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序章4 一触即発

淡々と告げた女の言葉に運び屋はすかさず拳銃を向けた。銃口はミコトの頭にまっすぐに向けられハンマーはすでに下ろされいつでも発砲が可能な状態で、一瞬にしてその場の空気が凍りつき重い殺意がグリップにかけられた。サングラスの奥に鋭い光を宿した男の口許にはもう三日月は跡形もなくなっている。


「回りくどいのは嫌いなんだよ小娘。」


「…あっそ。なら撃てば?そんな事すればあんたの相方が持ってた着服金、どこに隠したかわからなくなるけど。」


ミコトの態度は変わらず淡々と無表情だった。二人の殺伐とした空気に店主だけが取り残されているわけだが、なにかできるでもなくただ棒立ちで目を左右に移動するばかり。静かに冷や汗を流しながら一体なんの話をしているのかもわからない状況で、聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。


「着服金…ってどういうことだそりゃ!?」


この空気の中ではあったが口に出さずにはいられない。運び屋が資金を着服していた可能性が浮上しているからだ。それは組織の信用を地に落とす悪行であってはならない問題だ。


「簡単だよ。おじさんの店には本当の維持費より高い金を要求し、その差額分を着服してたってだけ。」


さらりと言ってのけるが無論そんなことを続けていれば自ずと組織に対する不満が溢れてしまう。そこで月で変動する維持費のシステムを利用したのだ。一月だけ高く集金し、次の月には元の維持費に戻すというやり方を数店で行っていたため今まで不正はばれずまた足もつきにくかった。


(お陰で着服金の出所と運び屋探すの苦労したよ…。)


ミコトが着服金の存在に気がついたのは偶然であったが、彼女の目的のためにはこの着服金問題は利用する他なかった。おかげでここ数日寝る間も惜しんでここ周辺の運び屋の動きをマークしてしつづけようやくつかんだ尻尾がこの店の着服金である。見つけるのに苦労したのは主犯は運び屋一人でやっていると思いきや二人もいたからだ。集金帳簿を弄り金の流れをしっかり隠す用意周到なやり方をされれば身一つで探すにも骨が折れる。おまけに主犯の一人もなかなかの手練れで騒ぎを起こさず事を起こすのにも神経を使った。


(我ながら、割りに合わないことしてるなぁ。)


銃を突きつけられているにも関わらず心ここに在らずの思考で全く動じないミコトの口許に三日月が浮かんだ。今度はきちんと笑った風に見えるであろう笑顔である。


「なんのことだって、しらばっくれるかと思ったのに。意外と感情的なんだね?」


「死んだ運び屋の身体的特徴を言い当てられてしまっては、その言葉が真実であることに疑う余地がありませんから。」


そう、運び屋は素性を隠すため常にサングラスで顔を隠している。また普段から襲撃されないよう己が運び屋であることは組織の幹部以外…家族にすら隠さなければならない。そのため瞳の色など知っているものはほとんどいないのだ。そして運び屋同士で相方等という関係性になることもない。


「金を盗る」「青い瞳」「使用武器」「これらの情報がすべて正しい事を“知っている”のは己以外にいてはならない。それをもしも知りうる者がいるとすればそれは…己の不正を知るものだ。なにせ死んだ運び屋の持っていた着服金だけが遺体から抜き取られていたからだ。金品目的ならば回収金すべてを持っていけばいいもののそれには手を着けずまるで着服金の存在を知っているぞと言わんばかりに。


だからこそ男はここに来たのだ。なにせ死んだ運び屋が最後に維持費を回収した場所がこの武器屋…正式名表「アメジストリア」だったからだ。


「それにあなたが殺した彼…あぁ、名はビィダと言うのですけどね。良いやつなんですよ。敵討ちくらいしてやらないと、ねぇ。 」


小娘の頭に穴を開けてやりたい衝動を押さえ、冷静を保ちながらミコトに全神経を向ける。脳裏にすぎる相方であるビィダの最後の姿がちらついて心なしか声に怒りがこもってしまう。着服金という組織の信用を落としかねない真似をしている立場ではあるが、己から見ればビィダはまだましな男であった。仲間思いで話のわかるよき友であった。金だって、病気の娘の治療費が足りなくて、言い訳だが仕方がなくやっていたことだ。罪悪感にまみれながらビィダだその金をつかみこう言っていた。


ーあの店の店主はぶっきらぼうだが根は良いやつなんだよ。俺が運び屋だって知らずに何度か酒も飲んでさ…ー


ー俺は最低だ、娘の治療が終わったら金を倍にして返しにいくよ…そして組織に自主するよ。娘が助かったら、俺はなんだって良いんだ。謝ったって許してもらえないことはわかってる…でもあの店主にはやっぱり謝りたいんだ。ー


その言葉を最期に、ビィダは冷たく無惨に路地裏に打ち捨てられていた。体は千切られ地肉が茶色い地面にこびりつき、もう顔もわかりはしなかった。ぼろ雑巾のようになった元ビィダ「だった」ものを前に泣き崩れる彼の妻と娘を見て何も思わぬほど外道に落ちてもいない。


(復讐なんて柄でもないですが、せめてあなたがやろうとしていたことは墓まで持って行かせますよビィダ。)


彼の不正を暴かせるわけにはいかない。ただでさえ父親を失った娘にこれ以上追い討ちをかけるような真似はできない。ばれたとしても、処罰は己だけで済ませたい、浅はかではあるがそんな思いがこの男、グレーズの中に存在していた。我ながら人間味のある心が残っているだなと本心を知ると自重にも似た笑みがこぼれた。


今すぐにでも友の復讐をしたいところではあるがまだ聞かねばならないことはある。ビィダをあそこまで残虐に殺そうとするならばそれ相応の使い手でなければ話にならない。なにせ彼はこの地区の運び屋の中でも上位に入る腕の持ち主だからだ。彼一人で一手に20人程は軽く相手にできるほどのサーベルの腕にさらにAランクのスキルの持ち主ともなれば組織工作員100人は余裕で相手取れる強さとなる。彼を殺すのは一苦労だろうし、殺した相手も深手を負っているに違いない。


目の前の小娘は無傷のところを見ると、共犯者が必ずいるはずだ。まずはこの娘を人質にとり共犯者をあぶり出す。殺すのはそれからだ。


「仲間がいるはずでしょう?体に空く穴の数を増やされたくなければ素直に答えることです。」


ん?とミコトは一瞬あっけにとられたような間抜けな顔をした。仲間と言われると確かに仲間はいるが今回の件は己の独断であった。ゆえに仲間がいない。いつ仲間がいることになったのだろう?と思考が斜めに走ってしまう。ミコトの悪い癖であった。


(…あ、そっか。私がやったとは思ってないんだこの人。)


質問の意図を察するのに数秒かかり、一人で勝手に納得してからポケットに手を突っ込んだ。頭に銃を突きつけられ何時発砲されてもおかしくないこの状況で、ずいぶんのんきなことをやっているものだから見ている店主の方がら腹はしている。


(ちょっとはおちつけば良いのに)


落ち着きすぎている当の本人はやはりどこかずれた思考でポケットから手を抜き取る。その動作にグレーズはずっと警戒を示して…いや己の挙動一つ一つに細心の注意を払われているため下手な動きをすればすぐに撃ち殺されてしまうわけであるが、殺意も敵意もない動作に警戒だけを向けられればポケットから取り出したあるものを見せた。


「脅しも口約束も信頼関係がない状況じゃ意味がない。それなら此に賭けない?」


ミコトの細い指には一枚の硬貨がとられていた。流通している硬貨と違い女神の横顔が刻印され、光に翳すと七色に光る一風変わった硬貨を見た瞬間、グレーズも店主も目を丸くして固まった。

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