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湯けむり♨温戦少女  作者: ひよこめんたる
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第一話 VS 観海寺祈璃【前編】

温泉。それは古来より人々を癒してきた命の泉。


地の底より湧き出たエネルギーが地熱と共に地下水へ沁み込み、やがて地上へと溢れ出す。


温泉地は古くから豊穣と繁栄を約束された地であり、そこに住まい生きとし生けるものの中には大地の、地球からのエネルギーを己が力と変える者がいた。


温泉拳(おんせんけん)


熱闘渦巻く泉士(せんし)の戦いは大化の世であろうとも変わることはない。




湯の都、別府(べっぷ)


扶桑(ふそう)帝国有数の温泉湧出量を誇るこの都市は温泉ではない熱気に包まれていた。


複合観光施設、別府ビッグセパレートブラザの一角。


天を衝くような弧状の柱、HS(ホットスプリング)タワーの頂上付近にガラスで覆われた円形フィールドが設けられている。


強化ガラスで防護されたフィールド内には唯二人の姿があった。


「イノ様、今日こそ決着をつけるよ!」


切り揃えられた黒い髪、対照的に前髪の上から巻かれた真っ白な鉢巻には赤い文字で「必勝」と書かれている。


温泉を愛する温泉拳の使い手、泉士の少女だ。


彼女の名前は神村絢愛(かみむらあやめ)


垂れ目気味な双眸は爛々と輝き、口角を上げて目の前の人物へと向けられていた。


「良い勝負をしましょうね、絢愛さん。まあ、勝つのは私に相違ないでしょうけれど」


燦然と輝く太陽の光と対を成すように月が如き金色の髪をたなびかせるのは端正な顔立ちをした女性、観海寺祈璃(かんかいじいのり)だ。


これでもかと縦ロールを両サイドから引っ提げ、腰まで届きそうな長い髪をポニーテールに纏めている。


その目は猫のように大きく、鋭い。


勝気な笑みを浮かべ、絢愛と呼ぶ彼女へと人差し指を突き立てる。


「一分です。私達にはそれで充分ですわ」


「そうだね。ボクの温泉拳とイノ様の温泉拳楽園流……その趨勢を決めるには寧ろ長いくら

いさ」


互いに幾度となく拳を交えたのだろう。


視線を交わし、言葉を交わして定位置へと付く。


二人の様子はフィールド内に設置されたカメラから地上のケーブルテレビに生中継されていた。


激湯(げきとう)♨︎温戦(おんせん)コロシアム』


別府中の温泉拳の使い手達が雌雄を決する温泉拳最大の祭典、その決勝戦なのだ。


地上のビッグセパレートプラザではモニター越しにその行く末を多くの人々が見守っている。


カポーン……


「行くよ!」


「来なさいッ!」


一瞬の静寂の後、熱戦の火蓋を切る鹿威(ししおど)しは落とされた。


絢愛は真っ正面から在らん限りの力を以て拳を突く。


祈璃の胸元目掛けて突き進む拳を彼女は腕をクロスさせて受け止めた。


絢愛は続け様に拳を放ち、無数の拳を祈璃にぶつける。


しかし彼女のガードは固い。肉と肉の、骨と骨の鍔迫り合う音がフィールド内を支配する。


拮抗した両者の力比べは、祈璃が拳を受け流すことで崩れた。


「なッ!?」


困惑する絢愛。その拳は彼女の腕を伝い地へと向かう。


「温泉拳楽園流、源戦掛流(フェザースライド)


祈璃は彼女の力をコントロールしてその方向を変化させたのだ。


まるで岩を伝って流れる水のように。


そして彼女はただ守るだけには止まらない。


受け流し、重心を崩した絢愛の体を蹴り飛ばした。


「あぁッ!」


腹部へのクリーンヒット。押し出された空気は言葉なき絶叫となり、中空へ飛ばされる。


「温泉拳楽園流……落天地(ムーンフォール)ッ!」


祈璃は放り出された彼女の手を掴むと、思い切り床へと叩きつけた。


「あああああッ!!」


空中という身動きの取れない所から相手を引き摺り下ろし、地面へ叩き付ける。


楽園流でも指折りの必殺技だ。この一連の流れを用いて祈璃は決勝まで勝ち上がって見せたのだ。


しかし、彼女の強さの理由はそれだけでない。


「どうかしら? 私の力。地下から発生する地熱を効率的に吸収するために入浴の際は30分の特製サウナと10分の水風呂を入れ替わり立ち替わり、5セットは行っていましたの。おかげで血行良好でお肌もツヤツヤですわ!」


彼女達、温泉拳の使い手が常人ならざる身体能力を引き出すことができるのは地下深くに眠る地球のエネルギーを吸収しているからだ。


エネルギーは地熱として地下水を温め、そのエネルギーが溶け出したものこそが別府温泉である。


祈璃は別府有数の巨大ホテル、観海寺リゾートの社長令嬢である。


地熱発電に力を入れる観海寺リゾートの総力を以てすれば地熱を蒸気と変えて凝縮されたエネルギーをサウナとして摂取することができるのだ。


一方、床に叩きつけられダウンしていた絢愛は膝を突きながらも立ち上がる。


温戦強化ゴム構造によりアスファルトやコンクリートを遥かに凌ぐ耐久性を誇るフィールドの床は表面を削られ、ヒビが入っていた。


祈璃の力、そして絢愛がまだ生きているのも温泉のエネルギー故だろう。


「すごいね、イノ様。さすがボクのライバルだよ……どうりでここ最近また一段と美しくなったと思ったんだ」


「それも今日で終わりですの? 違うでしょう? 立ち上がりなさい、絢愛さん。これで終わりだなんて言わないですよね?」


絢愛はついた膝を離し、二本の足で立ち上がれば、顔を上げて楽しそうに笑う。


「勿論ッ!」


試合続行。祈璃は容赦なく立ち上がったばかりの絢愛に拳を繰り出すが拳は宙を舞い、そこに絢愛の姿はない。


「速い……ッ!」


祈璃は体を翻して後方へ足を振るう。彼女が消えたことで背後からの奇襲を予想したのだろう。


しかしそこにも彼女の姿はない。


「ここだよッ!」


「上ッ!?」


祈璃が見上げた頃には既にその視界は絢愛の臀部に埋め尽くされていた。


第一話いかがでしたでしょうか?

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