“知識”との付き合い方
げんなりしていても、水はやって来ない。
家に戻った凪は、中が空になった大鍋を抱え、早速、川に行くことにした。
ただ、川まで遠いので、その間に何か出来ることはないかを考える。
“頭の中にある何か”をフルに使って、出発の準備を整えた。
一度使ってしまえば、抵抗感も薄くなる。
(慣れって怖いな。)
道々で食料を得るチャンスがあるかもしれないので、弓と矢と矢筒。
何でも使えるナイフ。
採集した物を運ぶのは、お世話になっているハンモック。
ついでに鍋も洗おうと、藁が束になったような物も、荷物に入れる。
かなりの量になってしまった。
正直、凪の筋力ではこれを抱えて往復することが、出来そうにない。
(しかも、帰りは水もでしょ?むりむり。)
無理をして失敗するのは、何より避けたい。
転んで物を壊してしまえば、凪では直せないのだから。
凪は悩んで、ナイフをズボンのベルトに差し込み、
鍋と藁束のみ、手で持って行くことにした。
食料の調達は、昼から集中してやればいいだろう。
凪は、家の正面から延びていた小道を辿って、川に向かっていた。
茂った森の中に、小さいが確かにある道は、
やはり、誰かが頻回に通っていることを証明している。
それでも凪は、自分で生活する覚悟を決めていた。
(この道を作った人は、もういないかもしれないし。)
歩きながら、凪は植物の蔓を探していた。
ハンモックを示されたとき、自分で編めば良いのでは、と思い付いたからだ。
グルグルと身体に巻いて帰れば、水を運ぶ邪魔にもならない。
蔓以外にも、道々に食べられそうな実が生っていないか、獣の足跡がないか、
等々、“知識”を働かせて歩いている。
本当に便利で、とても心強い。
その反面、デメリットも大きそうで怖い。
(今は~考えたって、仕・方・な・い・さ♪ 野垂れ、死ぬより、マシだろう?
ケ・セラーセラ、ケ・セラセラ♪)
適当なリズムを付けて、自分を鼓舞しながら道を進んだ。
辿り着いた川辺は、大小の石で出来ていた。
あちこちに水溜りがあり、敷き詰められた石を除ければ、川の水が出てくるだろう。
凪は、転ばないように気を付けながら、ゴロゴロした石を踏んで、
川の水を汲める場所まで行く。
その水は、今まで見たことのない程、澄んでいた。
触れたくて、思わず手を入れてしまった。
(冷たっ!)
入れた手を抜く。
よく考えたら、水辺の生き物に咬まれていたかもしれない。
毒蛇だったら最悪だ。
いきなりゲームオーバーになるところだった、と凪は深く反省した。
よくよく見て、特に生き物はいなさそうだと確認する。
凪は鍋を突っ込もうとして、脳に“知識”が触れたのを感じた。
(あ、なるほど。川上で洗うと、川下まで汚れちゃうんだ。そりゃそうか。
綺麗な水を確保するなら、綺麗な場所で汲まないといけないよな。)
どうやら、“知識”は求めなくても出てくれるらしい。
凪は首を傾げた。
(じゃあ、何で、昨日は行水する羽目になったんだろう?)
初めから、暖炉の前で清拭するよう促してくれていたら、
あんな寒くて恥ずかしい思いをしなくて良かったのに。
考えながら、ちょうどいい場所を見付け、鍋を川に入れた。
脂が浮いて、流れていく。
凪は早速、藁束でゴシゴシ中を擦った。
どれくらいの力でやれば、鍋を傷めずに洗えるのだろう。
ここでの暮らしには、“知識”が、息をするように必要らしい。