模造
お前の心は造り物、お前の想いは紛い物
「いやー、姫見沢さんって実は話しやすい人で良かったぁ」
「そうかな?」
「うん、転校してきた時は何かお堅いって言うかさ、あんまり話してくれなかったし。」
放課後、有栖はクラスの女子達に囲まれていた。
あの衝撃的な事件の後、数日が経ったがそれ以降は特に何もない。のっぺりとした顔の無いアンドロイドが俺を襲いに行く事も、有栖があんなふうに恐ろしい怪力を出す事も無かった。
件の工場の件は、どうやら老朽化した建物の倒壊事故として処理されたようで、すぐさま敷地全体の建物が取り壊された。
あまりにも早いリアクション。これ絶対証拠隠滅だろ。
そして当の有栖だが、ここ数日で明確な変化を遂げている。外見ではない、主に仕草や表情だ。
最初会った時はどこか作り物めいた微笑みか無表情のどちらかしか見せなかった有栖だが、その次の日には僅かながら目を見開いたり苦笑いしたりするようになった。
そして現在、有栖はそれに加えて興味深そうな仕草や困惑するような仕草までするようになった。
「もしよければ、キミのことも知りたいな。僕は皆の事、まだあまり知らないからさ。」
「いいよ~」
そして有栖は自分から話題を振るようにもなっていた。話しかけられたら答えるだけでなく、相手を知る為にだとか何かを尋ねるといった事をするようになっている。
クラスメイト達はその変化を『転校してきたばかりでいままで緊張とかがあったのだろう』と解釈しているが、俺はそれは違うことを知っている。
有栖は急速に人の感情を再学習している。
周囲の人間との会話や表情などから、人の感情を模倣しようとしている。
それを重ねる事で、有栖はどんどん人として『違和感』が無くなっていってる。
だからこそ、あの時見せた戦闘中の表情と無機質な声が、異様さを際立たせる。
一体有栖にとって、感情の再学習がどんな意味を持つのだろうか。そして、その果てに彼女は何をしようとしているのだろうか。
「おいすーあーちゃん、一緒に帰ろうぜぇ。」
俺がそんなふうに考え込んでいた所に、夏美が教室に入って来た。あいつは別のクラスだ、わざわざ有栖を誘いにこっちに来たのだろう。
というか既にあだ名で呼ぶようになってんな…
「夏美!」
夏美の自由さに呆れていたが、それに返した有栖の返事に俺は驚いた。
そして、有栖の方を見ると俺はより驚くことになった。
夏美に呼ばれた有栖は文字通り『顔を輝かせる』ような笑みを浮かべて返事をしていたのだ。明らかに今までとは違う、穏やかとも表情の変化に乏しいとも言える微笑みではなく、嬉しそうなリアクションだった。
それに加えて有栖は今夏美を呼び捨てで呼んでいた。
普通は君付けさん付けで、二人称もキミの有栖が他人を呼び捨てで、しかも名前で呼ぶのはこれが初めてだった。
「何々?夏美ってばもう有栖さんと超仲良しそうじゃん。」
「ふっふっふ、既にあーしとあーちゃんは遊園地で遊んだ仲なのだよ。」
「さっすが夏美は行動力あるね。」
「そして一緒に絶叫マシンを制覇したってワケよ。」
「それはちょっとセンス無いわー」
「えー」
お前は最終的に乗り過ぎて気分悪くなってただろうが。
「うん、この前は楽しかったよ夏美。また行きたいかな?」
「勿論おーけーよ、まぁ遊園地だけじゃなくてもっと遊ぶとこは沢山あるし、色々あたしちゃんが教えたげるからさ。」
「なんか有栖さんと夏美が並ぶと女友達同士と言うより彼氏と彼女よね…」
「有栖さん身長高いし一人称僕だしね。何と言うか普通にイケメン寄りだし、女の子に対する評価じゃないと思うけど。」
「ん?それっぽい事は…まぁお姫様抱っこ位なら出来るよ?」
「あはははは、面白い冗談だね有栖さん。」
…遂に冗談まで言うようになってるようだ。
しかし、明らかに有栖は夏美に対して距離感が近い。
最初に会ったせいもあるが、俺とも大分距離感が近いように見えるが、夏美に対してはそれ以上だ。
単に夏美が話しやすい相手だからかもしれないし、或いは有栖自身が夏美を気に入っているからかもしれない。
だが、それにしては少し変化が早すぎるのではないか、と俺は思う。
何か有栖は明確な目的を持って夏美、そして俺と接しているのではないだろうか、そう思えてしまう。
「おーい、しげちーもそんな湿気た顔してないで帰ろうよ。」
「はいはい。」
おっと、当然ながら俺もか。
今はこれ以上考えても仕方がないか。
***************
「と言う事で、次みんなで遊びに行くのはゲーセン&カラオケのコンボでどーよ。」
「ベッタベタだな。」
「こういう時はベタな方がいいってワケよ、あーしちゃん的には。」
3人での帰り道、夏美は既に次どこに遊びに行くかの計画を立てているようだ。何と言うか、相変わらずの行動力と言うべきか。
とは言え、俺はそんなに自分からグイグイ引っ張って行くタイプじゃないし、そういうのを仕切ってくれるならありがたい。
「うん、僕は自分からそういう所は行かないしね。」
有栖も乗り気だし、この流れは悪くない。
確かにあのロボットの襲撃は衝撃的な事ではあったが、そればかり気にしていては身がもたないし、気にした所で俺一人でどうにかなる(或いはどうにか出来る)問題じゃない。
気分転換、と言う意味でもこうやって遊びに行くのは良い事だと俺自身も思う。
「じゃ、次の日曜日ねー」
「おう。」
ここで夏美は分かれる。
こりゃ夏休みに入れば割とアレなスパンであちこち連れ回されそうだな、まぁ別にいいんだが。
「夏美はとてもいい人だね。」
「…そうか。」
2人になって歩く帰り道、有栖はポツリとそう言った。やはり個人的に気に入っているらしい。
「何故そう感じるのかは今の僕ではわからないけど。だから、僕は彼女をベースにあの年代の女性について学習しようとしている。」
何だって?
「今の僕には何もない。感情というものを知識として知っていても、それが自分自身にあるのかわからない。だから彼女を深く知って、そういうのを理解したい。彼女の事を好ましいと思ったのだから、その彼女を真似するのは良い事のはずだ。」
成程、だから距離感が近いのか。
有栖は理解の為に自分が『好ましい』と直感した夏美と深く交流する事で人の感情を学ぼうとしている。
そして現にその結果、有栖は確実に人らしい仕草をするようになってきている。
「あーでもアイツを参考にするのは人選ミスな気がするぞ?」
「そうかな?」
学ぶにしてはアク強すぎるだろアイツは。
かといって俺じゃあ薄味で淡泊もいいトコだよなぁ。それとも有栖みたいに感情が希薄な人間にとっては、アレくらい刺激が強い性格の方が良いのだろうか。
「じゃあ僕はこっちだから。」
「おう、また明日な。」
次に有栖とも別れる。今日もあの不気味なアンドロイドが現れる事は無かった。
一度有栖にこっぴどく撃退されたから、相手方も慎重になって様子見でもしているのだろうか。
俺は家の玄関を開け、誰も居ない家へと入る。独り暮らしは慣れれば気楽で良いが、ああ言う賑やかさを体験すると些か寂しくもある。
まぁ、独りなのは何時もの事だ。
階段を上り、自分の部屋(独り暮らしだが、自分の部屋以外はあんまり使ってない)に入る。
その瞬間、感じる夏風。
ん?まさか窓開けっぱなしだったか?
「御機嫌よう、この家の主かしら?お邪魔させて貰っているわ。」