第08話 実力を見せてあげる
霞山の県道を頂上に向かって20分程走ると、道幅は徐々に狭くなっていった。
未舗装の小道を進んだ先に『立入禁止』とかかれた看板があった。ここから先は私有地のようだ。
井上氏がトラックを降りて鎖を外し、さらに山頂へ向かう。
そこには古い家屋があった。家屋は高い塀に囲われていて手つかずの雑草が生い茂っている。
トラックは小刻みに揺れながら敷地内に入っていく。中庭を通り過ぎ奥に進むと、そこは目を疑うような状況だった。
ライオン、豹、バッファロー。大小様々な動物たちが何匹も檻に閉じ込められている。どの動物たちもぐったりとしていて、吠えたり興奮したりしない。
あたりは酷い臭いが立ち込めていた。ガリガリに痩せて息絶えそうな動物もいて、ろくな餌を与えられていないことがわかった。
売れ残り・・・。すでに死んで腐敗しているバッファローには大量のハエがたかっている。
高値で売れるのであろう子どものライオンや豹が入っている檻だけは、糞尿が片付けられている。
僕は胸糞が悪くなり、我慢できなくて吐いてしまった。こんなにも人間を嫌になったことは無い。
連続殺人犯の獣人が、もし本当にこの動物たちを助けるために人間を襲っているのだとしたら、先に手を出したのは間違いなく人間の方だ。
悪いのは人間の方なんじゃないか? 人間が動物の命を何とも思わないんだから、獣人だって人間の命を何とも思わないのは当然じゃないのか?
異世界が交わるということは、こういうことなのだろうか。
種族が違うと相手の命を思いやることなんてできないのだろうか。
頭が痛い。ガンガンする!
「どうしたの? ナタ。大丈夫?」
激痛は10秒ほど続き、サアーッつと消えた。こんなことは初めてだ。
「ああ、もう大丈夫だよ。頭が痛かっただけ」
ヨナと井上氏がトラックを降り、僕は身を潜めた。携帯は圏外だ。
ライオンのこどもは2匹。眠っている。見ていると怒りが収まらない。
井上氏がドアをノックすると、黒い作業服を着た男性に次いで、花沢会長がでてきた。三人が上機嫌でヨナに近寄って来る。
「ようこそお越しくださいましたお嬢様。ご覧になりましたか?」
花沢会長は手もみをしながらヨナに近づき、くねくねと気持ち悪い動作でヨナを観察している。
「はい。なんと愛くるしいライオンなのでしょう」
「そうでしょう、そうでしょう。で、代金はそちらのリュックサックに?」
「ええ。5億円。先にお渡ししましょうか?」
「あっ、ハイハイ。頂戴します」
花沢会長と黒い作業服の男、井上氏は興奮気味に息をきらしている。ここまで不快な息が届いてきそうだ。
「家の中でお金をあらためていただいても結構ですよ。わたしはどちらの子にするか、よく考えますから少しお時間をください」
ヨナがそう言って花沢会長にリュックサックを渡すと、他の二人がリュックサックに触ろうとして、花沢会長が二人の腕を叩いた。
そして奪い合うようにして彼らは家の中に入っていった。花沢夫人と思われる女性の高笑いが聞こえてくる。
「もう出てきていいわよ、ナタ」
外の空気に触れて少し頭が冷えた。悪臭を思い切り吸い込み、小さくむせ返る。
「ナタ。あの人たち最低ね。ホント胸糞悪いったらありゃしないわ」
「同感だ。許せない。この事件が終わったら告発してやる」
僕が怒りを抑えられずそんなことを口にすると、ヨナの口元が少しだけ緩んだ。
「これから魔法検定特級取得者の実力をみせてあげる。驚かないでね」
ヨナが目をつむった。
しばらくして、僕の周りから、木々のざわめき、鳥のさえずり、虫の鳴き声が消えていく。
いつの間にか何も聞こえなくなった。どうなっているのだろう?
すると、冷たい空気が身体の中を通過するのを感じた。
― 交信開始、『來田里奈』に接続します。
・・・この声は、ヨナの心の声だろうか。聞こえたのではない。感じたのだ。
― 來田、準備はいい?
― こちら來田。ご署名をいただいて申請手続きは完了です。部長、お願いします!
― オッケー。ミッション開始!
ヨナが右手の人差し指を立て、空に向かって文字を書く。
『Yona Nikaido』
― レンゴク銀行ベリアル支店窓口担当、來田里奈より第二営業課長へ。顧客名、二階堂夜名の魔力返却手続きが完了しました。魔力5万ポイントを二階堂夜名に振込願います。
― ・・・・・・。カシャン。
― 部長、申請手続きは受理されました。10秒ほどで振込完了です。
― ご苦労様、來田。六条は?
― 六条君もスタンバイ完了です。
― 了解、じゃあまた連絡する。
― お気をつけて、部長。
― 交信終了、『來田里奈』との接続を解除します。
ヨナは両手を前にだし手のひらを重ねた。
指を器用に動かして形をつくり、また動かして形をつくり、いわゆる印を結んでいる。一瞬だが、カニやカタツムリも含まれているように見えた。
「さあ、本番行くわよ。いい、ナタ?」
ヨナと來田さんの交信をはっきりとキャッチした僕は息を呑み、三度四度うなずいた。
「ありがとナタ! 条件はそろったわ」
ヨナは空に向かって、レンゴクの言葉で呪文を唱えた。そして、大声で叫ぶ。
「魔法省中央管理局へ。『公園』での魔力使用制限が霧崎ナタによって一時解除されました。
二階堂夜名は魔力4万5000を消費し、半径100m以内に術式を発動します」
間髪入れずヨナは続ける。
「特級魔法の壱、空間転送! 弐、記憶消去! 参、記憶創造!」
目の前の檻が、動物ごと次々と消えていく!
数トンはあるだろう鉄の塊が、動物とともに空間から跡形もなく消えるのだ。
そう、「消・え・る」のだ!
死にそうだった動物たちもさすがに興奮している。しかし消去は止まらない。
シュン、シュン、シュン、シュン、シュン・・・
最後の檻が消える。同時に家屋の中から悲鳴が聞こえた。
疑っていたわけじゃないが、ヨナの凄まじい魔法を目の当たりにして、さすがに僕は驚いた。
超一流の魔術師というのは本当だったわけだ。
空から轟音が聞こえて我に返ると、急にヘリコプターが現れた。即座に僕たち目がけて梯子が投げこまれる。
ヨナは強風に髪を巻き上げられていて、梯子をつかみ大声で叫んでいる。
よく聞き取れないが、早く来いということだろう。
必死で梯子をつかみ、登りきると、機内で來田さんが待っていた。ヘリコプターは六条が操縦している。
もう驚かない。
学園警備部はこういう特殊な人たちの集まりなのだ。僕は受け入れる側にシフトした。
操縦席の横には5億円が入ったリュックサックがある。
「ああ、良かった」
極度の緊張から解放されて、僕は急な眠気に襲われた。
そしてその場に倒れた。倒れる瞬間、ヨナが僕を受け止めてくれた記憶を最後に、意識を失った。
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