もう、逃げない。
私は、逃げるのが得意な奴だ。
怖くなったら、何からも逃げる。だって、辛いから。
親は言った。
「別に逃げてもいいんです。それで怖さがなくなるなら。」って。
優しくて、心が広い人なんだなぁって、思った。
でも、私は確か、それを求めていたのではなかった気がする。
でも、その通りでもあったから、私は逃げた。怖いから。
私は学校に行かなくなった。
行ったら疎まれるだけだし、辛いだけだし、私が悪者にされるし。
だいたい、悪役令嬢って何だろう。
流行りの小説にも必ずでてくる。私はこれらしい。
そう思うと、こんなことを本当にしてたらって思うと、また怖くなって、逃げる。
私は、友達と会わなくなった。
だって、本当は私のことを、嫌ってるかもしれないから。
無理にあって、もっと嫌に思われてるのに、気づかずに話し続けるのって、なんかやだ。
どっちも辛い。なら、私が逃げればいい。
だって、怖いんだもの。
私は、家から出なくなった。
だって、それで学校の子に会ったら気まずいし、辛いから。
何か言われたらって思うと、怖いし、嫌な感じがするし。
わがままだけど、私は自分のために、もうここから出ない。
気まずい雰囲気にならない、みんなのためでもある。
でも一番は、怖いから。
私は、笑わなくなった。
だって、もう覚えていないから。
いつだったか、それをしていたような気がするけど、もう、嫌になっちゃったから。
笑ったら、思い出してしまいそうで、怖いし。
怖いのは嫌だと、心の私が言ったから。
私は、私は。
もう何でもいい。
もう、何になってもいい。
怖くなければ、それでいい。
何もかも、忘れてしまったから、何も知らないから。
怖くないし、辛くもない。
そんな時に、私に新しい執事ができた。
初めて会った時は、何かびっくりしてたけど、すぐになぜか私に駆け寄ってきた。
私より小さくて、でも、すごく表情豊かな子だった。
私の、『オトモダチ』なんだって。
何だったっけ。『オトモダチ』って。
なんか、怖いなぁ。
………逃げようとした。
そしたら、捕まえられた。
怖くないなって、なぜか思った。
だから、やめた。
私とその子は、『お友達』になった。
何だか、わかったような気がした。
怖いけど、暖かくて、なぜがそれを離したくないと思った。
逃げなかった。
その子が、私に『エガオ』を教えてくれた。
心が、ぽかぽかして、わぁってなった時、自然に出た。
これが、『笑顔』なんだって。
何だか、わかるような気がした。
少し怖かったけど、何だか、そのぽかぽかは嫌じゃなくて、逃げなかった。
その子は、私に家から出ようって言った。
嫌だったけど、その子に無理やり引っ張られて、外に出た。
太陽の光は眩しくて、たくさんの『ヒト』の姿にチカチカした。
逃げたくなった。怖かった。
でも、その子が腕を引っ張ってくれて、走り回って、眺める知らない世界は、ピカピカして、綺麗で、怖いけど、怖くなかった。
だから、逃げなかった。
ある日、その子は大きな建物の前に私を連れてきて言った。
「これは、学校だよ。」
「ガッコー?」
「うん。学校。8歳くらいまで、君も通っていただろ?」
「がっ、こう。怖い。」
「怖くないよ。怖くない。しっかり、見て。」
しっかり見てみたその建物は、ピカピカ、チカチカしていた。
みんな笑ってて、楽しそう。
ちょっと悲しそうなこともあるけど、それも何だか深刻じゃない。
何より、一生懸命みんなが頑張ってる姿は、綺麗だった。
どこからか、熱いものがこみ上げて、それが目から落ちた。
これは、何だっけ。
辛くて、怖くて、悲しいのに、何だか、優しくて、あったかい。
大切な、大切なものだった気がする。
でも、知らない。
「これ、何だっけ。」
彼に聞く。
彼は何でも知ってるから。私が知っていたこと、全部。
「それは、涙だよ。悲しいもの。でも、それでいて、その涙は、とってもあったかいものだ。」
彼は笑顔で答える。
ピカピカ眩しくて、いっつも目を細めてしまう、その笑顔。
でも、今日はなぜか、それに見覚えがあって、見つめてしまう。
大切で、覚えていなくてはいけなかったはずの何かが、一気に私の中に溢れた。
それは本当に急で、とってもびっくりして怖かったけど、優しくて。
ああ、私は逃げたんだ。
思い出した。
だって、何もできない自分に、見捨てられたらと思うと、怖かった。
逃げたかった。辛いから。怖いから。
それは、別に悪いことではない。
でも、いいことでもない。
それでも逃げた。幸せを願って。
幸せに、なりたかったから。
幸せが何なのかは知らないけど。
ただ、それを掴みたいと思ったから。
………だけど、もう。
もう、逃げようとは思わなかった。
幸せが何なのかも、彼が知っているだろうから。
いや、知らなくてもいいんだ。
だって私は、多分これが幸せだって、もう知っている。