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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

撥雲見天

作者: 八力夕

リハビリです。



 人には無限の可能性がある。昔は無邪気にも信じていた。


 俺の名は撥雲(はぐも)見天(みそら)。覚える必要はない。


 誰を(かば)うでもなくトラックにはねられ死亡した。明らかに意識のない運転手が脳裏にちらつき、体を揺らされるような感覚とともに。


 享年25歳。走馬灯なく死んでいく程度には人生に波乱というものがなかった。高校大学、そして会社、全てがそこそこで全てが中途半端だった。自分の進路が決まるとともに、自分の可能性が一つ一つ無くなっていくのを感じていた。


 後悔なんていくらでもあるが、果たしてどこでどうすれば成功していたのか分からない。


 だから――。


 だから、転生してもあまりやる気がでない。努力すれば報われるのではない。努力はしてきた。足りなかったのは冒険心の方だ。いつだってできれば安定を選びたがり、そのくせ人生にスパイスが足りないとほざくのだから自分というものの浅ましさに憮然とする。


 とはいえ、努力はいつどこであろうとも求められる。それこそ赤ん坊のころから。


「は~い、ママですよ~」


母が言う。とはいえこちらは生後4ヵ月の身。未だに単音でしか返事ができず、パーフェクトコミュニケーションは難しい。

 彼女の名はリガルデ・ルー。専業主婦か、育児休暇かは不明だが、一日中俺の面倒を見てくれる素晴らしい存在である。


「あー!うー!」


大事なのはボディーランゲージと喜怒哀楽をはっきり示すことだ。母と父との会話をじっくり聞くのも重要だ。しかし、じっくり聞きすぎると固まってしまい不安がられるので注意が必要だ。


 今の俺の語彙では父――リガルデ・ヴー――の職業までは正しく把握できないが、騎士か傭兵と言ったところだろう。そして彼はなんと魔法が使えるらしい。父が遊んでくれるときは大概水の魔法をねこじゃらしのようにして俺の目の前で踊らせる。


 ファンタジー世界かっ!


 テレビもラジオもない。コードも燃料もなさそうなのに()くランプ。まあ、変だとは思っていた。しかし、俺にも魔法が使えるんだろうか。父が魔法を見せてくれたときに、母にも熱い視線を送ったが、困ったような顔をされたので彼女は使えなさそうだった。遺伝するなら50%で使える。本当かよ。


 父の様子を見るに、詠唱的な手続きを一切踏んでいなかった。それならばと色々力んだり、睨んだり、――ばんだり。だいぶ古いな。気を付けなくては。


 机の上のコップに入った水を浮かせたいと睨んでいたら母にとても心配されたので以来目を盗んでやることを覚えた。

 じっくり見ると、コップには五角形の模様が浮かんでいて、魔法的に作られたのかそういう装飾なのか、どちらにしろちょっとテンションが上がる。そしてなるほど、床も壁も非自然的な幾何学模様がある。

 それにしてもこの体はやけに目が良い。1メートル強先のコップの模様がはっきり見える。日に日に視力が上がっている気さえする。


 隠れミッ〇ーのごとく幾何学模様を探すのが日課になっていたある日――。


________________

【情報】

花瓶(魔法強化)

・ ???

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 アイテムの説明みたいだ。ずっと幾何学模様を見ていたせいだろうか。やはり模様は魔法で浮かんでいたのか? 「???」はなんだろうか。

 母の方を見ると構ってほしそうに見えたらしくあやしてくれるが、目の前の表示に気付いた様子はなかった。母とコミュニケーションを取りつつじっくり見つめてみたが、こちらでは何も起こらない。コップを()め付けるとさっきの【情報】が浮かぶ。幾何学模様の有無が重要なのか?


 生後6ヵ月、未だに単語すら話すことはできない。【情報】からは魔法で強化された内容が分かるようになった。


________________

【情報】

花瓶(魔法強化)

・ 耐久性上昇(???)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 未だに不明な項目もあるようだ。コップやらお皿やら壊れやすいものには大体耐久性上昇が付与されており、一方床は腐敗防止、耐火性上昇などだった。父が付与のような魔法を使う様子は確認していないから、数年か半永久的に持続する魔法がこの世にはあるのだろう。

 その魔法については手掛かりなしだ。未だに水を浮かせることには成功していない。ハイハイもできないのに魔法を使おうというのも豪胆かとは思えども、やることもなく暇なので精一杯力んでみている。暇なので。


 ついに魔力っぽいものを掴んだかもしれない。しかし先に養われたのは視覚だった。花瓶やコップ、床など、魔法強化され【情報】が見えるものからオーラのようなものが見えるようになった。最初は気のせいかと思ったが一日ずつ大きくなり、母に助けを求めたほどだ。当然あやされて終わりだった。

 父にはオーラが見えるが、母には見えなかった。これが魔法を使える使えないに関わる、オーラだと考え、暫定的に魔力と名付けた。

 問題は、自分に魔力があるかだが、……ありそうだ。自分の手からははっきりオーラが見えており、時節視界を妨害する。いやこれ本当に見にくいな。手を出して父にこれ何本?と聞かれたら絶対に答えられない自信がある。一方で父は見えにくそうにしている様子はないので、この目はもしかしたら普通ではないのかもしれない。幼少期に隠れ幾何学模様探しをすると目が悪くなるんだなあ。

 ともかく。父の魔法の発動を見るに魔力(オーラ)を集めて水を浮かせているようだ。まだハイハイすらできないためできることは少ないが、魔力(オーラ)を動かすこと自体には成功した。

 水を浮かせようとなると、母の目を盗んでコップに魔力(オーラ)を送る必要があり、至難の業だ。苦節2週間。魔力(オーラ)を自撮り棒のように延伸することでコップに届いたが、次はこれでどうやって水を動かすのか分からない。そう言えば、ニュースでは聞かなくなったけど、自撮り棒って最近でも使っているんだろうか。


 そんな訳で、魔力っぽいものを掴んだものの、魔法という現象にまではできなかったが、【情報】の方に進展があった。


____________________

【情報】

人間


魔力眼Lv 7??語Lv 7 算術Lv 5

科学Lv 3 観察眼Lv 3 魔力制御Lv 2

解析Lv 1 魔法Lv 0 テッラ語Lv 0

ミセル語Lv 0 大陸語Lv 0 ステン語Lv 0

医術Lv 0 薬学Lv 0 剣術Lv 0

棒術Lv 0 斧術Lv 0 暗殺術Lv 0

奇術Lv 0 ... 水泳Lv0

...

...

...

...

...

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 人間て。いや人間だけども。どうやら名前が表示されるとかそういったことはないらしい。それにしてもスキルと言えば良いのか、多いこと多いこと。そしてほとんどLv0だ。この【情報】は〈観察眼Lv3〉か〈魔力眼Lv7〉か、その両方かの影響で見えているのだろう。〈??語Lv7〉は、恐らく日本語なんじゃないだろうか。




「うー?」


思わず声が出た。父の【情報】にはLv0のスキルが1つもなかったからだ。


____________________

【情報】

人間


テッラ語Lv 7 剣術Lv 6  算術Lv 3

弓術Lv 4  水泳Lv 3  魔力制御Lv 3

...

魔法Lv 2  薬学Lv 1  

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


算術が低いし教育機関が未発達な可能性があるな。〈魔力制御Lv3〉、〈魔法Lv2〉であの魔法が発動できるのか。もしかしたら他のスキルも影響している可能性があるが、かなり希望が持てる。


 そんなこんなで生後1年。やっと簡単な単語なら喋れるようになり、歩けるようにもなってきた。

 一方、Lv0のスキルが少しずつだが減っていっているのが発覚した。最初は記憶違いかと思ったが明らかに数カ月前と比べてスキルが消えている。


 なんだか不安になって、玩具として与えられたなんの変哲もない木の棒を振り回して〈棒術Lv1〉にした。剣術にはならないらしい。


 更に半年。スキルは最初に見た半分を下回った。しかし、消えることを意識し始めたからか、消えてほしくないスキルは残っているように感じる。頭の中や本、少し体を動かせばLv1になるようなスキルは全て網羅したが、減少に歯止めは効かなかった。


 思うに。

 人というものは生まれた瞬間から、自分の可能性を切り捨て続けているのではないだろうか。

 

 まさに。

 選択と集中というわけだ。

 あらゆる才能を保持し続けるのは非効率なのだろう。


 ゆえに。

 スキルのレベルを上げても、減少し続けたのだろう。



 全くの憶測に過ぎないがそう思うと辻褄が合う。

 ぞっとする話だ。また、俺は何者にもなれずに終わるのだろうか。


 何かに――。なりたかった。



――――――――――――――



ケゲーデン北部のジュミュールは人口5万を抱える大都市で、北は山を臨むが他の三方は平地で交通の要所として知られている。北の山では鉄が取れるので鍛冶も盛んだ。


「全く。君は自分のしたことが分かっているのかね?リガルデ君」


リガルデ・シエル。今世での俺の名前だ。

 父は優秀な騎士だったようで、彼の息子ということで武を期待されて領主の下で働くことになったのだが、あるきっかけで文官のような立ち位置で働かせてもらっている。肉体労働の要らない職場は最高だと思ったが、直属の上司が最悪で精神労働である。

 父がどんなに優秀であろうと平民の子は平民。一方で目の前の男は領主の兄弟――いやいとこだったか――だ。平謝りが利口である。


 メンタルを除けば前世より楽な職場だ。パソコンも印刷機もないのは発狂しそうだったが、〈筆記術Lv7〉や〈速記Lv6〉のおかげで仕事自体は早く回る。自分に非がなくとも誠心誠意謝っているふりをするスキルのレベルを上げておくんだったと後悔した。

 電線もないのにやけに明るい街灯に照らされながら帰っていると、幼馴染のメイルも丁度帰宅したところだったようだ。はっきりと機嫌の良さそうな表情が見えた。今日は上手くいったらしい。


「あ、エルくん」


夕立のように顔が曇る。数カ月ぶりにも拘わらずなんだか随分会っていないような気持ちだ。おう!と返すと一瞬口を開きかけて、またねとだけ言うと家に入っていった。


 メイルは自由傭兵。身も蓋もない言い方をすれば、魔物なんかを間引きするフリーターである。お互いまだ12歳だと言うのに良く働いてるよなあと思いつつ、俺も家に入る。


「おかえりシエル」


「ただいま母さん」


母さんに職場での愚痴を言うわけにもいかないので、メイルを見かけたことを話すと、少し曇った顔になった。

 自由傭兵は、一応登録はあるが、商人お抱えの護衛が道中で倒した魔物も集会所で取り扱ってくれる。騎士だろうが浮浪者だろうが関係ない。

 そういうわけで、自然と身元の良く分からない人間が増える。自由傭兵は実力が全てで、メイルがいかに優れた剣士だとしても家族のように可愛がってきた母さんはやはり心配するというものだろう。家族からも反対されていたし、俺も反対だった。

 メイルの夢は遠く北のソルガルを切り拓くことらしい。それなら護衛として働いてからでも良いだろうと説得したが、結局は今の状態だ。


 応援する気持ちがないってわけじゃない。本当にソルガルを探索すれば歴史に残る偉業だ。それは俺がやりたかったことだ。そして今世でも結局安定した道を選んでいる俺にとって憧れのような存在でもある。


 15歳。慣習的に成人と認められる年齢になり、浮いた話の1つや2つ必要なときだ。メイルは15歳になると同時に街から出て行った。

 未だに俺は領主の下で良く分からないパワハラを受けていた。


「これは君の責任だぞ!」


しかし今日は少しトーンが違った。目の前の男の声がいつも以上に上ずり、顔が真っ赤になって怒っている。

 いつも通り対応すると、まるで分かっていないと言わんばかりに更にヒステリックを加速させる。

 結局ひとしきり叫んで出ていけと言われ、(うやうや)しく退室した。


 数日経つと、門番に止められるようになった。曰く、貴方はもう部外者だと言う。正確にはそう聞いていると。首を傾げる。昨日は何もなかったはずだ。確認するようお願いするが、暖簾に腕押しだ。仕方なく家に帰り、領主宛ての手紙を一筆(したた)め、門番に渡した。

 とんと音沙汰がなく。

 仕方なく実家に戻り、父親に相談すると、酷く怒った様子で俺を罵った。

 聞いてみると、なるほど。どうやらあの男は、領主に横領がバレ、その罪を俺に着せたらしい。


 余りの事態に、室内にもかかわらず天を仰ぎ見ることしかできなかった。


――――――――――――――


 そんなこんなで。ジュミュールから出ざるを得なかった。(さいわ)いだったのは領主が俺の指名手配やら何やらをしていなかったことだ。もし領主が俺が冤罪(えんざい)であることに気付いているなら嬉しい限りである。こんな世界だ。捕まらないだけマシさ。


 父親というコネも失ったので仕方なく自由傭兵となった。北を目指し、密かにメイルとの再会を願っている。


 集会所は門に近いが、とは言え魔物を何体も持っていくのは不衛生だし臭いもきついてので不可能だ。なので、自由傭兵は討伐証明部位だけ持っていく者や、牙や頭など、実践的または芸術的価値のあるものだけ持っていく者がほとんどだ。


「今日は12体か。十分だな」


俺は魔法で討伐証明部位以外は焼き尽くすようにしている。虫や他の魔物がたかるのも面倒だし、やはり生物に火の魔法は一番効くと言っても過言じゃない。


 幼い頃、魔法の練習をした時間は決して無駄ではなかった。医学も薬学も、ソロの俺には必須だった。

 雪を鉄なべに放り込み、薪をくべて魔法の火で無理矢理燃やす。


「冷えるな……」


 集会所のある中では最北の街ヴィヴを抜けると一気に氷点下を下回り、一年中雪が絶えない場所となる。かまどを作って休んでは進む。


 伝説によれば、ソルガルには白銀の龍がいて、龍がこの気候を作っているらしい。


「メイル?」


最北端。ソルガルの洞窟。そこにはメイルと他3人が焚火を囲んでいた。全員が昼間にも拘わらず眠っており、起きる様子はなかった。炭は白く冷たい。

 4人のタグを回収する。集会所で登録した時に唯一もらえる。彼らの生き様を示すためのタグだ。俺も持っている。


 それだけを握り、洞窟の外に出た。


「出てこい!!」


「出てこいよおおお!」


……


「出て……来いよ……。」


白銀の龍。そんなものはここにはいなかった。ただ厳しい冬の寒さだけが広がっていた。






 かつて5人の英雄がソルガルにいる白銀の龍に立ち向かい、満身創痍となり、その身を犠牲にしてこれを討ったという。

 5つのタグと、魔力痕だけが、これを証明していた。


 ソルガルの空は、撥雲見天(はつうんけんてん)としていた。


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