第十四話 VS 赤城【前哨戦】
彼女達の前に降り立ったのは翡翠のような色合いを持つ和服のような戦闘服を、紅く赤く染めたように不規則なグラデーションを描く模様をあしらえた少女だった。
歳の頃は同じくらいか、威圧感のある鋭い瞳はいわゆる三白眼であり尚の事彼女をおどろおどろしく見せる。
正体不明の相手を前に、しかし祈璃は言うが早いか白刃の剣を指揮棒のように振い、空中に十振りの白剣を展開する。
それらは無秩序な軌道を描きながら前後左右様々な方向から敵たる少女を貫かんと放たれた。
「これは湯ノ華か? 片腹痛い……本物の湯ノ華というのを見せてやろう」
少女は迫る刃を一つも避けはしない。
代わりに手でその一つ一つを丁寧に掴み取れば、触れた箇所を先の柱のように変色させた。
「何……なんだというの!?」
祈璃が珍しく狼狽の色を見せる。
赤錆色に染まる剣はその上を這うように赤黒い模様が覆った。
刹那、十振りの切先は全て絢愛と祈璃に向けられる。
「草津温泉拳……湯刃堕剣」
赤黒く染まる剣の悉くが先程少女へ向けられたように彼女達を襲う。
「祈璃、下がって!!」
絢愛は祈璃を庇うように前へ出ると自身らを中心に火球を展開した。
触れたモノを燃やし尽くすその結界は、しかし剣の暴走を止められるものではない。
剣は燃え尽きなかった。
まるで耐熱コーティングでも施されているかのようにその刀身を焦がしながらも彼女達は振り下ろされる。
「温泉拳楽園流……路転源戦掛流ッ!」
祈璃は地面を踏み締め、周囲のアスファルトで絢愛と自身を覆った。
更に形状を変化させ、剣の切先を逸らしてしまう。
一点に収束、衝突した剣は祈璃達の真上で砕け散った。
「温泉拳……だって?」
攻撃の中断した間隙、絢愛は驚愕した様子で少女を見た。
「いかにも。私こそが草津が誇る温泉拳最強の泉士……八寒列闘、紅蓮零泉の赤城だ」
草津。
それは別府の遥か北に位置する列闘三泉の一つ、草津温泉拳発祥の地だ。
別府、草津を含めて温泉拳は様々な地域で誕生しているのである。
「そんな遠くの泉士さんが私達に何の用かしら?」
祈璃は努めて冷静に対話を試みる。
楽に勝てる相手ではない。
交渉に持ち込み、一度退いて策を練るのが定石だろう。
「貴様らに、か。いいや、もうないな。既に私の任務は果たされたのだから」
赤城がパチン、と指を鳴らす。
緊迫した静寂の中、いやに鳴り響くその音は、しかし。
「……何も起きない?」
「……ですわね」
彼女達の周囲に何の変化もこさなかった。
「フフッ……せいぜいこの別府に、別府に住まう人々に看取られるがいいさ」
赤城は高笑いを残し、赤黒い湯ノ華を吹雪かせる。
「わわっ!?」
慌てた様子で火球を展開した絢愛だったが既に赤城の姿はそこになかった。
「なんでしたの……?」
「さあ……?」
困惑した二人に、耳を劈くような悲鳴が刺さる。
「今度は何!?」
ビックリした様子で悲鳴の方を見た絢愛は、その光景に目を見開く。
通行人を闇泉士達が襲っていた。
一人や二人どころではない。
十人、二十人……全身を不気味な黒色に染めた人々の方が通行人よりもはるかに多かった。
「どうなってるの!? こんな数今まで……ッ!」
「考えるより先に! まずはあの方々を助けます!」
狼狽える絢愛を祈璃が一喝する。
「わ、分かった!」
絢愛もまた祈璃を追うように闇泉士達へと向かっていった。
群がる彼等を二人は捌いていく。
彼等は個々としてはさほど強くなかった。
一人一人がかつて戦った闇泉士達と比べたら精々三割ほどの実力しかない。
「おかしいですわ……」
祈璃が戦湯の中で違和感を覚える。
「ど、どうしたの!?」
絢愛が闇泉士達を吹き飛ばしながら聞いた。
「この人達……温泉拳を使っていませんわ!」
「……え?」
「確かに彼等は負の力をまとい、戦っています。けれど彼等に明確な技術がないんです。まるで昨日今日温泉拳を使い始めたような……まさかッ!」
祈璃は先程赤城が残した捨て台詞を思い出す。
『せいぜいこの別府に、別府に住まう人々に看取られるがいいさ』
「ねぇ、祈璃。この人達って……」
「彼等は、ただの一般人だったんですわ」
無数に倒れる闇泉士と化していた人々を見下ろして祈璃は言う。
「それってつまり……」
「この異変がこの辺りだけでないとしたら……最悪私達は別府そのものを敵に回すこととなりますわ」
遠くからも悲鳴が聞こえる。辺り一帯から収まることのない破壊音と絶叫。
「どうしよう! 早く止めないと……でもどうやって!?」
「落ち着いて、絢愛。きっと何か解決策はあるはずです!」
慌てる絢愛を祈璃が諭す。
「その通りッ!」
そんな二人の元へ現れたのはクマハッチ。
薄い翅でしっかりと飛んでいた。
「これはどういうことですの?」
祈璃がクマハッチの両頬を挟んで聞く。
「な、何者かが人々を闇泉士に変えてるみたいだ! 恐らくは多量の邪苦字を飛散させてやがるッ!」
「なんてことを……」
祈璃はその事実に頭を抱えた。
「クマハッチ、その発生源って分からないの?」
「うむ。ワシも突然の事だったからな。すっかり後手に回ってしまったわい……」
申し訳なさそうにクマハッチは項垂れる。
「……HSタワー」
祈璃が呟く。
「HSタワー……確かにあそこなら別府で一番高い建造物だけど」
「赤城という方は私たちの前にわざわざ姿を現し、消えましたわ。だとしたらそう遠くへ行っている可能性もありませんし、ヘリや飛行機での離陸も考えられません。行ってみる価値はあると思います」
HSタワーの高さはおよそ120メートル。
別府全体を一望できるのだ。
「分かった。でも、ここにいる人達はどうしよう。それに今、別府中の人達が……」
現在、別府は混沌に包まれている。
闇泉士達は暴徒と化し、街中を蹂躙している。
しかし、いちいち彼等に対処していればさしもの二人もジリ貧だ。
相手がどれだけの邪苦字を有しているかも不明な以上、いたちごっことなりかねない。
「だったら、オイラ達の出番みたいだね!」
絢愛と祈璃が振り返ると、巨大な鉄球を持ったこれまた巨体の男が立っていた。
「温泉入道!」
絢愛が驚いて口を開ける。
「オイラだけじゃないからね!」
入道を皮切りに何人もの泉士達が現れる。
「嗚呼、絢愛お姉さま……」
「今日も凛としておられるんですね……!」
咲良姉妹だ。絢愛を見る目にどこか羨望以外の不気味なものを感じる。
「何だか別府が大ピンチィ? だったらオレらがトラストミィッ!」
星水は相変わらずの様子でギターを抱えていた。
刹那、人通りのない交差点に激しい爆発音。
爆風で塵が舞う中、何かが落下したようなクレーターの中心に、やたらと手のでかい男が立っている。
「上手く月に掴まって帰ってみりゃァ……すまんかった。こんなオレだが役に立てることはあるかい?」
「生きてたんだ、ユデゴリラ……とりあえずあとで殴る。でも今は別府を助けて!」
「相分かったッ!」
ユデゴリラが自身の拳を突き合わせる。
「別府の少年達を、数多のカップリングをオレが守るッ!!」
「また脱獄しましたのね……」
特攻服の女、紺田に呆れて祈璃は嘆息する。
「ほかにも邪苦字を跳ね除けられる泉士達が避難や撃退をしてるからね! 二人は存分に戦ってきてね!」
入道が二人に親指を立てる。
「ありがとう、皆……!」
「きっと、きっと止めて見せますわ!」
二人は振り向く。
摩天楼のようにそびえたつHSタワーに向かって走り出した。
第十四話いかがでしたでしょうか。
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