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知識がくれるもの

薄暗い時間から朝食の支度したくを始めた凪は、昨日と違ってキビキビ働いていた。


(俺って、こんなに図太かったんだ。慣れって怖いな。)


疲れていたせいか、ハンモックに乗ってすぐ、ぐっすりと眠ってしまっていた。

何かあってもすぐ起きられる、という自信は、すでにない。

おかしい。クールな男は、そうじて気配にも敏感なはずなのに。

ハッと飛び起きた図は、間違いなく、お間抜けキャラの立ち位置だ。


(まあ、人間も動物だ。戦場に立ったキャラが、気配を察知できるようになったり、

 浅い睡眠でも活動できるようになったりする話は、ごまんと転がってるし、

 俺の身体も、必要に迫られたら、野生に戻ってくれるだろう。)


そうでも思わないとやってられない、と、

凪は幻滅げんめつした自分像を修正していた。



温めた昨夜の塩肉のスープで腹を満たしながら、

凪は、今日の行動指針を立てようとしていた。

住人が帰って来なければ、凪は、留学先に行くことも、日本に帰ることもできない。

流石さすがに、そろそろホームステイ先はトラブルに気付いているだろう。

すでに、留学を斡旋あっせんしてくれた学校に連絡が入るなり、

親に確認を取るなり、されているはずだ。


(どうしよう、もし、本当に記憶喪失ルートだったら・・・

 とっくに何年か経ってて、捜索が打ち切りに・・・とかありそう。うわ、怖い。)


あくまで妄想の範囲だが、すでに捜索が打ち切られていたなら、

凪は、自力でこの森を脱出しなければならない。

そして、この家が森林管理のためのものなら、

月単位で人が来ない可能性がある。

もしかしたら、住人を待つだけではダメなのかもしれない。


(妄想乙だけど、思い付く限りの“最悪の事態”を想定しておこう。

 この家の人が、ずっと帰って来ないって可能性もあるんだ。

 例えば、この家から引っ越した直後だとか、街に出稼ぎに行った後だとか。

 管理人さんの場合なら、森の見回りが終わって、本当の家に帰った後だとか。)


そうなれば、森を脱出する方法や手掛かりが見付かるまで、

この家が凪の拠点になり、この家の管理が凪の生命線になる。


(あ、ヤバイ。詰みそう。)


一人暮らしもしたことのない凪にとって、これは高すぎる壁だった。

ぶっちゃけ、自力でどうにかできる範囲を超えている。


(まず、食料でしょ?)


壁に掛けられた弓と矢筒をチラリと見る。


(昨日は、これで獲物取ってたのかなあ、とか、

カッコいいなあ、やってみたいかも、とか思ったけど。

 これに生活が(かか)ってるのかと思うと、すごく頼りないな。)


弓を恨めし気に見ていたが、頼りないのは自分だと思い直した。


(弓さん、ごめんなさい。八つ当たりでした。

次は、服?

着たきり(すずめ)だから、服もすぐボロボロになるだろうな。

無人島から生還した人のイメージって、上半身裸&破れたズボンだけど、

あれ、リアルだったんだな・・・

俺もあんなになるのかなー・・・。臭いだろうなー・・・やだなー・・・)


中途半端に洗ったせいか、シャツが()れて、すでに臭っている。

穴の開いた服では、冬を乗り越えられる気がしない。

せめて、バッグに突っ込んであった上着は取り戻したい。

それが叶わないのなら、新たに布地を調達しなければならない。


(それから・・・、えーっと、それから・・・。何がいるんだろう?)


生活するために必要な物も、分からない。

凪は、情けなくなった。

頭の中に、ロビンソンクルーソーの物語が浮かんだ。

あの男の凄いところは、牧畜までやってのけた、というところだろう。

モヤシの自覚がある凪には、とても出来そうになかった。




思い付かないものは仕方がない。

凪は、いま何かできることはないかと考えた。


(サバイバルの鉄則。ネガティブにならないこと。

 慌てて行動すると失敗するから、まず、余裕を取り戻すこと。

 緊張で硬くなった身体を、深呼吸しながらほぐす。

 大丈夫。俺にはまだ、この家がある。

 暖炉を燃やし続けている限り、凍死はしない。

 大丈夫。大丈夫。)


朝の支度を終えて、消してしまった暖炉を見つめる。

と、ここで凪は、昨日、割った薪のことを思い出した。

帰ってきた住人に、すぐ差し出せるように、家の外、ドアの横に積んでおいたのだが、本来は、どこに保管するものなのだろう。

せっかく作った薪を、濡らして台無しにはしたくない。


(・・・!きた!)


保管するならどこがいいか等、具体的に考え始めたとき、あの感覚が訪れた。

凪は、“それ”が意図的に呼び出せるかどうかも、試してみたかったのだ。

すでに、使えるものは何でも使わなければならない状況だ。

得体の知れないものなら尚更なおさら、使い方も知っておかなければならない、

と、凪は自分に言い聞かせた。

幸い、副作用の自覚は、まだ無い。

自覚し始めてからでは遅いのだろうが、

今は、本当に困っている。仕方がない。


浮かんだイメージを確認しようと、凪は立ち上がった。

人様ひとさまの家であるという遠慮は、もう無かった。




そして、朝霧が漂う中、凪は束になった薪を運んでいる。

どうやら家の裏手、ちょうど凪がハンモックで寝ていた、その壁の向こう側に、

目指す薪置き場があるらしい。

一昨日おととい、家の周りを一周したとき、確かにそれを見てはいたが、

そのときは、建っている物が何なのか、解っていなかったのだ。

そこは、何度か往復した、薪割り場への道の近くでもあった。


(そりゃそうだ。割ってすぐ運び込める位置が正しいよな。)


すでに積み上げてある薪の上に、自分の割った薪を、崩れないように乗せていく。

何かをした、という実感がこみ上げ、凪は少し落ち着きを取り戻した。

振り向くと、太陽が木々を越えて、登り始めていた。


(そうだ。今日は、食べ物を探しに行こう。

 大甕おおがめに水も足しておきたいし、水源の確保も大事だ。)


薪は昨日、やりすぎなほど割った。

サバイバルで、まず、しなければならないのが水の確保だと、

何かのネット番組で、言っていた気がする。

凪は、大甕を思い浮かべて、どこから水を持ってくるのかを考えた。

そして、出てきた答えに驚いた。

大体2kmだろうか、30分ほど歩いた先にある川で、()むらしい。


モヤシの凪は、思った。

示してくれる方法が、必ずしも実行可能なものばかりではないのかもしれない、と。


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