5話 ドラゴンの縄張り
「ふぅ……」
賢者だ。
今の俺のスキルは【読解術】ではなく賢者だ。
まだ寝ているオラリスをそのままにして朝日を浴びに神殿から出たが、圧倒的に清々しい朝だった。
「さて、これからについてだが」
オラリスが書庫の精霊なら、ここから離れすぎるのもきっとよくない。
それならやはり神殿の近くで生活すべきかと、俺は心に決めるのだった。
それから起きてきたオラリスと魔法で作ったパンなどで朝食をとった後、再度神殿の外へ出たところ。
……少々問題が発生しようとしていた。
「主さま、あちらから何か飛んできてはいませんか?」
ぐーっと背伸びをしているオラリスの視線の先を、俺も見てみる。
それから俺は「げっ」と声を漏らしてしまった。
「大きな翼に赤い鱗、それと鋭い角……フレイムドラゴンか!」
それと今更ながら、この神殿付近に人がいなかった理由を悟った。
ここはあのドラゴンの縄張りの中だったのだ。
「GRRRRRR!!!」
俺たちの前に降り立ち、ドラゴンは大きく咆哮をあげた。
肌が痺れる大音量、けれど俺も棒立ちしているだけじゃない。
「【風の息吹・駆け抜けよ】──ウィンドブラスト!」
ルーン語と呼ばれる魔術言語を読み上げ、魔法陣を展開。
魔法陣から放たれた深緑色の風の弾丸が、ドラゴンに当たって怯ませる。
けれどドラゴンは次の瞬間、大きく口を開いて炎を吐き出してきた。
ドラゴンの必殺技、ブレスだ。
「主さま……っ!」
俺を庇おうと、オラリスが駆けてきた。
このままでは俺もオラリスも丸焦げ、だが……!
「『大瀑布をここに!』」
とっさの判断で、神代の言語を口にする。
その途端に俺の魔力がごっそり抜け、代わりにフレイムドラゴンへと大瀑布、すなわち巨大な滝が天から流れ落ちた。
「GRRRRRR!!??」
炎のブレスをかき消された上に弱点の水を大量に浴びたドラゴンは、ぐったりと倒れた。
「流石に効いたか!」
「主さま、お見事ですっ! 流石は神代の魔法を扱う天才魔術師!!」
「い、いやそれほどでも……」
オラリスの心からの賛辞を受け、少し照れてしまった。
……と、その時。
「神代の、魔法……?」
ドラゴンが話したと思ったら、その姿が炎に包まれた。
それから炎の中から、ぐったりと座り込む赤髪の少女が現れた。
「あんた、神代の魔法って本当に……?」
「一応そうらしい。というか、ドラゴンが女の子に……?」
「高い魔力量を持つドラゴンは、人間の姿になれるし話せもするのよ。……それとあんた、名前は? 何しにあたしの縄張りに入ったの?」
「俺はルドーだ。縁あってここにたどり着いて、これからこの辺で暮らそうかと思ってたんだ」
ドラゴンの少女は「ルドー、ルドーね」と何度も俺の名前を口ずさんだ。
それから立ち上がり、少女は翡翠色の瞳に俺を映してこう言った。
「それならルドー! あんたこれから、あたしの修行相手におなりなさいな!」
「し、修行相手……!?」
「そ、修行相手。あたし、他のドラゴンに負けないようもっと強くなりたいの。そこで縄張りの中で修行相手を探して飛び回っていたんだけど、神代の魔法を扱えるあんたなら完璧よ! あたしの縄張りに許可なく立ち入った不敬は修行相手になることで見逃してあげるし、この辺で暮らしたいならそれも許してあげる。どう? 悪くない話じゃない??」
「それは……確かに」
ドラゴンの縄張りの中となれば、他の魔物や盗賊なんかも入ってこれない。
それに魔王軍だって、野良ドラゴンの縄張りは避けるという噂だ。
静かに暮らすなら、条件として悪くはない。
「でも、俺からも条件がひとつ。毎日ドラゴンの修行に付き合っていたら身がもたないから、週に一回か二回くらいにして欲しい」
そう提案すると、少女は考え込むように首を傾げてから、
「ふーん……まあいいわ。あたしもあんたが体を壊したら修行どころじゃないし。それじゃあこれからよろしく……くちゅん!?」
さっき水を浴びたからか、少女はくしゃみをしてぶるぶる震えていた。
「大丈夫? ドラゴンさん……じゃなくて。えーと、ちなみに名前は……」
「名乗るのが遅れたわね、あたしはカナメ。これからよろしくね、貴重な修行相手さん!」
少女はこちらにやって来て、ぎゅっと手を握ってきた。
……なお、その一方で。
「むぅ〜っ。わたしの主さまに、いきなりそんなに馴れ馴れしく……」
オラリスがなぜか拗ねていた。