序章2 不平等2/2
店主が顔をしかめるのは当然のことだった。ミコトが指を指した先に、己の身長と同じくらい大きなハンマーがポツリとひとつかけられていたからだ。真っ黒な鋼と鉛と何を混ぜているのか知らないがとにかく重く固そうな長方形のベッドに長くも細い柄がまるで植物の蔦のように巻き付いている。グリッドは持ちやすさと滑り止めも予てか鞣し革を使い使い勝手が意識されている。一見すると美術品のように見えるがヘッドの形が武器として流通している物とほぼ同じデザインのため実用性のあるものと判断した。
「冷やかしはお断りだ。」
目の前の少女に近い女がその細い腕で身の丈ほどのハンマーを扱えるはずがない。そして何よりそれは店内で一番の値がついているため払えるわけもない。店主の目はそれを隠すことなく堂々と書いていたしあからさまにため息をついて磨いていた斧を壁にかけ直した。どう考えても冷やかしの類いにしか見えないことは重々承知のため嫌な顔ひとつ…いや、ミコトは最初から無表情であるがそれを崩すことなく店主のいるテーブルへと歩み寄った。
「お金ならある。それに…あれば芸術品ではなく“武器”なんでしょ。だから買いたいの。」
店主は振り返り目を丸くしてミコトを見た。それはテーブルにいきなりぎっしり金貨のつまった布袋を乱暴に置かれたからでも、そんな大金をミコトが持っていたことに驚いたわけではなく、その言葉にであった。
店主の店は正直繁盛しているわけではない。その理由は言わずとも武器のデザインにあった。繊細で美しい武器は需要に合わず店に訪れた冒険者からは「ここは美術品の店か?」と揶揄されるほどだった。誰も己の作ったものを武器とは認めてくれなかったのだ。しかし今目の前の一風変わった外見の女は確かに己が作ったものを「武器」だと言った。それも細工と実用性を拘り抜いた一番の出来である自信作をだ。
“武器職人”としてその事に歓喜せずにはいられない。途端に店主の顔色が変わったことをミコトは見逃さなかった。
「…もう一度聞くぞ。本当に買うんだな?」
「そう、買う。代金はそれで足りるでしょう」
間髪いれずに肯定されれば店主は嬉しそうな、どこか呆れたような深い息を吐き出しカウンターから出てくると、店内に備え付けられている台へ登りハンマーを軽々壁から下ろした。埃を払いながらようやく地へと降りたそれの柄をミコトへ差し出し、彼女が受けとるのを確認してからそっと手を離す。彼女が重さのあまり手を離したりまたは手を挟まぬよう店主の手は軽く添えられるような形であったが店主の心配は杞憂に終わり華奢で細い女はぶれることなくしっかりと柄を握り、あろうことか片手で持ち上げると背へと背負った。まるで重さを感じないとばかりにどう頑張っても両手で漸く持ち上げそうな見た目の女のその行動にまた店主の目が丸くなる。
「驚いたな。お前さんのスキルかいそりゃ」
通常考えならないことも叶えてしまう能力。それがスキルである。筋肉すらろくについていない女が重さ10kgのハンマーを片手で持ち上げるなどスキル以外にできる芸当ではない。問われるとミコトは少し悩むそぶりを見せ、ちらりと玄関口へと目を向けた。
「…まぁ、そんなとこ。それよりも代金はあれでいい?」
「いいわけないだろ。貰いすぎだ。待ってろ、今つりを返すから。」
店主は慌ててカウンターへ戻る。いくら自信作といえども代金以上のものをもらうわけにもいかない。今にも帰りそうな女を呼び止め無造作におかれた布袋へ手をかける。溢れんばかりの金貨を手にとり必要分だけを抜き取ると端数のつりを支払うべくカウンター下の金庫へ手を伸ばす。金庫のなかには雀の涙程度の銀貨や銅貨が寂しそうにちょこりと座っていた。
(この前治安維持費を巻き上げられたばかりだったな。金をまた準備して…)
つり銭がギリギリ保たれた状態の金庫に店主は唸りながら抱いた思考に、ふと疑問を持った。先程まで女の言葉に高揚して気づかなかったが、金貨の入った袋には見覚えがあったのだ。
(俺が維持費をいれてた袋に似て…いやまて、金貨の数も全く同じじゃないか…っ?)
慌てて立ち上がりカウンターの上で袋をひっくり返す。金貨を数えてみると確かに数日前に運び屋に渡した治安維持費の金貨枚数とぴったり一致した。
(ありえないっ!確かに俺は運び屋に渡したはずだ。それが何でこんな嬢ちゃんが持ってるんだ!?たまたま似た袋に同じ枚数の金貨が入ってただけか…?そんな偶然…)
金貨とミコトを交互に目を向け店主がピタリと止まる。ずっと無表情だった女が笑っているのだ。目は恐ろしく冷たくただ広角を引き上げただけの笑み。玄関扉から差し込む太陽の光が逆行となり余計に不気味で額から冷や汗が吹き出した。
まるで悪魔や悪霊が乗り移っているような邪悪な存在を目にし身の危険を感じた時だった。
ードンッー
恐ろしく長い数秒の時間をもとに戻したのは乾いた銃声だった。我に返った店主が汗もそのままにその目を女から、女の背後に立つ別の人物へと写る。ちょうどミコトの真後ろに、ミコトを軽く越える長身の男が右手を掲げ、その手に握られた銃からは白い煙があげられている。パラッと木屑が落ち天井には黒く焦げた穴が開いていた。
「お取り引き中に申し訳ない。治安維持費の回収にきましたよ。」
あぁ、と店主は絶望する。目の前の女なんかよりももっと悪魔に近い…いや悪魔が現れたからだ。
全身を黒に染めた運び屋は口許が裂けんばかりに笑顔を向けた。




