捕まる気は無いの?あたしだって積極的に同じサイボーグと壊し合いはしたくないし、命令とは言えこんなのは好きなやり方でも無いし。」
イグニスとしてもあまりやる気が出るようなことでも無いらしい。あくまで待遇相応の仕事しかしないと言った所か。
そんな問いかけに、有栖は首を横に振る。
「だって坂本君は僕が大人しく捕まっても抹殺対象のままだろう?それに、なんか『そう言うの嫌だな』って。」
「有栖…」
ふわっとした理由。だがそんな感覚的な拒否感は『人間らしい』。
この状況でも有栖は感情を再学習し続けてる。
「まぁそうだよね。じゃあ、壊す気で行くよ?」
イグニスは4本のアームの内1つに奪った剣を装備させ、残る3つに腰の拳銃を掴ませ構える。
そんな器用な事も出来るのか、制圧型と名乗ったのも頷ける。
「…なら僕も一つ切り札を切ろうか。」
「戦闘用システム『Zero System』起動。」
その眼に『紫色』の光が灯った。