第01話 プロローグ①
4才の頃、左手で絵を描いたらすごく上手に描けた。
絵を見た伯父さんたちが大騒ぎして僕は大変な有名人になったのだ。
有名な画家の生まれ変わりだとか天才児だとか言われてテレビに出たし海外の大学にも連れていかれた。
両親や友達と会えなくなって寂しかったこともよく覚えている。だけど不思議なことに絵の才能は5才で消えた。
あれから10年。今は高校受験を控えている。体調さえ崩さなければ志望校に合格できるはずだ。
このまま普通に高校生活を楽しんで普通に生きていくのだ。そのハズだったのに・・・。
変な能力が発動したのはあの日だった。絵の才能が無くなった代わりに恐ろしいスキルを取得していたのだ。
7才の誕生日、僕は大好きだった女の子と公園で遊んでいた。
少女の名はヨナ。
ふとしたことから喧嘩になっていじけた僕は砂場に彼女の悪口を書いた。その瞬間、僕の左手は炎に包まれた。
その時は何故か熱さも痛みも驚きもなかった。
ヨナの悲鳴が聞こえて咄嗟に炎を振り払うと、炎は僕を離れて空を暴れ回った。
そしてゆっくりと目の前に降りて来て形を変えた。
あれは地獄の門だった。
扉の奥は真っ暗な闇。必死に助けを求めるヨナ。闇はヨナを吸い込み僕はヨナを追いかけた。
ガチャンという鍵がかかる音がしてヨナの悲鳴は地獄の門とともに消え去った。僕は左手に激痛が走り気を失った。
そして目が覚めた時、痛みはきれいさっぱり消えていた。
「夢だ」と思っていた。
だがヨナはどこにもいなかった。ヨナはこの世に生まれていないことになっていたのだ。
僕が砂場に書いた言葉は「ヨナ あっちいけ」
しばらくは毎日泣いていた。しかし僕はいつの頃からかヨナのことを完全に忘れていた。地獄送りにした幼なじみのことを。
携帯の着信音が鳴り、届いたメッセージに目を通す。彼女からのメッセージはこうだ。
― 約束、守ってね
あれは先週の日曜日。午前中はずっと勉強していたので、気分転換に初詣に行ったときのことだ。
参拝客で賑わう大通りを歩いていると、誠心学園高校の制服を着た女子高生を見かけた。僕の志望校なので、つい目で追いかけた。
たこ焼き屋の前で彼女はこちらを振り向いた。長い黒髪が真冬の太陽に照らされて輝いている。細く長い手足にバランスの整った顔立ち。切れ長の眼に長いまつげ。
『氷の国のかぐや姫』。それが第一印象だった。
鐘が聞こえて我に返ると、かぐや姫がたこ焼きを買っているではないか。僕は笑いが込みあげてきた。
「頑張って合格します。待っていてください、先輩!」と心の中でつぶやいた。
その日の夕方、僕は大変なことに気づいた。受験票がどこにも無いのだ。
確かに机の上に置いてあったはずだ。机の下もベッドもくまなく探したのに見当たらない。
今日の行動を思い返してみたが、受験票を紛失するようなことはしていない。
すると突然、部屋の照明が消えた。真っ暗で何も見えない。
― 誰かいる!
恐怖のあまり声が出なかった。体も動かない。暗がりに目が慣れると、誰かの輪郭が浮かび上がってきた。
それは制服姿の女子高生だった。「女子高生?」とつぶやいた瞬間。
パ―――ンッ!!
強烈な平手打ちをくらい、僕は勢いで腰を強打した。
「なななな、何すんだ!!」
声が裏返ってしまった。
「はあ?」
と同時に照明がついた。たこ焼き屋の前で見かけた『氷の国のかぐや姫』だ!
冷たく鋭い目で僕をにらみつけてくる。
「あたしが誰だか覚えてる? ナタ。あんたがあたしに何をしたか忘れてない? ナタ」
― ナタ
イントネーションを前に置いたその発音はすごく懐かしい響きだった。小さい頃いつも一緒にいたあの女の子だけが僕をそう呼んだ。
その発音を頭の中で繰り返す。何度も繰り返すうちに女の子との思い出が鮮明になっていった。
そして目の前の女子高生と重なった。
「思い出せない? お互い大きくなったものね」
再び声を聴いた時、僕は声が出せなくなっていた。
― 生きてたんだ!
「あんたに会いに来た理由分かるでしょ」
僕は口をパクパクさせて、必死で声を振り絞った。
「ヨナ、生きてたんだ!」
いまにも心臓が飛び出しそうだ。生きていて本当に良かった・・・。
「泣くなっつうの。ホント変わってないね、ナタ。だらしないわねー。男の子なのに」
綺麗な二重まぶたの冷ややかな目。だけどさっきより、目の端が少しだけ緩んでいるかもしれない。
「本当にごめん! 俺のせいで!」
ヨナがまた深いため息をつく。
沈黙の間、目覚まし時計の秒針を刻む音が、はっきりと聞こえた。
「まあ、いいわ。反省してるようだし。ビンタでおあいこ。許してあげる。その代わり・・・」
そう言って、ヨナはポケットから生徒手帳をとりだした。手帳にはこう書かれていた。
― 誠心学園高校 1年A組 二階堂 夜名
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