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1-1 弱虫の死、巨人の共振

「はぁ……」と、僕は大きなため息をついた。


 原因は仕事だ。製造業に入って早二年、突如上司から異動を命じられ、異動先はまさかの工具再研。右も左もわからぬまま手仕上げの仕事に付かせられ、エンドミルやらを気難しい職人の下で粗削りする毎日。


 からんと飲み干したエナジードリンクの缶の音が響く寮の部屋で、ひとり僕は呟く。


「なんで僕はこんなにもダメ人間なんだろうか」


 それは心の叫び。それは弱さ。絶対に人に見せてはいけないもの。僕は弱さを見せるべきではないと悟っている。だから毎日笑顔を作り心を殺して作業している。怒られても、何を言われても、心をすり減らしながら耐えている。


 ───こういう時こそ、娑婆(シャバ)の空気を吸いに行こう。

 僕はそう思いながら、静かに寮を後にした。


 それが自分の運命を変えることに気付かぬまま。


 ◇◆◇◆◇


「あぁ……心地いい……」


 まるで死んでいた心が蘇るかのようだ。僕はぐっと背筋を伸ばす。フラフラと歩きながら、田舎道を歩いていく。

 草むらの匂い、田んぼの匂い。トンボが飛んでいる。小鳥はさえずり、きれいな花が静かに咲く。ああ、僕の好きな景色だ。ろくでもない人生を歩んできた僕にとって、この景色はどうしても心にくる。無論いい意味でね。

 昔は父さんの手伝いで畑を耕していた。いっそ脱サラ(でいいのかはわからないが)して、父さんの畑を受け継ごう。そんで、嫁さん貰って静かに過ごそう。


 そう夢想しながら、ふと踏切に目がいった。


「なっ…なんだあっ」


 僕は叫んでしまった。線路に人が立っている。いくら車の無い道だからって、そりゃないよあんた!?

 僕の目には、その人の────少年の目が、助けてと訴えているかのようだった。

 気付けば、体が勝手に動いていた。ボッ、と空気を裂く音がする。僕の体が宙を切っている。

 パ、パ、パン! と、地面を僕の足で踏みしめる。速度が増して行く。僕の視界の端っこに見える景色が、やけに早く動いている。これでも昔は空手をやってたんだ!

 脆い内臓が悲鳴を上げる。口から血が僅かに溢れる。歯を食いしばり、そして。


「うぉああああああああああッ!!!」


 僕は全力で駆け込んで、線路に立っていた少年を押し飛ばす。

 少年は面食らった顔をしていたが、直ぐに頭を下げて逃げていった。と、同時に僕の足に何か変なものがまとわりつく感じがする。


「なにっ」


 それは手であった。僕のことをしっかり掴む手であった。

 ナウマクサンダ バサラサセンダ マカロシャダ ソワタヤウンタラタ カンマン…と、僕は心の中で念ずる。そしてその手を睨みつけ、「しゃあっ」と叫んだところで手は消えて。

 気が付けば、遮断機は降りてしまっていた。目の前には、虚ろな顔で電車を運転する運転手の姿があった。


「……なんで?」


 僕の20年というあまりにも短い生涯は、呆気なく終わった。

 最後に見たのは、やけに赤い光だった。


 ◇◆◇◆◇


「起きろ、若いの」


 ん、え……? そんな変な声を出して、僕は飛び起きる。さっき僕は死んだはず。ネギトロめいた姿になっているはずの身体はどうにもなっていない。なんで僕はここに?

 周りを見る。真っ白だ。まるで背景のレイヤーが塗られてないかのように、まるで手を抜いた漫画のように。


「私は星の戦士ゼイン。これを言うのは本当に心苦しいが敢えて言おう。アンタは死んだ」

「What's the fxxk?」


 ついネッ友と話してたときのスラングが出た。あの時が一番居心地が良かったかもしれない。


「なんで僕を選んだんですか……?」

「星の戦士として邪神と闘うさなか、私は邪神と相討ちになり、不明の並行宇宙へと飛ばされてしまった。その際に子供を守り、呪いを肩代わりした君に共振する個性を感じた。このままではお互い死んでしまう。このまま死ぬか、一体化して別の宇宙を守るか。選んで欲しい」


 要は身体が欲しい訳か。身体目当てなんでしょ、と心の中でつぶやくと、巨人はすっと目を逸らした。


「……君の力があれば、人を助けられるんだね」

「ああ。それは私が、そしてこの宇宙が保証している」

「ならわかった。一体化しよう」

「……ありがとう。……君の、名前は?」

「僕は……」


 僕はひとつ深呼吸をした。


猿渡(さるわたり) 隼颯(はやて)。ハヤテ、って呼んでください!」


 ◇◆◇◆◇


 ……さて、この白い空間はなんなんだ。僕とゼインは一体化した状態で、そんなことを考えていた。


「ゼインさん、この空間は……」

「私の開くインナースペースでもない。……なんだこれは」


 そんな時、凛とした声がした。


『ハヤテ様、ゼインさん。お二方に、救って欲しい世界があります』

「「なにっ」」


 それは緑の光となり、人の形になる。ふよふよと浮く人型の光は、僕たちを向いて頷いた。


『私は別の世界の女神。名をセピアーといいます。……改めて、あなたがたに折り入って頼みがあるのです。私のいる世界、ゼインさんにわかりやすくいえばディェットバースでは、恐れていた事態が起こりました』

「確かディェットバースに居た邪神は私と()()()()が倒したはずですが」

『いえ、邪神だけではありません。実は、各地で魔物が巨大化して復活したのです。私達神々はそれらを封じようとしましたが』

「失敗した……と?」


 僕の言葉に、セピアーさんは頷いた。


『ええ……残念ですが。そこで、お二方にお頼み申し上げます。どうか、ディェットバースを救ってくださいませ。地球の小説に出るような()()()もお付けできます』

「私は要らんが、ハヤテにはつけてやって欲しい」

「……えと! 僕、タフな身体が欲しいです!! すぐにお腹下さない、どんな病にも毒にも負けないような、すっごく剛健な体が!」


 昔は保健室の常連だった。なんせ身体が弱かった。空手で筋肉の鎧を覆えたはいいものの、内臓は弱いままだった。酒は一滴も飲めないし、ストレスでお腹下すのも日常茶飯事。

 こんな酷い体に産んでごめんね、とよく母さんが泣いていたのを思い出した。


『わかりました……それでは、お二方を私のいる世界へとお連れ致します。その際、ハヤテ様にはこちらの体を捨て、新たな姿へと生まれ変わっていただきます。無論、人格と記憶は引き継いだままです』


 それもそうか、この弱っちい体を終わらせるには、新しい体にするしかないもんな、と一人納得。

 父さん、母さん。先立つ不幸をお許しください。僕は心の中でそう思いながら、目を閉じる。


『それでは、ハヤテ様、ゼインさん。後はよろしく頼みます』

「「はい」」


 僕達は、意識を手放した。


 かくして、僕たちはディェットバースに向かう事になった。新たな肉体、タフであって欲しいな。そんな邪念も胸に、ね。

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