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湯けむり♨温戦少女  作者: ひよこめんたる
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第二話 VS 観海寺祈璃【後編】

「上ッ!?」


祈璃が見上げた頃には既にその視界は絢愛の臀部に埋め尽くされていた。


輪郭が浮き出る黒いスパッツ、丸く大きな健康的な臀部に祈璃は思わず見惚れてしまった。


彼女の両肩に絢愛の足が置かれる。


「温泉拳……乱踏ノ勇(らんぶのゆう)ッ!」


絢愛の両足が激しく彼女の肩を踏み抜いていく。


無数に繰り返される上下運動。


そのスピードはカメラにさえ捉えられないのかモニター越しの人々にはまるで絢愛が膝を折り、空中に浮かんでいるように見えた。


「これは……ッ!」


肩にのしかかる無数の衝撃。まずい、と祈璃は焦りを覚える。


何十何百もの踏み付けは彼女を押し込んでいった。床はひび割れ、全身を激しい倦怠感が襲った。


乱踏ノ勇はただ何回も踏みつけるわけではない。


無限とも言える踏み込みで相手にかかる重力を増加させているのだ。


事実祈璃は重力によってまともに体を動かせずにいない。


「でしたら……源戦掛流ッ!」


祈璃は再び力の方向を変えようとする。元々肩という足場の悪い場所だ、受け流されてしまえば呆気なく絢愛は滑り落ちるだろう。


「ここッ!」


しかし、それは彼女の目論見通りだった。


足を滑らせた彼女はただ落ちるだけではなく、祈璃の首に自身の足を絡ませたのだ。


「なんですってッ!?」


あたかも肩車のようになる二人。


振り解こうとする祈璃だったが、絢愛はそのまま大きく身体を仰け反らせる。


増加した重力も相まって必然的に彼女の重心も後ろへと引っ張られた。


絢愛はそのまま首を足で掴んだまま、床へ手を着き、体を縦に半転した。ちょうど逆さまにでんぐり返しをするように。


祈璃は引っ張られ、途中で投げ飛ばされた。そのままガラスの壁に叩きつけられる。


俗に言うフランケンシュタイナーだ。


「源戦掛流なにするものぞッ!」


絢愛が振り返る。逆さまにガラスにめり込んだ祈璃は、ずるずると床へ落ちていった。


ガラスの厚さは100ミリにもなる、この程度で破られることはないようだ。


「ガハッ……」


紺碧の床は祈璃の鮮血に染まる。


立ち上がり、腕で血を拭った。


その顔は、血走った目は、けれど嬉しそうに口角を引き上げている。


「そうですわ。そうでなくては私の好敵手は務まりませんわねッ!!」


血と汗に彩られたその顔は、恍惚に頬を赤らめていた。


床を一蹴り、それだけで床は割れ祈璃は絢愛の前まで飛び出した。


絢愛の下顎目掛けて強烈なアッパーカットが飛び込む。


「ッ!」


絢愛は声を出す余裕もないままに身体を逸らして避けるが、その刹那に眼下から更なる風圧を感じた。


「温泉拳楽園流……冠月閃(クレッセント)ッ!」


腕を振り戻す代わりに祈璃は足を大きく上へ蹴り上げたのだ。


最初のアッパーカットは隙を作るための囮、フェイントである。


回避した先で身動きの取りづらい絢愛を狙った蹴撃は彼女の下顎を撃ち抜き、天井目掛けて真っ直ぐ彼女の身体を持ち上げた。


「しまっ……!」


辛うじて舌を噛まなかった絢愛は、しかし空中に投げ出されたことで次の攻撃を悟る。


直上へ伸びる絢愛の肢体、その足首を祈璃の手が掴

む。


「温泉拳楽園流奥義……死打加(ティンクルスター)落天地(フォール)ッ!!!」


振り上げた足をあたかも野球選手のように振り下ろし、絢愛の身体ごと腕を大きく振りかぶり、投げた。


「あああああああッ!!!」


時速210キロ。


目にも止まらぬスピードで投げ飛ばされた絢愛の体はガラスの壁へ吸い込まれるように放たれた。


フィールドを揺らす轟音、誰もが祈璃の勝利を確信した。




「ま、だ、だあああああああッ!!!」




しかし、絢愛は立っていた。


膝を屈め、ガラスの上に。ガラスの壁に垂直に足を着けていたのだ。


ガラスはその奥にまで亀裂が走る。


彼女は祈璃の技によって投げ飛ばされた。


しかし衝撃を反動に膝を折り、あたかもバネのように伸ばす。


そうすることで祈璃へ向けてまっすぐに床と平行する形で突進した。


負荷に耐えられなくなったガラスは外へ弾き出されるように破壊される。


ガラスの劈くような破裂音、しかしその音が届く前に絢愛は祈璃に肉薄していた。


「私の、私の最大奥義を推進力に変えるなんて……あああああああぁッ!!!」


絢愛はそのまま祈璃に頭突きをするように突っ込んだ。


祈璃は受け止めようとするも、その勢いを源戦掛流で受け流すことは出来ず、二人もろとも反対側のガラスに衝突した。


再びの轟音。


ガラスは爆発するように吹き飛び、ガラスと割れた床の破片が砂塵のようにカメラを覆った。


モニター越しに観衆が固唾を飲みながら塵が晴れるのを待つ。


やがて晴れたモニター画面はひびが入り、今にも壊れてしまいそうだったが確かに映していた。




「……優勝おめでとう、絢愛」

「……優勝ありがとう、祈璃」




ボロボロになったフィールドの端。


ガラスが無くなり空中に投げ出された祈璃と、彼女の手を掴みフィールドに伏した絢愛。


新たに映し出されたドローンカメラには笑い合う二人の姿がはっきりと捉えられていた。




『勝者は、優勝は、神村絢愛だああああああッ!!』




そのアナウンスと共に会場の、モニター越しの全ての観衆達が拍手と喝采をあげる。


それは遥か摩天楼の上にいる二人にも届くのだった。



第二話いかがでしたでしょうか。

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