第六話 VS 温戦少女
「ワシの見立てに相違なしッ!」
赤銅の火球は一度、大きく膨らむと花火のように破裂して火花を散らした。
その中から現れるのは、黒い髪を燃え盛る炎のように赤く染め、赤と黒を基調とした和服のような戦闘服を纏う絢愛の姿だった。
温戦少女、焦熱温戦の誕生である。
「これが、温戦少女……」
それはまるで休日に三度寝して起きた正午過ぎのような、溢れて止まない漲る力。
こちらへ迫る鉄球を彼女は炎で包んだ。
たちまち鉄球は灰燼となり、消える。
「姿が変わろうと知らないねぇ!!」
入道は残る鉄球全てを有らん限りの力で彼女にぶつけようとする。
「それ、負けフラグだって分からないかなァッ!!」
彼女が殴り、蹴り、穿つ鉄球はたちまち燃えて溶け落ちる。
焦熱温戦は触れた物全てを燃やし尽くすのだ。
「絢愛ェ!! 闇泉士は獄楽浄化で元に戻るぞォ!!」
クマハッチの言葉が耳朶を打つ。彼女は拳を解き、大きく跳躍すると入道へ向けて足を向けて飛んでいった。
「温泉拳獄楽浄化……多蹴ヶ原ッ!!」
入道を蹴る、そのスピードはかつて祈璃との決勝戦で使用した乱踏ノ勇を遥かに超えていた。
無数の蹴撃が入道を襲い、終いには背後の壁へと叩きつけられた。
「初めての変身であそこまで動けるか。天晴れだ」
クマハッチは腕を組み、絢愛へと視線を向ける。
一方の絢愛はといえば、壁にめり込んだ入道を引き摺り出していた。
温泉拳の力なのだろう、コンクリートの壁に叩きつけられた入道は打撲や擦り傷こそ見受けられるものの、命に別状はなさそうだ。
「それでクマハッチさん、色々と聞かせてもらえるかな? まずはここから離れないとだけど」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
騒ぎを聞きつけて警察がやってきたのだろう。
少し離れたところから住民達の喧騒が近づいてくる。
絢愛は気絶している入道を担いでその場を後にしたのだった。
「それで、温戦少女って何? 闇泉士? 獄楽浄化? 聞きたいことは山ほどあるんだ」
絢愛は誰もいない路地裏でクマハッチを問い詰める。
中空で浮遊するクマハッチは腕を組み、口を開いた。
「順を追って話そう。まず温泉拳とは地の底、つまり地獄から溢れたエネルギーを用いる武術だ」
「うん、それは知ってる。ただ地獄が源なんてのは初耳だけど」
長年、温泉拳のエネルギーは地球から発せられる何らかの力によるものだとされてきた。
それが地獄という場所から漏れ出ていたものだとは……。
非現実的だと思う反面、温戦少女となったことで否定はできない。
レンズ越しに見た風景、変身時の溢れ出る力。
それらが地獄の存在を裏付けているように彼女は感じていた。
「温泉拳の使い手、泉士達は地獄のエネルギーを温泉から間接的に得ているが、直接地獄のエネルギーを得る手段が二つある」
「それが温戦少女?」
「そうだ。一つは地獄と直接縁を結ぶことで地獄の力を借り受ける温戦少女。ちなみに男の場合は温戦少年だ」
「男でもなれるんだね」
「うむ。おっと、話が逸れたな」
閑話休題。クマハッチは説明を続ける。
「そしてもう一つが地獄に堕ちた者……亡者達から溢れ出る負の力を利用する方法だ。元は同じ人間だからこそ誰であろうと尋常ならざる力を得ることができる」
「亡者の……」
絢愛はレンズで見た風景を思い出す。
無数の人間だったモノが燃えて叫びをあげる姿……とてもじゃないがあんなのから力をもらいたいとは思えない。
「しかし負の力は数多の亡者が持つマイナスの感情が溜まり、発生したエネルギーだ。負の力を取り込んだ者は強大な力を得る代わりに意識を侵食される。それが――」
「闇泉士だね」
クマハッチはワシが言いたかったのに、とでも言わんばかりに彼女を睨む。
「まあ、そういうことだ。泉士は負の力を取り込む回路のような役割を持つ邪苦字を植え付けられることで闇泉士となる。彼奴等の目的は個々によって異なるが、共通して周囲に甚大な被害を及ぼす。持て余した力を制御できないんだ」
思い浮かべるのは先の入道。
穏和であった彼をあそこまで豹変させるのか。
「でも待って。その言い方だとまるで誰かが意図的に闇泉士を生み出しているみたいに聞こえるんだけど」
「ご名答。闇泉士は自発的に生まれているわけではない。元凶が存在するのだ」
なるほど、彼女は得心する。
入道は、恐らくは無理矢理闇泉士へと堕とされたのだ。
でなければあの小心者がこんな力に手を染めるはずがない。
ボクの考えは、楽観的だろうか?
「さっき、闇泉士は獄楽浄化に元に戻るって言ってたけど温戦少女なら闇泉士を救うことができるんだね?」
「うむ。獄楽浄化は穢れた魂の罪を裁き、輪廻へ戻す……地獄の権能を具現化した技だ。邪苦字を消し、負の力ごとその繋がりを断つ」
先程、彼女は獄楽浄化を行使した際にビジョンが見えた。
通常の技とは違う、使ったこともない力を扱う方法を。
変身する時といい、獄楽浄化といい何故使ったこともない芸当をあっさりこなすことができるのだろうか。
疑問符を残しながらも、少なからず彼のいうことが概ね信用に値すると彼女は考える。
何はともあれ放っておけば町への被害は甚大だったであろう入道を倒すのに協力してくれたこと、そのために力を与えてくれたこと、そして自身の命を助けてくれたこと。
恩義には報いる。それが泉士というものだ。
「ボクは闇泉士達を助けて元凶を倒せばいいんだね?」
「そうだ。貴様ならばその資格がある。協力してくれるか?」
クマハッチは彼女へ手を差し伸べる。
「もちろん。別府はボクが救うよ」
絢愛はクマハッチと握手を交わした。
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「入道、入道。聞こえる?」
絢愛は入道の頬を数回叩く。
気絶していた入道は薄く目を開けては、痛みに呻きながらも立ち上がる。
「あら? オイラどうしてこんなところにいるんかね? なんか全身がしんけん痛いんだけどねぇ……」
負の力は獄楽浄化で完全に消え去ったようだ。
しかしどうやら闇泉士になっていた際の記憶はないらしい。
辺りを見回して呆然とした様子である。
「入道、君はどうやら温泉拳の力を暴走させていたらしいんだ。ボクが何とか止めたけど、何かおかしいところはない?」
「えっ。じゃあこれ全部オイラがやった感じなんかね……? うへぇ弁償代どうすればいいんだよぉ〜!」
入道は自身の力が暴走したことよりも周囲の被害を気にしている様子だった。
この通り彼は小心者で自分のことよりも周りに目が行く男だ。
とてもじゃないが自分から負の力に手を出すような性分ではないのである。
そんな彼をあのような悪鬼羅刹に変えてしまった。
闇泉士になるとは恐ろしいことであると彼女は実感するのだった。
「入道、貴様ここで目覚める以前で一番最後の記憶はあるか? 貴様に接触してきた者がいたはずだ」
彼女の眉がピクリと上がる。
「え、何このクマ……クマ? いや、さぁ……いつものようにお得意様のとこにお酒届けに行ったとこまでは覚えてるんやけどねぇ」
どうやら元凶の正体を掴むに至る証拠を持っている様子はなさそうだ。
「仕方ない。地道に探し出すしかないな」
「ところでクマハッチさん、そんな姿でうろついて大丈夫? 最悪保健所とかに通報されない?」
「策はある。問題はない」
クマハッチは自信ありげに胸を張る。
「よく分かんないけど……神村ちゃん、本当にありがとうねぇ」
入道が頭を下げてお礼する。
「気にしないで。入道が悪いわけじゃ無いんだからさ」
幸いにも入道と絢愛の戦闘に巻き込まれた人はいなかった。
周囲の建物もその多くは空き家や廃ビルであり、皮肉にも人気のない道で彼女を狙ったことが功を奏したらしい。
これなら知らぬ存ぜぬで二人が黙っていればバレることはなさそうだ。
「いいや、そうとも言い切れないね。オイラ、実は絢愛ちゃんにちょっとだけ嫉妬してたんだよね。オイラより年下なのに凄く強くて人気で……。もしかしたらオイラの暴走に関係あるかもしれないからね……」
事情を知らない入道はバツが悪そうに後ろ頭を掻く。
聖人君子などいない。
確かに闇泉士にならなければ彼女に襲いかかることはなかったようだが、それでも彼女に対するネガティブな感情は確かに存在するらしい。
絢愛はそんな彼の胸元に自身の拳を押し当てた。
「入道は強いよ。入道の強い所は、ボクが知ってるよ。だから大丈夫。なんといったってボクが別府最強だからね! というわけでお互い恨みっこ無しにしよう?」
絢愛は笑い、走っていく。
一度入道の方へと振り向いて手を挙げながら言う。
「ボク、お酒が飲めるようになったら絶対入道のお店で買うからね!」
そして彼女の姿は遠ざかっていいった。
「しかし絢愛、か。人生ってのは分からんものだ」
彼女へついていくようにクマハッチも飛んで行った。
「最強、ねぇ。うん、絢愛ちゃんは最強だ」
入道は笑う。
そして誰にともなく呟いて店へ戻るのだった。
この後「どこで油売ってたんだいこのハゲ!!」と奥さんに一晩中怒鳴り散らされた入道だったがそれはまた別の話である。
第六話いかがでしたでしょうか。
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今回は温戦少女の説明を主軸に置いたため少々長くなってしまいました。