EX2:アルティメット・ワンⅡ
未知との接触、それはヒトが失って久しい脅威。薄れかけていたソレが、再び首をもたげる。
『それ』は銀色に輝く月を背に、開いた窓の縁に腰かけて微笑みながらこちらを見ていた。
小柄な体躯の華奢な少女で、パッと見た外見の年齢は10歳から高く見積もっても12歳。つまりは~6年生の小学生程の少女に見える。
だが、額面通りの(年齢含めて)素性であるワケがない。あまりにも全てにおいて『それ』は『異物感』があり過ぎる。
雪のように白い肌は傷とかは勿論、シミやホクロすらもなく、あまりに実在性に乏しい。
ポニーテールにした長い髪は艶のある純白で、月や街灯の明かりでキラキラと輝いている。
ロリータ風の衣装までも純白で、白いニーソックスにファーの付いた白いロングブーツを履いている。ポニーテールを留める為に付けている大きなリボンは深く目立つ赤色で、何もかも白い衣装の中で一際存在感を放っている。
そして、そのリボンよりも鮮やかな、人ではありえない程の真紅の眼を持っている。
幼さの残る容姿ではあるが、誰もが絶世の美少女だと言いそうな『彼女』。
だが浮かべるその微笑みは、その外見にそぐわない妖艶で含みのある笑みであり、底知れなさを肌で感じる。
「君は一体『何』なんだ…?」
「あら、私が『その手の存在』だって、もう認識してるのね。」
当たり前だ、この状況で額面通りただの美少女だと認識するヤツの方がどうかしてる。
この子は人間ではない、それだけは確実だ。問題は『じゃあ何なのか』だ。
「…もしかして、サイボーグなのか?」
彼女が有栖が言っていた、有栖を元にした他の個体のサイボーグなのだろうか。
しかし、俺の言葉に『彼女』は微笑みを崩さぬまま首を横に振った。
「じゃあアンドロイドか?」
この前俺を襲撃してきた『US-06』とか言うロボット兵器がいたが、アレと同系統のアンドロイドなのかと。
しかし、それも彼女は首を振って否定した。
では、何なんだ?
「貴方がアリスの『乗り手』なのね、シゲヒサと言ったかしら?」
当然の如く俺の事は知ってるワケか。しかし『乗り手』とはどういうことだ?
「初めまして、私の名は『ヴァイス』、型番で言うならば『UW-000』。最強の兵器にして『白き究極の闇』。そしてアリスの『姉』でもある…兵器としてのね。」
駄目だ、そんな芝居がかった仕草かつドヤ顔でそんな事言われても全然理解出来ない。
分かるのはこの子の名前が『ヴァイス(白)』だという事と、彼女が人間ではないという事くらいだ。
と言うか名は体を表し過ぎだろ、見たままにも程がある。
それでも身体が強張り、緊張が走る。
その『最強の兵器』を自称する彼女、ヴァイスが何の目的でここに来たのか。
あのアンドロイド兵器では役不足と判断して、俺を消す為にこの子を送り込んで来たのだろうか。
最も、だったら今俺と話す意味などは無い、さっさと襲えば良いからだ。
「うん?暇だったからちょっと遊びに来ただけよ?」
ズッコケた。
いや待て、こんなのが言う事を真に受けちゃいけない。どう見ても本心を言うようなタイプには見えないだろうが。
「私は何でも出来るけど、実際に自分で体験してこそと思うの。だからこんなふうに人間の服を着て人間のやってる事を模倣したりする。ちなみにアイスクリームは結構気に入ったわよ?」
そんなこと聞いてねぇ。
「で、私は『兵器の完成形』に最も近いサイボークであるあの子、アリスを見つけた。同時にあの子を知る貴方もね。だからちょっとした興味本位と、夕方から夜は案外やることが少なくて暇だったから、こうして遊びに来たの。」
その言葉が聞こえたのは背後からだった。
正面には既にその姿は無く、俺が入って来たドアの前にヴァイスは立っていた。
一切視線を離していないのに、一体いつの間に?
「兵器とは究極の破壊を齎すものであり、その意義とはその力を思うがままに振るうことにある。でも最強の兵器たる私に最も近いアリス達サイボーグは、兵器としてはあまりに無垢で幼かった。まだ何も知らないし、何もわからない。だからこそ、そんな彼女たちを導く『乗り手』が彼女達には必要。本能的に、彼女たちもそれを欲してる。」
それが『乗り手』と言う事か。
「で、妹の一人が選んだ『乗り手』である貴方に興味があるから会いに来た、何も不思議ではないでしょう?」
「方法さえ真っ当ならな。」
どう考えても、いきなり人の家に侵入してドヤ顔でよくわからない事を言うのは正解ではないだろう。
と言うか今でも素性不明な女子の言う事をはいそうですかと納得できる訳がない。
それにだな
「2つ、気になることがある。何で有栖が妹なんだよ、見た目はあんたの方が幼いだろ。で、もう一つは『彼女たちサイボーグ』ってどういうことだよ?」
1つ目はともかく、2つ目はハッキリさせておきたい。
『彼女たち』って言い回しに嫌な予感がするが、まさかな。
「純粋に兵器として完成したのが早いのが私だから私が姉、まだ未完成なアリスが妹なのは自然な事でしょう。そしてもう1つ、サイボーグはアリスだけじゃない、既に第二世代のサイボーグたちが生まれているわ。」
一番聞きたくなかった情報だった。
「あら?サイボーグが生まれることの何が悪いのかしら?」
ヴァイスは俺のベッドに腰かけ、面白そうに微笑む。
何を言ってるんだ?その為に有栖みたいに望まず改造される人間が居るって言うのに。
「そもそも人間の歴史は戦いの歴史、その中で究極の兵器、人型で驚異的な性能を持つ兵器を欲し実験を繰り返した。それが今の時代にようやく私と言う完成を偶発的に生み、更にそれに限りなく近いモノを作り上げた。人間の歴史が望んだモノがようやく実を結ぼうとしてるのよ?」
「そんなのを人類が望んだなんて…」
だが、そのヴァイスの言葉を否定しきれない。
俺如きちっぽけな人間が言うことでも無いかもしれないが、人類は幾度と無く戦いを繰り返し、より強い武器を求めてきた。
鉄器、火薬、銃、戦車、核弾頭…
ではサイボーグやアンドロイドは、それの別の形なんじゃないか?
「兵器に善も悪も無いわ、ただ生み出されたその意義を振るうだけ。」
ヴァイスは立ち上がり、軽い足取りでジャンプすると窓の淵飛び乗るように腰かける。
「変化・翼」
ヴァイスの背中に白い霧のようなものが集まったと思ったら、それは純白の羽毛の翼に形を変えた。ヴァイスの背中に、まるで最初からあったかのように、純白の翼が生えたのだ。俺は幻でも見ているのかと、自分の目を疑う。
サイボーグじゃないと言ってたが、この力は一体…?
「これこそが私が最強の兵器たる所以。私はあらゆるモノになれるし、あらゆることを知れる。」
そしてヴァイスは窓から後ろに落ちるように倒れる。
「おい!?」
「今貴方に話すのはここまで、全てを今知る必要は無いし、直ぐに全てを理解することは出来ないでしょう。今貴方が知るべきは、最強の兵器の私と、貴方がアリスの乗り手である事、そしてサイボーグは他にもいるという事よ。いずれまた会うことになるでしょう、ねぇ?『アリスの騎手』」
彼女はその翼で羽ばたくと、音のような速さで夜の闇へと消えて行った。
その翼で本来出るような速度じゃないし、それに伴う衝撃派すらも無かった。何なんだ、アレは。
彼女が去った今、今の出来事は幻ではないかと思ってしまう俺が居る。
「有栖に、話さないとな…」