第04話 異世界から来た殺人者
― 昨夜未明、私立誠心学園高校の生徒2名が失踪。
本日早朝に同校の動物飼育小屋で発見され2名の死亡が確認された。
死因は裂傷による出血死。目撃者によると犯人は大柄な男性で、警察は行方を追っている。
突然飛び込んできたニュースに学園は騒然となっていた。
学園警備部の緊急連絡網によりクラスの誰よりも早く状況を知っていた僕は、パニックになったクラスメイトよりいくらか落ち着いていた。
校舎は大勢の警察官でごった返していて、僕たちは教室でひたすら先生からの指示を待っていた。
不幸にも被害にあった生徒は二人とも1年生のようだ。クラスメイトになかには、被害者と親しい女子もいて、気を失って救急搬送される騒ぎにもなった。
日本中が震撼した、歴史上類を見ない大量殺人事件はこうして幕を開けた。
事件発生から一週間。学園はずっと休校となっている。犯人は未だ捕まっておらず、連日殺人事件が発生している。警察は同一犯と断定していて、被害者は既に10人を超えていた。
テレビでは警察を無能だと批判する大学教授や評論家が後を絶たない。
目撃者によると、犯人はライオンの面を被った大男で、殺人を犯した直後に「パッ」とその場から消えるらしい。信じがたいが、その光景を見た人が何人もいるそうだ。
携帯の着信音が鳴り、学園警備部の緊急メッセージが届いた。
― 緊急招集。本日正午、霧崎ナタの小汚い部屋に集合。以上。二階堂
「おいおい、ヨナ。今は学園から外出禁止令が出ているじゃないか」
僕は『小汚い』のくだりを無視して抗議のメッセージを返信したが、あえなく却下された。
― 保護者の記憶は消しておくので心配無用
― 了解です部長
― 必ず行きます
実をいうと、ずっと家にこもっていたので退屈していた。不謹慎なのは分かっているが、ヨナに会えるのは嬉しいので少し胸が弾んだ。
「ちょっと片づけるかな」
ぴったり12時。学園警備部のメンバーは僕の部屋に集合した。ヨナはキャミソールに短パンというシンプルなファッションだ。私服姿は新鮮だった。美人は何を着ても似合うのだ。
なのに、かもしだす威圧感と不機嫌そうな印象が半端ではない。せっかく可愛いのに残念だ。
「では、捜査会議を始める。本件は、わが学園の生徒が2名も亡くなるという極めて痛ましい事件である」
「その通りです、二階堂警部」
「おっしゃる通りです警部!」
ヨナの子分二人は真剣な顔をして言った。だけど僕はそうしなかった。この茶番劇を早めに止めさせなければならない。
「ヨナ、固苦しいよ。普通に話して」
ヨナはラベルに『おこり茶』と書かれた見慣れない飲料を一気に飲み干した。
「確かに肩凝るわね。ちょっと気を抜くわ」
そう言って、リュックサックの中からプリントを取りだした。ニコニコしている。
「これが犯人よ。あたしが描いたの。上手いでしょ」
可愛らしいライオンの人相書きだ。ニュースで見た人相書きとはだいぶ違う。
「キャ、可愛い。話題になっていますよね、犯人がライオンの面を被っているって」
と子分Bの來田さんは言った。
「可愛らしいライオンですね。部長、絵がうまいなあ」
子分A(六条)はヨナの機嫌をとりつつ話を進めた。
「ライオンの面を被って人を殺すなんて、狂気的な殺人でも演出しているつもりでしょうか?」
「深読みしすぎよ。あたしはすでに犯人がどんな奴でどこに潜んでいるか、見当がついている」
子分A(六条)は持参したノートパソコンを開き、ヨナにちょっと待っての合図をだしたのち、親指を立てた。
「これを見て頂戴」
そう言って、ヨナは僕たちにプリントを配った。
<学園警備部ひみつ情報☆パートⅡ>
① 霧崎ナタが描いた4枚の絵は次のとおり。
『公園』・・・公園で少年と少女が仲良く手を繋いでいる様子。人間の世界。
『地獄』・・・炎と氷と雷が空を覆う街に悪魔たちが暮らしている様子。悪魔の世界。
『夏祭り』・・動物たちが夏祭りを楽しんでいる様子。獣人の世界。
『雪合戦』・・子どもの天使たちが雪合戦をしている様子。天使の世界。
② 門扉によって異世界転移は可能である。
③ 異世界も等しく時間が流れている
「いい? 覚えた?」
「記憶しました、部長」
「OKです、部長」
ヨナは『地獄』へ行っていたのだから、異世界転移が出来るのは分かっている。門扉か・・・。でもこの子分たちは何故、こんな話についていけるのだろうか。
ヨナが子分たちの素性を何も話してくれないのだから仕方がない。まあ、いずれ分かるさ。気にするのはやめよう。
「次いっていいよ、ヨナ」
「あっ、六条! ノートパソコンに記録しちゃだめよ。覚えなさい」
渋々、子分A(六条)はノートパソコンを畳んだ。素直だ。その隣で來田さんがそわそわしている。
「ライオン男、『夏祭り』、獣人の世界。これらのキーワードから、あんた達どう推理する?」
ヨナの質問に子分B(來田)は素早く反応した。
「ハイッ!」
「ヨシ、君! 來田どうぞ!」
ヨナはポッキーを口の端でくわえた。たばこを吸うようなしぐさをしている。
「部長! わたしの推理はこうです。犯人はライオンの面を被っているわけではなく、ライオンの獣人である。しかし、この世には獣人なんて存在しない。ではどこにいるのか! 犯人は『夏祭り』、つまり異世界にいるのではないでしょうか!」
子分B(來田)はご満悦だ。子分A(六条)は険しい顔で眼鏡を拭いている。気のせいか、六条の舌打ちが聴こえた気がする。
「來田・・・、正解!」
バキューン!
ヨナは右手でピストルの形を作り、子分B(來田)の額を打ち抜いた。すると子分B(來田)は、何故か胸を押さえて床に倒れこんだ。
ヨナが「フー」と言って見えない煙をふく。ヨナの口にチョコがべっとりと着いていて、可笑しかった。
気をとり直して会議再開。
「ニュースでみんな知っているよね? 被害者の共通点」
六条はずっと眼鏡を拭きながら、來田さんはコンソメ味のポテチを食べながら聞いている。
「被害者が全員『猟友会』に入会していること」
「うちの学校の2人も猟友会のメンバーだったの?」
「正確には親がね。集まりには2人とも参加していたそうよ」
「ここまで犯人が絞られているのに、警察は殺人を止めることができない。それはそうよね。犯人はこの世の者じゃないのだから」
「このまま被害者は増え続けて、やがて迷宮入りか・・・」
僕がつぶやくと、ヨナは力強く言った。
「そうはさせない。絶対に捕まえてみせる。六条、犯人の動機についてどう思う?」
「そうですね。犯人の大切な仲間、というか動物が猟友会のメンバーに捕獲されたとか、殺されたとか、そういう動機じゃないでしょうか」
僕も來田さんもうなずいている。
「あたしもそう思う。犯人が仲間を殺された恨みで殺人を続けているのなら、捕まえるのは難しいわよね。いつ、どこに現れるかわからないのだから」
ヨナの考えが少し見えてきた。
「もし捕まった仲間を助けるためだったら?」
「そう。その動物を犯人より先に保護してしまえば、あたし達を狙ってくる」
「そんな危ないこと!」
六条はそう言って、心配そうな目でヨナを見ている。來田さんも同じ表情だ。
「六条。來田。あたしを誰だと思っているのよ」
二人はうつむいた。
「あなた達二人は、安全な場所であたしのサポートに回ってもらいます。というか、あなた達にしか務まらないでしょ」
來田さんは感動しているようだ。あなた達にしか務まらない、というセリフに胸をうたれたらしい。
「部長、わたし精一杯やります。サポート」
「僕も」
「ありがと」
六条も來田さんも、あっさりヨナの案に賛成した。うん? まてよ。僕はサポートじゃないのか?
「では、『犯人は猟友会に捕獲された仲間を取り返すために犯行を重ねている』と仮定して作戦を立てます。捕獲された動物は、そうね。A子ちゃんとします」
ヨナは捜査ノートを手に取り、チェックした。
「これから学園警備部は猟友会に接触し、A子ちゃんの居場所をつきとめ保護します。六条と來田は、例の場所でサポート」
「了解です!」
「もし犯人と戦闘になったら、魔法検定特級取得者のあたしは絶対に負けない。犯人は『夏祭り』に逃げ込むはず」
「はい」
「あたしの合図で、ナタは『夏祭り』の門扉を開く。六条と來田はすぐにあたし達と合流。4人で犯人を追いかけます。質問は?」
「ヨナ、門扉の開き方なんてわかんないよ、俺」
ヨナは苛立ちながら言い放った。
「はあ? あんた、自分がどうやってあたしを地獄送りにしたか、覚えてないわけ?」
言われてみれば、その通りだ。はっきりと覚えている。あの時、僕は砂場にこう書いてヨナを地獄送りにしたのだ。
― ヨナ、あっちいけ
何とかなる、か。
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