1-2 強くなりたかった
何ヶ月もgdgdして申し訳ありませんでした
僕は猿渡隼颯……だった人間。今はハヤテ・ザグミヴィルという名前を貰った。
ディェットバース、僕たちの飛ばされた世界。セピアーという女神を始めとする、様々な神を信仰する多神教の世界。
呪いに巻き込まれ電車に撥ねられた結果、ゼインという巨人と一体化したまま転生した僕は、新しい肉体を与えられた。勿論ゼインも一緒だ。知識も人格も、ありとあらゆる物が前の僕。違うのは、見た目が前世よりもイケメンであり、そして内臓も外側もタフな事。生前患っていた腸の病気ももう無縁だ、やったー!
◇◆◇◆◇
今僕が暮らしているのは、ジャールム共和国という島国だ。その中のフィーギ地区の片田舎に住んでいる。
僕はこの15年の人生の中の約10年間、ヴォンゴレ・コーソングという男のもとで鍛錬し続けた。
「しゃあっ」
ボッと空気を貫く前蹴り。それはしかし師匠にしっかりさばかれて、腹部に膝蹴りを合わせられる。直後に師匠は拳を放つ。それは僕の目の前でびたっと止まった。その差は僅かに7cm、とんでもない寸止めである。
「くそぉーっ!」
「まだ鍛錬が足りないな。威力はあるのは認めるが」
僕の師匠はかつての上司のように「グズ」だの「ノロマ」だの「バカ」だの罵声を浴びせない。必要以上の干渉もない。解くためのヒントを与え、少しずつ自分で分かっていく。師匠はそれを是としているのだ。
「なぜ当たらないかのヒントを出そうか?」
「ッ、押忍、お願いします!」
「良いパン切り包丁は、ギコギコしない。すうっと下まで刃が入る……あとは考えてみな、ハヤテ」
今度はパン切り包丁と来たか。
僕はそう思いながら巻藁を蹴る。皮は剥がれるが問題ない、このタフな体なら数分もすればより強靭になって治る。既に拳は巻藁の叩き過ぎで一部が角質化し、まるでメリケンサックのようになっている。いい感じだ。
この身体から放たれる破壊力ならば、熊ですら倒せそうだ。……あくまでも気がするだけだが。
「やあっ! しゃあっ!」
巻藁に拳をぶち当てる。わざわざ目の粗いヤスリで何度も擦ってボロボロにしたところを丁寧に殴るのだ。皮膚を破り、回復を待つ。そして戻ったら、また手を殺す。足を殺す。
……そうしていくうちに、僕は強くなれる。少しづつ技のキレが上がる。やがて蹴りは速度を増し、遂には空気をボッと斬り裂いた。蹴りは巻藁へ直撃し、血まみれの巻藁はいとも簡単にへし折れて。ああ作り直しかと落ち込みながら、両足に気を溜める。
「『治れ』!」
僕はそう念じながら、巻藁を回収した。……思ったより血まみれで変な笑いが出た。
◇◆◇◆◇
かくして色々と鍛錬しているさなか、大きな声が聞こえて僕は震えた。前世のトラウマなのだろうか、大声が怖い。
「ハヤテ、そろそろ戻って来な! 昼飯にしようぜ!」
「え、あ……! うん! 今行きまーす!」
今の声の主は僕の父さん、シャリアピン・ザグミヴィル。昔は凄腕の冒険者だったようで、曰く世界の魔物のうち6%は父さんの発見だそうだ。凄いの一言に尽きる。なんせ危険地帯に臆せず足を踏み入れ、様々な魔物を討伐しては新種の倒し方をマニュアル化したり、あるいは狩りまくって狩りまくって経験値を上げるための狩場にしたり……まぁ、早い話が英雄だ。僕もああなりたい。
「……それに翻って」
僕は弱い。偉大な父の七光りと言われても仕方ないくらいには。
僕は荷物を纏め、一度家に戻った。
◇◆◇◆◇
カトラリーを配膳し終えると、ちょうど母さんが大皿を持ってきた。
「フェンドボアのジンガ焼きか」父さんは目を輝かせた。「大好物だ」
「ちょっと前にあなた達が狩ってくれた個体よ」
母さんはそう言って、どでんと大皿をテーブルに置いた。
僕の母さん────ラクレット・ザグミヴィルは料理がすごく上手い。父さん曰く『王宮の料理人に匹敵する』との事。個人的に本とかを調べてみたが(実はこの国、とても識字率が高い。なんせ学校は9年間の義務だしそれ以前から色々各家庭で教えられるので、嫌でも覚えるのだ)、出るわ出るわ『監修 ラクレット・ザグミヴィル』の文字。
偉大なる両親の下で……なんで僕はこんなに……弱いんだ……。ダメージを受けつつ、僕は食器を用意しておく。我が家は基本的に大皿取り分けなのだ。……しかもみんな大食漢だらけときた、量が多い。
フェンドボアは大体20m程度の猪に似たモンスターだ。肉は非常に美味しいんだけど、強すぎるのが問題だ。故に高級食材だったりする。
神様への感謝の祈りを終え(僕はそれに付随するように心の中で「いただきます」と呟いている)、必要な分を皿に盛って食べ始めた。
生姜に近い植物、ジンガ。そしてセゥユの噴水から採取された極上セゥユ、その他諸々。それらを用いたジンガ焼きは、前世で食べた生姜焼きの味のそれであった。
しかし流石はフェンドボア、それも極上の熟成肉だ。一噛みするだけで旨味を大量に含んだ肉汁が口腔内に満ちる。それだけだとキツすぎる油も、ジンガの風味がさっぱりと流してくれる。なにより千切りジンガの美味いことよ、ピリリとした辛味と爽やかな香りが食欲をそそってくれるのだ。
うまい、うまい……! 直ぐに皿の上の肉が消えていく。
気づけば、大皿の料理すらみんなで平らげていた。おいしかったです、けぷ。
◇◆◇◆◇
片付けを済ませる。そういえば今日、午後から用事があったんだ。外出の旨を両親に伝え、僕は村の広場に向かう。幼馴染の手伝いに行かないといけないのだ。
「えーっと、時間帯的にはこんくらいかな……?」
僕が呟いたその時だ。
後ろから何かが飛びついてきた。
「なにっ」
僕はその襲撃をかわし、襲撃者の姿を見て察した。
「……何やってるんですか、チーノさん」
「えへへ……」
チローノン・ロッソ、愛称はチーノ。僕の幼馴染だ。昔からよく遊んでいる女の子。女の子ではあるが腕っ節は意外と強く、集団のコボルト相手に無双したこともある。……バケモンだよね、ホント。
「ちょっと驚かせたくって」
「その割にはめちゃくちゃ殺気出てましたよね?」
「さ、行こっか! 急がないと日が暮れちゃう」
「答えて下さいよ」
薬草採取に向かおうとするチローノンさんに、僕は軽く呆れながらついていった。
◇◆◇◆◇
「ここなら沢山薬草が手に入りますね」
「ハヤテくんよく知ってたねー! 私ここ目指してたんだー!」
チローノンさん───もとい、チーノさんと一緒にやってきたのは薬草の自生している場所だった。色々な薬草が混じっている。……そんな時であった。
「グゥルルル……」
獣の声がする。僕は直ぐに構えた。
(ゼイン、ちょっといいかな)
《むっ、どうしたハヤテ》
(もしかしたら敵かもしれない。変身アイテムってある?)
《……変身アイテム? なんだ、その概念は。変身が必要になったら念じてくれ》
脳内の会話を終える。……「ギャアッ」という断末魔の悲鳴と、パキパキと枝が折れる音がした。
「チーノさん、早く逃げて」
「ハヤテくん……?」
「早く逃げて、いいですね?」
「……え?」
……遅かった。影の中から煌々と輝く赤い目。その身体は巨大であった。伝承の中に書かれていた巨大すぎる獣。
「……あれが、ダゴニアス……!」
魚人獣 ダゴニアス。
奴の口から、聞くに絶えない轟音がした。