第七話 VS 桜
「そんな感じで昨日は大変だったんだよね」
翌朝、ロープウェイの中で絢愛は祈璃、勝月、香織に昨夜のことを話していた。
絢愛が話終わると三人は唖然とした様子で言葉を探していた。
「絢愛……アタシはつくづくあんたは男なんじゃないかと思ってたけど確信したわあんた男だよ紛れもない男子高校生だよ」
「ようやく終わった? 他人の夢の話ほど聞きたくも無いことってないよね」
「あ、絢愛。私はあなたが嘘をつかない子だというのを知ってますよ。私良い病院を知っていますからそちらに……もしもし? ええ、至急精神科を」
「誰も信じてくれなくて泣きそうなんだけど」
勝月は憐れみと同情に満ちた視線を、香織は蔑みを込めた目線とため息を、祈璃は引き攣った笑顔で携帯電話に耳を押し当てていた。
「絢愛の言ってることは本当だ」
彼女の鞄から顔を出したのは愛らしくもどこか哀愁漂うクマの顔である。
「ほら、この通り嘘でも夢でも妄想でも無いよ」
「ワシがクマハッチだ。絢愛に何よりの証拠になると言われてワシなんか必要ないだろうに、と思っていたらこの有様とは……貴様等もう少し友人を信じてやったらどうだ」
彼はそう言うと黄色と黒の縞模様をした下半身を鞄から出して全身を露わにする。
「ロボット……じゃないようだな」
「おお……これが本当の熊蜂。どこかに届けたら学名にアタシの名前入るかな」
「おいやめろ」
良からぬことを考えていた勝月の頭を絢愛が軽く叩く。とはいっても絢愛も祈璃に見せたら喜ぶかもしれないと考えていたために強くは言えない。
「おっかない小娘だな……」
「アタシ男だよ」
「何と……」
絶句するクマハッチ。三人は「まあ、そうなるよね……」といった様子で静観する。
「その方がクマハッチさん……」
祈璃は未だ信じられなさそうに目を数回ほど瞬きした。
「いかにも。観海寺とはまた懐かしい名前だな」
「まあ。観海寺をご存知なんですか?」
祈璃は驚いた様子でクマハッチに聞く。
「これでもワシは生前別府に住み、別府に生きていたからな」
「待ってそれボクも初耳なんだけど」
てっきり別府の危機を悟って現れた地獄の妖精みたいな存在だと思っていたばかりに絢愛は顔に手をかざす。
「その事は追々話そう。長くなるんだ」
そう言ってクマハッチは絢愛の膝に座る。が、敢えなくはたき飛ばされ隣の座席に移された。
「そういうことだから怪しい人を見つけたら教えてね。でも迂闊に話しかけたり追いかけちゃダメだよ。相手は闇泉士を生み出す元凶、どんな力を持っているか分からないし」
絢愛の言葉に祈璃と勝月が頷く。
けれども香織だけは何かを考え込んでいたのか二人より少し遅れて頷いた。
時刻はお昼休みになり、各々が昼食を摂るためカフェテリアへ行ったり、お弁当を持ち寄る。
絢愛もまたカフェテリアへ昼食を買いに行こうとした。
しかし。
「絢愛、闇泉士が現れたようだ」
「え。今……?」
間の悪い闇泉士の出現にさしもの絢愛も眉をひそめる。
「悪は待ってはくれないものだ。祈璃のことは私に任せてさっさと行くといい」
隣の席から意地悪そうに香織が微笑みかけてくる。
「ああ、もう。さっさと片付けてくるしかないか……」
絢愛は三階の教室から飛び降りるとロープウェイ駅まで向かう。
ケーブルカー……ではなくレールであるロープウェイに飛び降りると麓まで滑り降りていった。
「満開ね!!!」
「満開よ!!!」
別府大化記念公園。
春には満開の桜が煌びやかに園内を飾る別府でも有数の名物スポットだ。
秋にも関わらず、公園中に真っ白な桜が咲き乱れる。
舞い落ちる花弁は刃のように鋭くなり、周囲の建物を、車を射抜いていた。
その中心には二人の少女がたたずんでいる。
瓜二つの少女達は喜びを全身で表したように互いの両手を繋ぎ、舞っていた。
「見つけたッ!」
間違いなく公園の異常を引き起こしているであろう少女たちのもとへ温戦少女、絢愛が現れる。
「あらら誰かと思ったら」
「脳筋流派のゴリ村さん!」
「は?」
ゴリ村。
ただでさえ血の上りやすい彼女だったが、祈璃との楽しい昼食の時間を奪われたこともあってか怒りを抑える様子もないままにドスの利いた低い声で二人を威圧する。
「あらら怒っちゃった?」
「私達咲良姉妹に歯向かうの? 今のあたし達強いわよ?」
咲良姉妹は温泉拳明礬流の使い手だ。
姉妹だからかその連携は目を見張るものがあり、温泉のエネルギーを具現化させた桜を用いた数多くの技は申し分ない脅威である。
尤もコロシアムは個人戦だったためその連携を活かすことなく二人は予選で祈璃に敗れている。
「温泉拳獄楽浄化……」
絢愛は笑っていた。
怒りが限界を超えてしまったのだ。
「怒雷也」
刹那、絢愛の姿は消える。
否。駒のように体を回転させているのだ。
温泉拳で強化された身体能力は温戦少女となったことで更にその力を増す。
加えて焦熱温戦の能力で空気を燃やす。
生じた熱風は少女たちを吹き飛ばし、園内の白い桜を悉く熱風で塵芥に変えた。
回転を終えた頃、そこにはまるで熱にさらされた覚えのなさそうな桜の木々と目を回し気絶する咲良姉妹がいた。
闇泉士となろうが、姉妹で連携しようが、怒りを露わにした絢愛の前には無力だったらしい。
「お昼……食べる前で……良かった」
しかし、高速回転で絢愛も目を回してしまった。
フラフラと覚束ない足取りで公園のベンチにもたれかかる。
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「……起きろ。起きないか」
誰かの声が聞こえる。
絢愛が目を開けると視界一杯にクマの顔があった。
「うわッ!?」
驚いた絢愛は思わずクマハッチを平手打ちするように払う。
「危なッ! せっかく起こしてやったのになんだその態度は!」
憤慨した様子のクマハッチ。
夕焼けに照らされ、冷や汗が鈍く光る。
夕焼け……?
「クマハッチ、今って何時かな……?」
「午後五時だな。すまんすまん、あまりに気持ちよさそうに寝てるもんだから」
クマハッチは照れ臭そうに頬を掻く。
「やってくれたなァ……」
午後の授業をまとめてサボってしまった。
この怒りをぶつけるのはあの姉妹へか、起こしてくれなかったクマハッチか、怒りに任せて大技を行使した自分なのか。
絢愛は天を仰ぎ、深いため息をついた。
第七話いかがでしたでしょうか。
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