第06話 魔術師の交渉は5億円
翌日、花沢会長宅に10分程早めに着いたにもかかわらず、学園警備部は全員がそろっていた。
今日のヨナはアウトドア系ブランドで固めたスタイルで、1泊2日のテント泊でもこなせそうな大きいリュックサックを背負っている。
「ナタ遅い。部長より遅く来るとは、こぶ・・・部員失格ね」
おい、いま子分と言おうとしたよな。
「部長、父が手配してくれました。早速、お邪魔しましょう」
「そうね。ご苦労様」
子分Aである六条が、子分Cになった新米の僕をチラッと見た。
少し笑ったのは、どういう意味だろうか。
花沢と書かれた表札の前に、小太りで黒縁の眼鏡をかけたおじさんが待っていた。ありえないほど大きい金のブレスレットは、いかにも「お金持ってますよ」という感じがして、嫌な感じだ。
「私になにか用かね。警察が君たちと会うようにと言うから出てきたのだが。いま私が襲われたら、警察はどう責任取るつもりなんだか。警備さぼりやがって」
と、花沢会長は僕たちにぶつくさ文句を言った。
「急なお願いを聞いていただき、ありがとうございます。私は誠心学園高校2年の二階堂と申します。今日は少しお話を伺いたくて、お邪魔しました」
気を悪くしていた花沢会長も、ヨナの美しさには適わないようだ。態度は180度変わった。
「やあやあ、君のような綺麗な娘が私に聞きたいことがあるとは。遠慮なく聞いてごらんなさい。何でも教えてあげよう。さあさあ、中に入りなさい」
このおっさんは図々しくもヨナの手を握り、汚い目つきでヨナを観察している。さらに、僕たちに対しては「お前らは来んな」という無言の意思表示をしてくる。怒怒怒怒怒。
僕は花沢というこの人物に強烈な嫌悪感を持った。「絶対、悪い奴だ。こいつ」そう思って、六条をみると、彼も怒りで拳を震わせていた。
わかるぞ、友よ。さっきのことは忘れよう。
居間には鹿のはく製が飾ってあった。立派だが、僕はどうも気味悪くて苦手だ。どうしても死骸に見えてしまう。
「聞きたいことというのはなんだね?」
花沢会長が言った。
「失礼でしたら申し訳ありません。花沢さんは霞ヶ丘猟友会の噂をご存知でしょうか」
少し考えるふりをして、花沢会長は怪訝な顔をした。
「いや、私の耳には届いていないね。どういった噂なんだい?」
ヨナはもう一度「失礼になりましたら・・・」と言ってから、ズバリ本題に入った。
「霞ヶ丘猟友会に頼めば、どんなに貴重な動物でも手に入る」
花沢会長の顔は一瞬で青くなっていった。
お茶菓子を持ってきた奥さんは、顔色一つ変えずにヨナの話に耳を傾けている。
花沢会長は僕たちでも容易に察しがつくほど動揺していた。
「ははっ、まさか。何を言っているんだ君は。私たちは、ただ狩りが好きな趣味仲間だよ。馬鹿らしい」
「そうですよね、ただの噂にすぎません。ごめんなさい。気にしないでください。では、もうひとつ伺います」
「何かね」
花沢会長は酷くおびえているようにみえた。
「ライオンを売ってほしいのですが。いくらでしょう?」
そう言うと、ヨナは手持ちのリュックサックをごそごそとまさぐった。
「これでいかがでしょうか? 本物です。確認してください」
大理石でできた大きなテーブルに、ヨナは丁寧に何かを並べている。
僕は横目で確認した。
それは一万円札の束だった。
「え――――――!?」
僕は心臓が飛び出しそうになったが、何とか声を殺して平常心を装った。
次々とヨナのリュックサックから札束がでてくる。
「・・・あなた」
と、花沢会長の奥さんが小声でつぶやいた。
僕たちの目の前で、花沢夫妻はお互いの耳元でひそひそと話し合いを始めた。
「二階堂さん。その札束を見せていただきますが、よろしいかな?」
「ええ、どうぞ」
そう言うと、花沢夫妻は丁寧に札束を観察した。
「2億円あります。本物です。これでライオンを買いたいのですが」
花沢会長の額に汗がにじんでいる。
「昨晩、警察からあなた達に会うように言われたのだよ。いざ会ってみたら、君に突然ライオンを売ってくれって言われて。なんのことだかさっぱりわからない」
「足りませんか?」
そう言って、ヨナはさらにリュックサックから札束をとりだした。
大量の札束を前にして、花沢夫妻は完全に『魅惑の魔法』にかかっていた。
「5億円あります。売ってくれませんか? 気にしているのは、罠かもしれないってことでしょう? そんなことで5億円用意できますか? あなた方にもし罪があったとしても、私には関係のないことです。私は本当にライオンが欲しいのです」
花沢夫妻は再びひそひそ話をはじめた。まる聞こえだが。
「そういうことでしたらお嬢様。いま私はライオンをお売りすることができませんが、友人に頼んで何とかしましょう」
花沢夫人の顔が急ににこやかになり、必死であいづちを打っている。
「いえ、花沢会長。私は今すぐ欲しいのです。ライオンと言いましたが、こどものライオンが欲しいのです。あの可愛らしい顔。死にそうなくらい、いてもたってもいられないのです」
ヨナはわざとらしく、大理石のテーブルに突っ伏してウソ泣きをはじめた。ウソ泣きに騙されて、花沢夫妻はオロオロしていたが、しばらくすると花沢会長がヨナに声をかけた。
「お嬢様、わかりました。それでは明日、誠心学園高校の飼育室前にお越しください。私の部下があなたをライオンのいる場所までお連れします。お取引はその際に」
― やった! かかった。
僕は内心でガッツポーズをとった。
「ああ、嬉しい。ありがとうございます、花沢さん」
そう言ってヨナは札束をリュックサックにしまった。用が済めばこんなところに長居する気はない。僕たちはさっさと花沢会長宅を後にした。
その夜は布団に入った後、しばらく眠れなかった。あの5億円はヨナの魔法だよな。ヨナのお父さんは普通のサラリーマンのはずだ。
もしかしたら大物パパをもつ六条の? いや、そんなわけないか5億円だもの。などと考えていたら、いつの間にか午前0時をまわっていた。明日は山場だ。もう寝なければ。
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